第拾話【赤城焔】
「……海堂?」
尽は海堂を呼びあたりを見まわすが、視界にあるのは先程知り合ったばかりの男と、行きかう人々の群れだった。
携帯を使おうと取り出してみるが圏外だった。辺りに公衆電話らしきものもない。
「……うそだろ」
尽は、今自分がどこにいるのかを知ろうと周囲の建物に目を向ける。
飲食店や呉服店、喫茶店など、みたところなんの変哲もない商店街のようだ。
しかし、見覚えのある場所は一つもない。
「なんだってんだ……夜桜さんも、海堂の野郎も……!」
尽のなかでため込んでいた何かが破裂寸前になっていた。
「知らない道具だか兵器だかを持たされて、知らない街で、知らないおっさんと二人きり……なんだこれは!!!!!」
人一倍順応性のある尽だったが、想定外の出来事の連続にとうとう堪忍袋の緒が切れた。
色々なことが短時間で起こりすぎたのだ。むしろ我慢したほうであろう。
気が付くと、周りの人の視線が集まっているのを感じた。
「んだこのやろー!!みせもんじゃねーぞ!ったく、あいつら……後で会ったら覚えてやがれ……」
夜桜や海堂への怒りが周囲の人間へ向かって発散された。
見物人を振り払うと、地べたに寝ている男の方へ戻っていく。
怒りをふつふつと湧き上げる尽の目に、ふと一枚の紙切れがうつった。
見覚えのある男の写真がそこには張り付いていた。
「……父さん?」
見慣れた顔。15年間見てきた、見間違うはずのない顔がそこにあった。
「いてて……なんだ。お、そこの赤髪、大丈夫だったか?」
「早川さん、生きてたのか。目を覚まさないからてっきり……」
「勝手に殺すな!お前さんが思っとるよりこっちは丈夫にできとるわい」
「ああ、それならよかった。それより……」
尽は先程見つけた紙切れの方へと視線を向ける。
早川は近眼なのか、尽の隣に立ち覗き込むように紙を見つめた。
「それがどうした。いまさら珍しくもないだろ」
「いや、それが――」
「こんなクソ野郎の顔なんざ、二度と見たくないがな」
予想外の言葉が続いた。
父親であろう者への暴言に、反射的に反応してしまう。
「ッ――!?……あんた、いまなんて言った?」
「ん?なんか気に障ることでも言ったか?」
早川は、尽の微細な怒りを感じ取った。
何か失言があったかと顎に手を当てて考えるが、何も浮かばなかった様子だ。
「うむ、何も悪いことは言ってない気がするけどな。……もしかして、兄ちゃんこいつのことを知らないのか?」
「……いや、知ってはいるさ」
「なんだ、知ってたのか。変な奴だ。さっきの反応、こいつを庇ってるように見えたぞ」
庇う?クソ野郎?父さんはいったい何をしたんだ……?
何か悪いことをしていたという記憶は一つもない。
その時、海堂の言葉を思い出した。
『いまこの国は大変なことになってる。お前の持つ【火】の玉のせいでな』
もしや父さんは、この【火】の玉を使って何か悪行をしたのか?それも、人に強く恨まれるような。
どうしてその玉を俺に託したんだ?
気になることが多すぎる。
ここはひとつ、早川さんに聞いてみるのが良いだろうか。
「知ってはいるが、とう……この人は何をしたんだ?」
「何をしたってなあ。こいつは、全人類の敵だろうが」
早川は紙切れを睨みながら言う。
「あの【訣別の予告】を出した男だよ。火牙兎焔、それがこの世紀の大犯罪者の名前だ」
「火牙兎……?赤城焔じゃないのか?」
「赤城?何言ってんだ、火牙兎と言えばあの有名な一家だろうが。まあ、まさかあの焔がこんなことをするとはだれも思ってなかっただろうけどな」
そこに映っているのは確かに自分の父親である赤城焔のはずだ。
火牙兎……そんな名前など聞いたことがなかった。
父さんはいったい……。
「【訣別の予告】ってのはなんだ?」
「なんだ、兄ちゃん本当に物事を知らねえんだな。つい3年前のことだ、こいつは全世界に魔獣を放ちやがった。方法はよく分からねえがな、おそらく玉によるものだろう。そして、それから3年後の7月23日から1年かけて人類との訣別を果たす、それが奴の目的だそうだ」
「7月23日……!」
「さっきいた翼竜もその魔獣の一つだ」
淡々と説明をする早川だったが、尽が険しい表情をしているのに気がついた。
「……もし実際の映像が見たいようだったら、そこにある博物館に行くと言い。当時流れた映像がそのまま見られるぞ」
早川の指さす方向に目を向けると、住宅街の奥に大きな白い建物があるのが見えた。
二人が神妙な顔をしていると、複数の甲高い声が聞こえてきた。
「おじちゃーん!お菓子ちょーだい!」
「早川のおじちゃん!!もう来たんだね!」
