第弐話【それは敵か味方か】
「【鋭化弐式-鋭爪】ごめんな。あんたに怨みは無いんだけど、見られたからには消えてもらうぜ。」
尽は突然の出来事に戸惑いを隠せない。
なぜ急に周囲が明るくなったのか、なぜ女の右手が異形のものになったのか。
目の前で起こる全ての出来事が突拍子もなく、脳の処理速度を遥かに越えていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。お前たち何者なんだ!この光は一体――」
「あんたに話すことはなんもねーよ、さいなら」
言葉の切れ目と同時に、女は爪で尽の喉笛を搔き切る軌道を描いた……はずだった。
パンッッッ!!!!
「なっ……!!」
女は驚いたように声をあげ、大きく身体をのけぞらせた。
尽が痛みではなく熱さを感じて目を開けると、そこには赤い光が尽を包むように覆っていた。光の膜の中央には、見慣れた御守りが貼り付いている。
どうやらこの熱源が守ってくれたらしい。
「熱っ!なんだよこれ、これもあいつらのしわざか……?」
「ちょ、ちょっと何よこれ、聞いてないんだけど!あんたも文字使いだったの!?」
女は熱さよりも起きた現状そのものに驚き、尽に呼びかける。
しかし聞かれた張本人は、いまこの現状も女が言っていることも、何一つ理解出来ずに呆然としている。
「これは一体……文字使い……?」
「あんたの使ってるそれだよ!」
「それって……この御守りのことか?」
「そっちじゃない。その中の玉のことだ」
「玉……?この丸い石が一体……」
「はぁ?あんたもしかして玉の使い方も知らないわけ?」
女は呆れた顔をして尽に問いかける。
見かねたように男が割って入ってきた。
「多分、かい……ご主人様が言ってたのはこの人なんじゃないかな。それなら玉を知らないのも説明がつく」
「はぁ!?なに、こんなボンクラを相手にしに来たっての?」
男は冷静に尽のことを見定めようとしている。それとは対照的に女はわかりやすく苛立っていた。
「きみ、ほんとになにも聞いてないんだね……。今回の標的は、【火】の玉を持ってこっちに潜伏してるであろう、赤城焰の息子だって」
不意に出た父親の名前に驚き、尽は視線を男の方に向ける。
「だからってなんでそいつがボンクラの説明になるのよ!」
「だって、赤城焔は――」
「あんたら、父さんのこと知ってるのか!」
聞かずにはいられなかった。もしかしたら、こいつらが父さんの言ってた『待ち人』なのかもしれない。
尽の言葉を聞くと、男は合点がいったと言わんばかりに大きく目を開いた。
「やっぱりきみが息子さんか!そうだと思ったんだ。だったら話は早い。きみには……」
男は嬉しそうに続ける。人懐っこそうな笑顔を向けて言った。
「きみには、今すぐ僕らについてくるか、ここで死ぬか決めてほしい」
要求されたのはとんでもない二択だった。
いくら尽が天才であろうとも、この質問の意図をくみ取ることは全くと言っていい程不可能であった。
「ついていく?一体どこへ……?死ぬ?俺はお前らに殺されるのか……?」
口をついて疑問が出る尽に対して、男は穏やかな口調で答えた。
「うーん……まあ、殺すといえば殺すんだけど、別にそれだけしか手段がないわけじゃないんだ。こっちも初対面の少年に手をかけるのは気が引けるからね。だから、出来ることならついて来てほしい」
男の落ち着いた語りかけで幾らかの冷静さを取り戻したが、まだ何が何やらである。
「ちょっと待ってくれ!あんたらは一体何者なんだ!何の目的でこんなとこに、いや、俺のとこに……か?」
自分の命がかかった選択を迫られているのだ。先ずは現状を整理するのが最優先であろう。
「そういえばまだ自己紹介もしてなかったね、ごめんごめん。」
男は少し笑ってそう言った。
「僕の名前は空間天音、こっちの女の子は鬼灯明莉。今日はきみに用があって……というか、その御守りに用があってきみに会いに来た」
