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一文字  作者: しゅばるつ
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第壱話【御守り】

舞台は二ノ森高校。

 この話の中心人物、言わば主人公である赤城尽(あかぎじん)は、学力・身体能力において優等生まさにそのものだった。


「おい、尽!期末試験どうだった?今回こそは自信あるぞ!」


 7月末日。教室では夏季休業前の最後の答案返しが行われていた。

 いかにも勉強してなそうな青髪の男子が尽に声をかける。


「今回もまあまあだな。」

「お前のまあまあは当てにならねーって。 聞いて驚くなよ、今回の俺は80点台がないんだぜ。流石のお前と言えど内心びくついてんじゃないか?なに、そんなに怯えることもないぞ、なんたってお前の前に立っているのは稀代の天才なんだからな!さあ、この90点台を司る天才海堂(かいどう)(まもる)様にお前の点数を見せてみるがよい!」


 演説口調で長々と喋る海堂に対して、尽は淡々と受け答えをする。


「俺も80点台はなかったよ。ってか90点台もなかった。」

「90点台も……?何言ってんだお前、じゃあ今回は俺のボロ勝ち――はっ!お前まさか!!」


 海堂は一瞬の思考の後に素早く尽の手元から答案用紙を奪い取ると、右上の数字をまじまじと見つめる。

 確かに8も9も書かれてはいなかった。

 そこに書かれていたのは大量の丸と、壱と零が織りなす数字の羅列のみであった。


「ま……まさか、全教科全問正解?」

「みたいだな」


 尽はそれがさも珍しいことではないかのように答える。

 こういう所で彼は他人と少しずれている。


「みたいだな……じゃねーっての!なーにがまあまあじゃい!あれか、試験の難易度がまあまあだったってか、このやろー!」


 尽は激しく暴れる海堂を適当になだめる。彼は試験のたびに尽に元に来ては、圧倒的な点数差を叩きつけられて暴れくるうのだ。

 何年もの付き合いである尽はもう慣れてしまった。


「落ち着けって。お前だって大したもんじゃん、よくやったよくやった」

「うるせー!お前に言われても何の慰めにもならないっての!」


 海堂は拗ねたように尽から視線を逸らした。

 この男、見た目や言動こそ遊んでそうに見えるが、その実は努力家である。


「おーおー、また負けたのか。海堂も毎度よくやるよな~」

「尽は特別なんだから、いい加減諦めたら?こっち来れば楽だよ~」


 如何にも体育会系といった体格の男と、小柄で美形な少年が海堂と尽の会話を見て、笑いながら話しかける。

 これまたクラスメイトの乱獅子(らんじし)(つよし)森羅(しんら)(えにし)である。


「うるせぇ!お前ら万年補欠組と一緒にすんじゃねー!絶対そっち側にだけは行かないからな……!」


 海堂が固い意志を込めた視線を二人に送るが、まるで効果はないようだ。


「……まあいいや。せっかく試験期間も終わったんだしさ、4人で遊び行こうぜ!なんと言っても、今日はお前の誕生日だろ!その祝いに、ぱーっとやろうぜ。」


 7月23日、それが尽の誕生日である。

 夏休みに入る直前のこの日は、毎年海堂と2人で祝ってきた。

 乱獅子と森羅が加わったのは2年前、尽が高校に入学した年からだ。



「……わり、今日行かなきゃいけないとこあるんだわ。誕生日会はまた今度でもいいか?」



 尽はやんわり誕生日会を断ると、首飾りにそっと触れた。

 父親の形見であるそれは、球体が袋に入った小さな御守りだった。

 この日は誕生日というだけではない、父親の命日でもあった。それを知っているのは昔から付き合いのある海堂くらいのものだ。


 乱獅子と森羅が不思議そうに見つめ合った。


「どうしたよ尽、珍しくノリ悪いじゃん」

「お寿司食べ行こーよ、お寿司!」


 二人が大声でのんきにわめく中、海堂は神妙な顔の尽に小さな声で聞いた。


「……もしかして、親父さんのことか?」

「まあ、そんなとこだ。」

「んじゃあ仕方ねえな。あいつらには適当に言っとくからよ、こっちのことは気にしなくていいぜ」

「……悪いな。」


 海堂は尽に目配せをすると、二人の元へ戻った。


 尽どうしたの?おなか痛いの? 今日は先約があって行けないみたいだからよ、行きたい場所考えとこーぜ! そうだ、あそこ行こうぜ、この前隣町に出来た遊園地! 俺絶叫系無理なんだよな……。 大丈夫だって、俺が付いてるからよ! ぼくはお化け屋敷に行きたい!