「ぼくが先だよ!おじちゃん、前に約束してたやつやろ!」
たちまち早川は5、6人の少年に囲まれた。
ずいぶんと慕われているようだ。
「……すまん。俺はこいつらの相手をしなきゃなんねえからよ、道案内はしてやれねえ。何か困ったことがあったらその辺のやつに、早川の親父のとこに案内してくれって頼むといい。兄ちゃんはなんか危なっかしいからな、ここで会ったのも何かの縁だ。よかったら頼ってくれや」
「……ありがとな、早川さん」
お礼の言葉を言うと、子どもの相手をする早川を置いて尽は博物館へと向かった。
道中、あたりを見ながら歩いた。
見れば見るほど普通の街の様に見える。
しかし、それにしては人が少ないような気がした。
「……ここか?」
建物には『狭海博物館』と書いてある。名前にあるのはここの地名だろうか。
中に入ると眼鏡をかけた初老の、如何にもといった雰囲気の漂う男性がいた。
「お客さん一人ですか?私は当博物館の館長でございます。ご見学ですか?」
「ああ。……ここで赤城、じゃねえや、火牙兎焔の映像が見られるって聞いたんだが」
館長と名乗る男の眉毛がピクッっと動いた。
「……珍しいですな。いまさらあの映像を見せてくれと言うのも」
「そうなのか?訣別の予告ってのは今日なんだろ?見る人がいてもおかしくないと思ったけど」
「何を仰っていますやら。訣別の日は昨日ですよ」
「ん?そうだったか」
たしかここに転移される前、自宅で海堂と会ったのが7月23日の夜。
しかし転移された先は、夜ではなく昼頃だった。
転移される過程で一日経過していたのだろうか。
海堂の言っていた『本当の日本』という言葉も気になるが……。
「だとしたら、なおさら人が来てもおかしくないだろう」
「いえ、皆怯えるばかりですよ。今見たところでどうなる訳でもありませんからね」
「まあそうか。……しかし、それにしてはどいつもこいつも平気そうな顔をしていたけどな。子どもたちだってはしゃいでいた様に見えた」
「お客さん、もしかしてこの町は初めてですか?」
「この町というか……この世界に来たのが初めてだ」
そう言うと、館長は珍しそうな顔をして尽を見つめた。
「ほう、そうでしたか!いやはや、近年そういうお方に会うのも珍しくてですね。では、お客さんは【護手】もご存じでないですか?」
「護手……?初めて聞くな」
「護手というのはですね、この街を護るために配属された文字使い様のことですよ」
文字使い様……やはり玉を扱える人間は稀少なのだろう。
その表現一つで、文字使いが重宝されているのが分かる。
「もともとはもう少し大きなくくりで統括されていたのですが、そうもいきませんで……」
「あの魔獣の影響か」
「その通りでございます。各地で被害が出る前に対策しておかねばということでして。護手は一定期間で交代されるのですが、この度狭海に来られましたのがあの有名な都築様でございまして、皆安心しておられるのです」
「そんなにすごい奴なのか?」
「それはもう!今この町の平穏が保たれているのはあのお方によるところが大きいですから」
ここまで慕われているとは、余程他人思いの人なのだろう。
ひとつ会ってみたい気持ちもある。
「文字使いってことは、何かの玉を持ってるってことだろ?」
「勿論ですとも!都築様の文字は【建】でございます」
「【建】か」
「ええ。この街を護る城壁や拠点などは全て玉によって作られたものなのです」
聞く限りでは、街を護るという点でだいぶ使い勝手のよさそうな玉だ。
安全を確保してくれるのだから市民にも慕われるわけだ。
「なるほどな……それで、焔の映像ってのはどこで観られるんだ?」
「あぁ、失礼いたしました。こちらでございます」
館長に連れられて行った先は開けた空間だった。
真っ白な広い部屋に投影機がポツンと置いてある。
「ずいぶんと広い部屋だな」
「以前は団体で見学に来られる方が多かったものですから。いまではめっきり減ってしまいましたが、それでも彼の者の悪行を忘れまじということで、そのままこの場所に置いてあるのでございます」
「そうか。じゃあ」
「では流させていただきます」
そう言うと、館長は投影機とそばに置いてある機会をいじり始めた。
正面が真っ白い壁になっている。おそらくそこに映し出すのだろう。
準備が出来たのか、尽の方を振り向いて言う。
「もし気分が悪くなられましたらお声かけ下さい。すぐに止めさせて頂きます」
「……わかった」
尽は寸分の躊躇いを感じた。しかし、引き下がってはいけない。見なければならないのだ。
父親の真実を知るために。
いま自分に何が起きているのかを知るために。




