23秒31
風の噂、嘘は100件。闇1件。
近頃、男性への暴行事件が多発している。そして被害者達は、口を揃えて犯人のことを
『お、覚えていません』
『自分でぶつけたんです』
何も語ろうとはしない。被害届けも出さない。口封じを含めた凶悪な暴行事件。相手が怪物であるのには間違いなく、恐怖を植えつけるほどの暴力。残虐性。
ドガアァッ バギイィッ
「あははは」
その犯人が、フツーの女子大生を演じているとしたら……。
複数の男達の爪を全部剥ぎ、歯を落とし、痛みと恐怖で失神していく様を愉悦に抱き観察する。悪趣味極まりない女子大生。
今日も暗い夜道で、声をかけてきたナンパな男達を相手に、拷問観察記録をつけている。人には言えない秘密だから、相手に曝け出す時は口封じを忘れない。虫を半分に捻ってもがく程度に……
強いという自信が生きる希望。故、弱者を蹂躙し、玩具の如く遊ぶ。人に与える絶望。
村木望月の趣味にして、今日明日に生きる糧。
そこまで大きくもないし、中学生がちょっと大きいくらい程度の背。体格もそこまで凄いわけでもない。だが、悪趣味に魅入られたら、才能で決まったものを覆す鍛錬なり、努力をしてしまう怪物。物の怪の類いだ。一度、人間を脱したものは定期的に、これをしなければ自分が人として生きるのを我慢できない。
もっともそれは、自分自身の証明ができれば、拷問はなかったろう。
この自分を証明してくれる、怪物との出会い。
ブヂイィッ
「!」
今、1人の男の頬を抓って、ひん剥いた。激痛が突っ走るところ。悲鳴へと昇らせる痛みに村木は喜びをあげるところだが、ある気配を察すると途端に冷えた表情。締まった表情へと切り替わる。風のようにやってきたそいつは、自分と同じ立ち位置を持ち、
バギイィィッ
心を高鳴らせてくれる。
相手は瞬時に村木の背後に回り込んで、横蹴りをかましてきた。
「鯉川」
「んーっ、村木だ。お久し」
偶然にも知り合い。でも、偶然だって思っていない。婦警姿の鯉川が、卑怯にも後ろから韋駄天の如く、攻め立てながら、村木は分かっていて反応。後ろ向きでありながら、完璧に左肘でガードしていた。
婦警と血塗れの私服姿の女子大生という、見た目的には格闘戦を繰り広げるとは思えないところから始まる、喧嘩じゃない本物の戦闘。
間合いは、殴り合いに相応しい1m以内。戦場は人気のない建物と建物の間となる路地裏。村木によって失神に陥った情けない男達3人が地面に転がっているところ。
パギャアァッ
間合いはほぼ一定に保ちながら、戦闘を維持する両者。ストリートファイトと言っていい環境下では、身体能力の差が勝敗や優劣を決めるものではない。戦士らしい鯉川の性格に対して、本性はどす黒い村木の性格は、戦い方にも影響がある。
床に転がる男の1人を蹴り飛ばし、ピンボールのように建物にぶつけながら鯉川を変則的に狙った。人間を軽々と蹴り飛ばし、勢いまで乗せるパワーは”超人”と言えよう。
一般人にさらなる危害を加える畜生。しかし、鯉川は蹴り飛ばされる男を避ける。掴めば視界や腕の一つを封じられるからだ。盾としては有能でも、自分の利点は絶対的なスピードにある。重りをつけるわけにはいかない。
正面から戦うよりも村木の死角に回り込んで、ケリをつける。
肘打ちの体勢となって襲い掛かるが。
バヂイイィッ
鯉川の肘打ちの威力を活かしたまま、後方にはじけ飛んだ村木。壁に背をつけたら一瞬で、建物の窓枠に向かって飛んだ。素早い鯉川を空中に誘っている。それに気づくかどうか、刹那の思考よりも肉体が反射の域で動く。上に逃げようとする村木を捕縛にかかってのジャンプ。
