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葵荘  作者: ミロ
6/6

第1話 引越し先の住人達6

まぁお前らバカだもんな。来世は頑張れよ」


「来世!? 今世にもう望みはないの!?」


「アッハッハッ! お前みたいな奴に望みなんてねぇよ! しっかり来世に備えとけよ!」


「うちがないならお前にもないわー!」


「ごっはぁ!」


こいつらのノリにも慣れてきたな。俺も昔はバカだったから、意外にも扱い方は分かるわ。誠に遺憾ではあるがな。


「そんなことより、さっきの話に戻しますけどー」


「さっきの話? 『どうすれば苦しまずに今世を終わらせることができるか』だっけ?」


「そんな物騒な話などしていない! ほらほらー、晩御飯一緒に食べよって話だよー」


あぁ、それまだ続いてたんだ。あれ? 俺イヤだって言わなかったっけ?

最後の豚カツを頬張りながら過去の記憶を遡る。うーむ……豚カツうめぇ。


「……無視する人がいる。ねぇカズー、これっていじめだよねー」


「とりあえずお前に殴られた右頬が痛い」


「ねぇ亜久津さーん。暇な時だけでいいからー。ねーねー」


両手にナイフとフォークを持って、子どものように駄々をこねるポニーテールを客観的に眺め、俺は思う。

こいつの名前なんだったっけ。さっぱり覚えてないわ。


「だからなんで無視なんだよー! 死んでんのかー!」


「いや、お前らの名前忘れたなーと思って。むしろ覚える気もなかったなーと思って。お前ら誰だっけ?」


 俺の発言により、一瞬時が止まった。


「う、嘘でしょー!? 信じらんなーい! なんで覚えてないのー!?」


 そして絶叫。


「仕方ないだろ、興味ないものは覚えられないんだから」


「さらっとすっごい酷いこと言ったー! ちゃんと覚えろよコノヤロー!」


 なんかマジギレしたポニーテールがメニューやら灰皿やら手当たり次第に投げつけてくる。

 カルシウムが足りてないようだ。


「分かった分かった、ちゃんと覚えるからもっかい教えてくれ。あとナイフとフォーク投げてくるのやめろ。それ凶器だからな? 当たったら死ぬから。みんなこっち見てるから」


「ぶー、ホントに覚えてよねー。うちは如月香音、高校2年生」


 軽く店員から注意を受けたあと、やや不貞腐れながら再度自己紹介をしてくれた。よほど不服だったのか、口の尖り具合が半端ない。


「舞島和樹。まさかこんな短い間に2回も自己紹介させられるとはな……」


「はいはい悪かったよ。如月に舞島な、覚えた覚えた」


「全然反省してないし……」


 未だに不機嫌そうにブツブツ言ってる如月を無視して、タバコに火をつける。

 ふぅ、やっぱタバコはおいし……くはないけど、心が落ち着くわ。肺を汚して安らぎを得る、まさに諸刃の剣だな。


「それにしても如月に舞島か……言いにくいな。俺もカノンとカズって呼んでいいか?」


 ふと2人がそう呼び合っていたのを思い出し、軽い気持ちで聞いてみたのだが、


「えっ!? 名前で呼んでくれるの!?」


 さっきまでの仏頂面はどこへやら、カノンが顔中に笑顔を咲かせて身を乗り出してきた。そして俺は後退った。


「ま、まぁそっちの方が呼びやすいし……」


「じゃあさ、じゃあさ、うちらも亜久津さんのことレイさんって呼んでいいよね!?」


「うわなにそれやべぇ、これって一気に親密になったんじゃねーの?」


名前の呼び方1つでこうもテンションが上がるのか……最近の高校生の思考はよく分からん。呼び方なんて別にどうだっていいと思うんだが、まぁ機嫌が治ったならそれで良しとするか。

