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葵荘  作者: ミロ
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第1話 引越し先の住人達

人間ってやつは『普通』を望む。ここでいう普通とは、『他者と同じ』という意味だ。

人間はありきたりを嫌い、強い個性を欲するくせに根底では『みんなと同じ』を好み、常に自分と他人を比べている。自分が『普通』という枠から外れていないか、外れている奴はいないかを懸命に計ってる。

『普通』という枠から少しでも外れればそれはもう異物。嫌悪の対象となり排除される。だからこそ、そうならないよう必死で他人と自分を比較する。枠から外れそうになると巧みに修正をかけ、他者が外れていれば周りと団結して追い出しにかかる。それが集団というもの。

そして俺は間違いなく異物だった。学校という集団の中で異色を放ち、虐げられた。


まぁ有り体に言えば、荒れていたのだ。


詳しい話は省略するが、小学生の頃から俺は性格を拗らせていて、大いに『普通』という枠から外れていた。

言うことを聞かない相手は殴れば大人しくなる、なんて考えていたので、友達なんているはずもなく、なんとも孤独な幼少時代を過ごしたもんだ。

 中学生になれば番長ごっこに明け暮れて、誰が1番強いか、なんてくだらないことに本気を出していた。高校に上がってからは、ようやく番長ごっこの虚しさに気づいて、少しずつ軌道修正。そして今ではもう完全に『普通』の人間となり、学校という集団に違和感なく溶け込むことができている……と思う。長い道のりだった。


「レイ、お前なにニヤニヤしてんの? 気持ち悪い」


「フッフッフッ、ついに俺は大学近くの格安の家を発見したのだ。これで片道2時間の通学から解放される!」


「えっ!? レイくんちそんな遠かったの!?」


「そうなんだよー。でもそんな生活ともやっとおさらばだ」


「大学から近いならさ、みんなの溜まり場にするか?」


「来たらコロス」


「な、なんかレイくんが怖いんだけど……」


そんな俺も今年大学2回生となり、それなりに楽しいキャンパスライフを送ってる。友達もけっこういる、金もまぁ生活に困らない程度にはある。つまりは普通の学生してるってこと。

小中高とずいぶん黒歴史を量産してきた俺だが、大学でようやく普通を手に入れることができた。

普通に遊び、普通に笑い、普通に恋をする。それは幼い日の俺が望んでいた何よりも尊いもの。


「引っ越しはいつなんだ? 手伝いに行ってやろうか?」


「いいよ、荷物少ないし」


昼休みには特に仲の良い友達とこうして学食に来て昼飯と怠惰を貪るのが日課となっていて、今日も変わらぬメンバーでテーブルを囲んでいる。

いつも通りの光景。いつも通りの毎日。多少の誤差は生じるものの、軸は決してブレない普通の日々。


「いいから教えろよ。場所さえ分かれば勝手に溜まり場として使ってやだばはぁっ!」


「だからイヤなんだよ。殴るぞ?」


「もう殴ってるから! 本性丸出しになってるから落ち着いて!」


この平穏な日々はずっと続いていく。他人からしたら何でもないようなこの『普通』の生活が、俺にとっては何よりの宝物なんだ。




☆☆☆


どこまでも続く青い空。爽やかな風が吹き抜けていく、心地良い気温。天候までもが、俺の引っ越しを祝福しているかのようだ。


「春だねぇ」


桜はとっくに散ってしまったが、暑くも寒くもないこの短い季節に、つい頬が緩んでしまう。

そして頬が緩むもう1つの原因となるものが、今目の前に広がっている。


築60年のボロアパート、『葵荘』。


流石は築60年、見事な外観だ。下見に来た時も思ったが、幽霊屋敷と言っても過言ではない佇まいは圧巻。怨念すら感じる。

 ちなみに1階と2階、合わせて6部屋しかない。


「亜久津くん、本当にここでいいのかい? あと2~3万も足せばまともなとこに住めるんだよ?」


「その2~3万が出せないからここなんですよ、管理人さん」


隣からは「キミみたいな若い子が……」みたいなオーラを感じるが気にしない。安ければ安い方が良いに決まってる。


「まぁ亜久津くんが良いならいいんだけどね。さぁこっちだ」


管理人さんに続いて敷地内に足を踏み入れていく。庭も駐輪場もない、入ればすぐに廊下という狭小さ。1階にある3部屋は原住民によりすでに占拠されていたので、2階への階段を昇ってすぐ右手にある角部屋をチョイスした。


「このアパートって2階は誰も住んでないんですよね?」


「そうだよ。だからといって勝手に使わないでね。普通に訴えるからね」


チッ、大人って融通きかねぇな。


「さぁ着いた」


確かに着いた。これから俺の城となる201号室。だがなんだろう、とても違和感がある。


「……ねぇ、なんか中から声してません?」


「ハハハ、まさかそんな――――」


管理人さんが鍵を差さずに直接ドアノブをひねり、そのままドアが開けられていき、


「コラー! なにしてるんじゃクソガキどもがー!」


管理人さんが吠えた。


「うわっ! やっべ、おい逃げんぞ!」


「ちょちょ、待ってよ! お菓子が散らばる!」


俺もチラリと内部を覗いてみると、金髪のリーゼントもどきが1匹と、茶髪のセミロングが1匹、赤髪ポニーテールが1匹、計3匹のヤンキーが畳にお菓子とジュースを広げ、お茶会をしているようだった。


「勝手に入るなっつったろが悪ガキが!」


「うっせバーカ」


「ニャハハハ、逃っげろー」


「さよならー!」


奥の窓から逃げていく3匹を眺め、俺は当然の疑問を口にする。


「なにあれ?」


「みんな下に住んでる子なんだけど、どうもこの部屋の合鍵を持ってるらしくてね。高校生にもなって困ったもんだよ」


「合鍵!? そんなとこに住めってーの!?」


「まぁいいじゃないか。ちなみに髪の毛が長い子がいたろ? くくってない方、あれうちの娘だから。仲良くしてやってね」


「ふざけんなよおっさん。不良の溜まり場なんかに住めるわけねぇだろ。ナメてんのか?」


「め……目が怖いよ亜久津くん。分かった、部屋を変えよう。ほら、向こうの端の部屋なら大丈夫だから。203号室にしよう」


管理人さんが「ここなら大丈夫だから」と何度も念押ししてきたことに若干の疑わしさを感じるが、まぁいいだろう。出だしからちょっとしたハプニングに見舞われたものの、こうして俺は新たな城へとやって来た。10畳ほどしかないけど、風呂、トイレ、キッチンが完備されていれば何も文句はない。実に良い部屋だ。

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