「御守り……?」
尽は天音に言われて、自分の御守りが目の前に落ちていることに気が付いた。
御守りを拾ってみると、いつもより仄かに熱を帯びているのを感じた。
「いま君の身体を守ったのはその御守りなんだ。その中にはきっと球体の物が入ってるはずだ。ぼくらはそれを【玉】と呼んでる。君のはきっと【火】の玉だろう」
どうやら尽を守ったのは、玉という名前のものらしい。
この男の話によると、先程女が懐から取り出したあの球体もそれと同じものだという。
「それは赤城焔が残した3つの遺品の内の1つだ。僕たちはそれが欲しい」
ようやく話の全貌がつかめてきた。
現状を大方把握した尽は敵意のこもった視線を男に向ける。
「なるほどな……つまり、お前たちは俺からこの玉とやらを奪い取りに来たってわけか」
「いやいや、なにも無理矢理ってわけじゃないさ。大人しくしてくれたら死に場所くらいは選ばせてあげるよ。誰かに別れを告げて来てもいい」
「てめえ……それ本気で言ってんのか?」
「本気じゃないとでも思うかい?」
男の眼は先程の穏やかなものとは打って変わって、異常な殺気を放っていた。
一瞬の静けさが二人の間に漂う。
数秒のにらみ合いの後、静寂を破ったのは鬼灯と呼ばれていた女だった。
「だーもう!いいから黙ってついて来いっつってんだよ!」
二人のやり取りを静かに見ていた鬼灯は、もうすでに我慢の限界を迎えていたようだ。
尽を睨みつけたまま天音に声をかける。
「もう面倒だからやっちまおうぜ。アレ出せ」
「――!! いやいや、それはまだ早いんじゃない?」
「聞こえねえのか、出せっつってんだよ」
鬼灯は普通の人間とは思えないような眼をしていた。
それはまるで、鬼のような。
静かな口調から放たれる殺気が、天音に有無を言わせなかった。
「はあ……ソレ抑えるために僕が来てるのに、これじゃまたご主人様に怒られちゃうな」
そう言うと天音は、懐から一つの玉を取り出した。
そこには【番】と刻まれている。
「仕方ないか……【番詠壱章‐御刀番】」
天音がそう言うと、刀身3尺あまりの太刀が光に包まれて彼の前に現れた。
天音は刀を掴むと、何も言わず鬼灯に向かって投げつけ、鬼灯は宙に浮いたそれを器用に掴むと、鞘を抜いて投げ捨てる。
「お喋りすんのは好きじゃねえんだ。悪ぃけど、これで終わらさせてもらうぞ」
「あんま暴れないでよ」
「わかってる。一瞬だ」
二人が会話をしていたかと思うと、尽の視界から鬼灯の姿が消えた。
後ろにいる、そう気づいた時にはもう遅かった。
目の前が紅一色に染まっていた。
肩からは大量の血が噴出し、あるはずのものがそこにはなかった。
「うっうわあああああああああああ!!!」
未だかつて無い程の痛みと光景を目にした尽は半狂乱になった。
「腕が!俺の腕が!!」
「ったく、うるせえな。誰か来たらどうすんだ」
ゆっくりと鬼灯が歩み寄ってくる。
尽は左手で肩を抑えながら後ずさりをしようとするも、バランスを失い尻もちをつく。
「くっ来るな!やめてくれ!!」
「もう遅えよ。さっさと答えておけばよかったのにな」
地面に座り込みながらも、左手で後ろに下がろうとするが上手く動けない。
「じゃあな。恨むんなら自分の生まれを恨んでくれ」
尽の目の前まで来た鬼灯が刀を振り上げた。
振り下ろされる刀を前に、尽は眼をかたく閉じた。
身体に切っ先が当たろうとする直前――。
「【盾詠壱章‐青銅の盾】!」
突如目の前が青緑色になったかと思うと、金属のぶつかり合う音が響いた。
月夜の下、鬼灯の刀が彼女の手から離れ、高く飛び上がった。
「ちっ!まだなんか隠していやがったか」
鬼灯は素早く後ずさりをして身構える。
尽は動揺しながら、再び御守りを確認してみるが先程のような変化はない。
「なにが起こったんだ……?」
その時、後ろから声をかけられた。
「尽!あなた尽よね!?よかった、間に合った!」
髪の綺麗な女性が突然目の前に現れた。