第1話 引越し先の住人達5
「うっひょー! マジいいんすか亜久津さん! こんなステーキ奢ってもらって!」
「ねぇねぇ見てよ! うちのハンバーグちょージューシーだよ! 肉汁半端ない!」
いや別に同情したわけじゃないんだ。偽善を振り撒いてるつもりもないし……これはなんていうか……強いて言うなら俺の心が弱かったからというか、まぁそんな感じなんだ。決して同情などはしていない。俺はそんな低俗な人間ではない。それだけは分かっておいてほしいんだ、いやホントに。
「うめぇ! やっぱカップラーメンとは全然違ぇよ!」
「なに当たり前のこと言ってんのー? お肉と麺じゃ違うのは当たり前このバーグちょー美味しいんですけどぉ! ファミレス舐めてたぁ!」
誰に伝えるでもない言い訳を胸の中で連ねていたが、大騒ぎしながらがっつく二人に現実に呼び戻された。
「静かに食べろよ。迷惑だろ、俺が」
冷静さを取り戻した俺は、先ほど店員が持ってきた豚カツ定食に手をつける。
サクサクで旨いぞ、なかなかやるではないか。
「でもどうしたんすか? さっきまでは関わってくるなとか言ってたのに、急に飯を奢ってくれるなんて」
「1人で食べるのも退屈だからな。暇そうなお前らを利用してやっただけだよ」
「こんな美味しい思いができるなら、いっくらでも利用されてあげるよーむぐむぐ」
幸せそうにハンバーグを口に運ぶポニーテールを見ていると、意外にも可愛い系女子だということに気がついた。鼻は低いけど、目はくりっとしてるし、全体のバランスが良い。これで言動がおかしくなくて、髪の色が普通ならモテてただろうに。いやもしかしたらすでにモテてるかもしれんぞ、同じような不良連中に。
それに対してリーゼントもどきはいかつい顔面してるよな。眉毛半分だし、目付き悪いし、耳にはピアスだらけだし。こいつがモテることはまぁないだろうな。ごく一部のバカ女からは好かれるかもしれないが、ちっとも羨ましくないからセーフ。
「つーか昼間あんな調子だったから、ぜってー仲良くなれないって思ってましたよ」
「アホか、今でもお前らと仲良くするつもりなどないわ。利用してるだけだって言っただろが」
そこんとこ勘違いしてもらっちゃ困る。仲良くするつもりもないし、決して同情したわけでもない。利用しただけなんだ。そうそう、利用しただけ。
「むっふっふっ、ひょっとして亜久津さんってツンデレー? もー、めんどくさいなー」
お前の方がよっぽどめんどくさいわ。
「でもよ、昼間はマジびびったよな。俺が手も足も出ないとかあり得ねぇもん。亜久津さん鬼だね鬼」
「なんだそれ。お前ってそんなに強いのか?」
「へっ、自慢じゃねーがここいらで俺の名前を知らない奴はいねぇぜ。なんかあったら俺の名前出してもいいからよ」
ホントに自慢することじゃないな。まるで昔の俺を見ているようで恥ずかしくなってくる。
しかしそう考えると、俺が中学生の頃にやってたことを、高校生のこいつがやってるのか……バカなんだなぁ。
「まぁほどほどにしとけよ。せめて回りに心配かけない程度にな」
過去俺も通った道なので、軽くたしなめる程度に留めておこう。わざわざ俺が声を荒げなくても、自然と気づく時がくるだろうし。
「ふーむ、ここで『ケンカなんかするんじゃありませーん』って言わないあたり、うちらと同じ臭いがするよねー」
「あぁ、だから馴染みやすいんだろうな」
「やめろ、俺をお前らみたいな害虫と一緒にするな」
今の俺はジェントル亜久津へと進化したのだ。こんな野蛮な人種と同類扱いされたんじゃたまんない。
「ねぇねぇ、提案なんだけどー。これからは毎日一緒に晩御飯食べない?」
なんの脈絡もなく、ポニーテールが恐ろしいことを言い出した。思わずポニーテールを引き千切りたい衝動に駆られてしまったではないか。
「お、いいなそれ」
「でしょー? やっぱみんなでワイワイ食べた方が楽しいもんねー」
「却下だ却下。俺はそんなに暇じゃないんだよ。毎日お前らを構ってる時間なんてあるか」
「じゃあじゃあ、暇な時だけでもいいからさー。3人で食べましょうよー」
「そんなに寂しいなら、お前ら2人で食べればいいだろ」
俺からの当然の提案に、2人は顔を見合わせて黙り込んでしまった。
きっと2人で食べてるところを想像しているのだろう。そして2人が出した答えは、
「いやないな」
「うん、ないね」
完全なる意見の一致。
「なんでだよ、お前ら仲良いんだろ? 一緒に食べればいいじゃん」
「いや、なんつーんだろ……うまく言えないんすけど、2人で遊ぶのはいいけど、飯はなんか違うかなって」
「まったくの同意見です。でもなんでだろうねー、不思議ー」
なんだろう、さっぱり理解できんぞ。遊ぶこととご飯を食べることにいったいどんな違いがあると言うんだ? 哲学か? 哲学的な話なのか?
しきりに首をひねる2人に加え、俺も首をひねって唸ってみる。まぁ答えなんて出ないけど。
「じゃああれだ、他の友達も誘ってみんなで食べろよ。どうせ学校内外にも似たような不良仲間がいるんだろ?」
「いませんよ?」
即答で断言しきったポニーテールに俺は言葉を失う。
「なーんか、うちって学校じゃ浮いてるんですよねー」
「俺なんて浮いてるなんてもんじゃないぜ。あからさまに避けられてっし。だからなんだかんだで、学校でもミユとカノンと3人でいることが多いよな」
おぉ……不良グループにも混ざれずにいるというのか……。いったい何をやらかしたんだ。
「うちらってバカだから、人との距離感とか加減とか、よく分かんないんだよねー。だからいつの間にかクラスから孤立していくという罠」
苦笑いで誤魔化してはいるが、ポニーテールからはどこか寂しげなオーラを感じる。ハンバーグをつつく姿から哀愁が漂ってるもん。
だいたい距離感とか難しく考え過ぎなんだけど、それを今のこいつらに言っても仕方ないか。こういう感覚的なものは、経験を積んで学習していくしかないからな。この先バイトでも始めれば、少しずつ掴んでいけるだろう。