村木は狙い済ませて、突っ込んでくる鯉川に目潰しを仕掛ける。一連の動作、挙動から先を鯉川は読める。そして、避けることも、そこから追撃に繋げることも容易い。
軽めに首を捻って避け、村木の顎をカチ殴る。
スピード。ずば抜けた基本が突出した鯉川であるが、スピードは奥深く、全てが有利とは言えない。動きを見切って、行動することは理念に正しい。
余裕を持って、というより、鯉川の場合は反応まで早すぎるのが欠点と言えよう。目潰しと思わせておいて、村木が直前に狙いを変えた。鯉川がダッシュからの右のパンチを、食い止めるよう。3本の貫手。
「!」
強く握った拳であったが、村木の指は液体のように隙間から入り込んで掴んだ。指取りと呼ばれるテクニック。乗って来た鯉川のスピード、その方向を素早く、容易くずらして壁に激突させる。
「っっ」
村木は指の力(体全体を使っているが)で投げ飛ばす。体の右側を壁にぶつけ、鯉川のスピードは止まった。互いに壁という側面に立っていることを忘れさせる格闘センスだ。
村木はその側面から、かかと落としを叩き込んで鯉川を再度、壁にめり込ませる。
「ぐはっ」
「おっと」
落下するから、素早い鯉川を壁にめり込ませた。それをちょっと忘れていたような顔で、鯉川のブランとした左腕を掴んだ村木の手。そこを基点としてまた、身体を上にあげて、
体に溜め作って、鯉川の顔面を拳でぶちのめして、壁の向こう側に出させる。
「あはっ、壁プレイ?記念に写真撮ろう」
「く」
村木の言葉通り、壁に挟まった状態になった鯉川。ちょっとやそっとじゃ、鯉川は抜け出せない。
この時点ですでにこの場の勝利は確定。
では、どんな罰ゲームがくるか。
バギイィィッ
「わぎゃああっ!?」
鯉川の尻に痛烈な一発を叩き込んで、壁の向こう側まで押し込んでやる。無様に床に転がる鯉川。起き上がる前に敗北と、屈辱、恥辱の顔で、空いた穴に構えた。
「いった~~」
追撃は……来ない。
痛みが少しひいてから、自分が埋まっていた穴から覗き見る。村木は……
「……いない。逃げちゃったか」
戦闘時間は、23秒31。
勝敗が決し、手痛い仕打ちもできて満足の、逃亡劇。
「鯉川特別婦警ー」
「犯人がここにいたとー」
「あー!ごめん、取り逃がした」
少し遅れて、鯉川と同じ警官達が到着した。
「村木の奴。この借りは返すわよ。腕、あげちゃって」
村木にリベンジを誓う鯉川であった。
◇ ◇
『壁穴プレイ中の婦警、発見される』
後日、村木は鯉川を壁に埋め込んだ加工写真を制作していた。
「ネットに公開してあげようか?鯉川~」
「止めて!!恥ずかしすぎ!!」
「村木、あんた……虐めが好きよね」
「虐待も精神攻撃、急所狙いもイケるのが、村木のヤバイとこ」
その出来、その写真が、鯉川の手元に届いて、真っ赤な顔して写真をびりびりに破いて、画像データも消す鯉川。村木は喧嘩以外でもタチが悪い。
陰湿過ぎる。
ま、ファミレスでこうして他の仲間と共に話し合っている程度の仲ではある。仲間内に見せられただけで済んで良かったと言えば、良かったか。
鯉川の方が単純なものであれば、村木よりかなり強いのですが、
なんでもアリの戦闘なら、村木の方が強いかもしれません。実際、今回は勝ちました。
鯉川の戦い方はとにかく速く、自分が一方的にスピードでかき回すくらいしかないので。空中戦や壁に追い込まれる戦闘になると、途端に強さが落ちます。
手段を択ばない村木の戦い方はスキです。
村木、出世したなぁ。