 行きたいところを挙げる会を開催している彼らをしり目に、尽は一人帰路についた。



 尽には両親がいなかった。

 母親は5歳の頃に見た姿が最後で、何処へ行ったのか、生きているのか死んでいるのかすら分からない。

 ただ、優しい母親だったということだけは13年経った今でも覚えている。

 幼くして母親を失った尽は、父親の手一つで育てられた。

 ただ、父親も3年前に殺されてしまった。いや、食べられたという方が正しいのだろうか。

 今でも目に焼き付いている光景だが、信じる事は出来ない。



 家に着くと真っ先に仏壇へ向かった。

 尽は、立てかけられた写真の中の父親に語りかけた。


「父さん、俺18になったよ。あんたが死んでからもう3年も経つんだな。早いもんだよ。

俺は……何か変われたのか……いまあの日に行けたら何か出来るのか……最近そんなことばかり考える。」


 尽の頭の中に、後悔の念が渦のようにこみ上げる。

 怒り、悲しみ、恐怖。あらゆる感情が混ざり合って吐き気がした。

 心を落ち着かせ、視線を写真へ戻す。


「今日は父さんが言ってた日付だ。俺、行ってみることにした。

何があるのか分からないけど、俺に出来ることなら何でもする。

その為だけに生きてきたんだから。」


 7月23日、この日はもう一つ大きな意味を持っていた。

 死ぬ直前の父親に託された、ある重要な日付でもあったのだ。

 今日はその当日だ。尽は出かける準備をすると、夜に備えた。



 深夜、家からはさほど遠くもない場所に尽は自転車で向かっていた。

 昼間は穏やかな休息地である学校の裏山も、日が落ちるとまるで表情を変えてしまっていた。

 今にもナニかが出てきそうな中、尽は頂上を目指して漕ぎ続ける。


「ここらへんのはずだけどな、暗くてよく見えん……。」


 尽が暗闇を貫いたその先にあったのは、一本の大きな古木であった。

 月明かりの下に立つそれは、見ているだけで恐怖心を押し付けてくる。


「これか……。今は、っと……23:30か。一体ここに何が……」


 自転車から降り、携帯電話で時間を確認する。

 父親の指定した時間まではまだ30分程あった。


「あと30分もこんな所に居ないといけないのか……。ったく薄気味悪い」


 仕方がないので携帯の光で辺りを照らすと、近くにある大きめの岩に腰をかけ、海堂に連絡でもしようと指を動かした。


 その時――。

 ガサッと後方で音がした。

 反射的にそちらへ注意を向けると、二人組の話し声が聞こえてきた。


「だーかーらー、こんな所にこんな時間に人が来るわけないじゃん!いたらもう変態だよ変態!

いくら団長の命令だからってね、あたしはこんなとこに来る程ヒマじゃないっての!

ほら聞いて、布団の声がする…。きっと見守ってくれてるんだわ……。あたしに入って欲しいって言ってるのかも……。」

「えぇ……だってきみどうせ帰ったって、寝て携帯いじって遊ぶくらいでしょ?

どう考えたって暇じゃん」

「そうよ!だから忙しいんじゃない!」

「だから暇なんじゃない……?」


 静まり返った周りの雰囲気に似合わずうるさかった。

 だんだんとこちらへ近づいて来ている。


「うるさいわねー!あんたのその屁理屈ばっかのとこ大っっ嫌い!」

「声が大きいって。いま夜中なんだから、誰かに気付かれたらどうするの。もう少し静かに――」

「いいじゃない別に!夜中だろうがモナカだろうが、こんな所に誰もいやしないっての!」


 石を蹴る音がする。

 尽は即座に隠れるように身を低くした。


(なんかやばい……よく分からんけどあいつらはやばい……)


 尽の本能が、この二人組には関わってはいけないと告げているようだった。

 素早く木の裏に移動しようとしたその時――。


 パキッッ。


 後退しようとした足の先には枝が落ちていた。

 3人の目は、音のする方へと向けられた。


(なっ……何してんだ俺は!こんなベタな展開……!)

「ん?誰かそこにいるの!?」


 女の声が、音のした方へ向けられる。

 先ほどとは明らかに声色が違った。


「んー。ん〜?いまなんか音したよな……?」

「目標がいるかもね。ぼくが見てこようか?」

「いや、暗いし面倒だから『(ぎょく)』使っちゃうわ」


 女はしれっとそう言うと懐から小さな橙色の球体を取り出した。


「ちょっ、ちょっと待って!こっちでソレ使うのは駄目でしょ!何かあったら怒られるのぼくなんだから!」

「ちょっとくらい大丈夫だって!どうせ善いことしに来てるわけじゃないんだし~」


 女が【灯】と書かれた球体を左手に構えると、尽に聞こえるくらいの声で何かを唱えた。


「【灯詠(とうえい)壱章(いちしょう)-灯し火(ともしび)】!」


 女が言い終えた途端、彼女の周囲は夜中とは思えない程明るくなり、たちまち尽の姿は丸見えとなった。

 眩しさで目を覆っていた尽であったが、段々と目が慣れてくると二人の人影がそこにあるのが分かった。

 そこに立っていたのは尽と同じくらい丈のある女と、少し小柄な帽子を被った男だった。


「まさか、ほんとにいるとはな…。え、あんた、もしかしなくても変態…?」


 無礼極まりない挨拶だった。完全に引かれている。

 謂れのない侮辱を押し付けられた尽は、身の潔白を証明しようとした。


「い、いや、違う!俺はたまたま今日ここに居ただけだ。

そっちこそ何者だよ。何で急に明るくなったんだ!」


 辺りを見回しながら話しかけた。

 すると、男が面倒くさそうな声を出す。

 荒っぽい態度の女とは裏腹に、男は幾分か大人しそうな印象を受ける。

 

「ほら、いたじゃん!っていうか無関係っぽいし、この人……。

あーあ、どうすんの。ぼくあんまりやりたくないんだけど…。」

「……なんだよ、あたしのせいで面倒ごとが増えたみたいな口ぶりだな。

はいはい、あたしがやればいいんだろ!ったく……。」


 意味の分からない会話が繰り広げられる。

 どうやら誰かを探しているようだ。

 尽が意味が分からないという表情で二人を見つめていると、女が懐からまた別の球体を取り出して何かを唱える。


「【鋭化(えいか)弐式(にしき)-鋭爪(えいそう)】」


 言い終わると、右手の形が変わった。


「ごめんな。あんたに怨みは無いんだけど、見られたからには消えてもらうぜ。」


 先程までと違った雰囲気で女が迫ってくる。

 その様は明らかに殺気を放っていた。


 腰が抜けて全く動くことが出来ない。

 尽の喉笛が女の爪で引き裂かれる――。




 その寸前、首にかけた御守りが光を放った。

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