大はしゃぎするカノンとカズから視線を外し、俺は心の中で密かにガッツポーズをした。


 もちろん、晩飯の話が流れたことに対してな。




★★★


「えぇ! 昨日晩御飯一緒に食べたの!?」


陽の光がオレンジ色になり、少し肌寒くなってきた時間帯。201号室ではいつものように、いつものメンツでお茶会が開かれていた。


「そだよー。し、か、も、向こうから誘ってきたんだよねー」


「さらに言うと奢ってくれたんだぜ。いやー旨かったなあのステーキ」


如月香音と舞島和樹が得意気に昨夜の出来事を報告し、それを受けた坂咲美優は悔しさからかみるみる不機嫌になっていく。


「なにそれ!? 信じらんない! なんであたしを呼んでくれなかったのよ!」


「だってー、ミユは晩御飯食べ終わってる時間だったしー。晩御飯食べに行くのに、食べ終わった人を連れて行ってもねぇ」


「だよな、お前は家族と食ってたんだし、それでいいじゃねーか」


「良くない! あたしも行きたかったし! 参加することに意味があるんでしょ!」


猛抗議を繰り広げる美優を見て、満足気に笑い合う2人。まるでこの反応を待っていたかのようだ。

いや、事実待っていたのだろう。3人の付き合いは長いので、きっとこういう反応が返ってくる、と見越した上での報告なのだ。そして期待通りの結果となったので、2人の顔はますます得意気に。


「ふふーん、ごめんねー。なーんか仲良くなっちゃって。あー楽しかったなー。いっぱいお話したなー」


「ぐぐ……ま、まぁいいわ……たった1回ご飯食べに行っただし、そんな目くじら立てるようなことじゃ―――」


「くっくっくっ、なぁミユ、俺らはもうレイさんと下の名前で呼び合う仲なんだぜ。おっと、レイさんってのは亜久津さんのことな?」


「なんだそりゃああぁあぁ! めっちゃ仲良くなってんじゃねーかぁあぁぁあ!」


「な、なんか予想以上のリアクションで怖いよこの人」


「あぁ、身の危険を感じるな……」


少し美優と距離をとる2人だが、スイッチが入った美優は止まらない。


「たった1回のお食事会でなんでそんな仲良くなってんのよ! 何があったわけ!?」


「さぁなんでだろうねー? でもレイさんの方から『カノンとカズって呼んでいいか?』って言ってきたんだよねー。なんでかなー、不思議だねー」


「ドヤ顔うぜぇぇえぇえ!」


両手で激しく畳を叩く美優に、さらに距離をとる2人。


「あたしは!? あたしのことはなんか言ってた!?」


「いや、話題にすら上がんなかったな」


「なんでだよバカ野郎ぉ!」


「危ねぇぇ!」


悔しさや怒りやらが頂点に達したのか、額に血管を浮かせた美優は和樹の首筋目掛けて鋭い手刀を放ったが、ギリギリのところで回避。手刀は空を切った。


「ちょっと落ち着こう? ミユの悔しがる顔が最高に気持ち良いけど、1回落ち着こうよ」


「……なんでさっきから携帯こっちにむけてるのよ」


「あとでまた楽しもうと思って、ムービーで撮ってどうわぁっ! ななナイフ投げてきたよこの人! ホントに殺る気だったよ!」


端から見たら正気の沙汰じゃないこんな光景も、3人にとってはいつも通りの日常。葵荘の201号室からは、今日も騒音に近い悲鳴や笑い声が聞こえてくる。


「あっ」


そんな騒音に混じって、鉄製の階段を昇ってくる規則正しい足音に気がついた。いち早く気づき声を上げたのは香音だろうか。いつの間にか美優も大人しくなり、みんな足音に耳を傾けている。

 昨日引っ越してきた、新しい住人のものであろう足音を、ただ静かに聞いている。



仲良くなれるといいな―――



「ここはやっぱ、挨拶ぐらいしとかねぇとな」


「だね!」


「あんたらは昨日抜け駆けしたんだから、今日はあたしの番。あたしが行くから」


青春とはほど遠い、3人の物語はまだまだ続いていく。

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