彩間
何も変わらない
何もわからない
何も知らない
何も聞こえない
何も言えない
何も感じない
何も思わない
ただただ過ぎていくこの時間が
ただ生きているこの感覚が
とてつもなく私には苦痛で
どんなに足掻いても息を吸うことさえ
吸える希望も持てない程に深くて
ほんの一瞬の光さえも届かないほどに深淵で
私には絶望という言葉しか
もうそんなことさえも思わないほどに慣れてしまった自分に
嫌気さえも感じていたはずの感覚さえも
何も残っていなかった
私はあの坂にいる
ここでは有名だというあの坂に
海から運ばれて来る、潮風に乗った桜の花びらが優しく降り注ぎ
坂一面を淡い、優しい色で満たしている
ひどく嫌いだったこの坂に再び立てているのは
あの子のおかげだということを忘れてはならない
日々死んでいくために生きていた自分に
セピア色した風景を
無音と化していたこの世界を
私に光と熱を与えてくれたあの子を
忘れてはいけない
昔の私は不幸だったと思う
自分で言いたくもないけれど
他者と比べるものではないことは、わかるけれども
私は不幸だったと
私は生まれつき色を認識することができなかった
目の病気なのか
それとも頭だったのか
当時の検査では、原因を掴むことができなかった
それはたぶん、今も無理だと思う
何度も絶望した顔を見せられ
何度も悲痛な声を聞かされ
何度も哀れみを浴びせられたか
私にとっての日常を否定されたことが
何よりも悲しかった
それまで私は自分の世界に違和感を覚えていなかったからだ
当たり前に見てきた世界が違っていたなんて
どうやって幼子の頭で理解出来ようか
甚だ無理だと
次第に家の空気が悪くなるのを感じ
じっとりとした
それでいて、突き刺すような痛みを肌で感じて過ごしてきた
唯一
親は、諦めなかったのが幸いだった
なんとかして普通にしてくれようと頑張ってくれていた
けれど、手がかりがあまりにも見つからず
空回りするたび、表情が消えていくのが
辛かった
私の病気がわかってから数年が立ち
私は自然豊かな場所で過ごすことになった
祖父母のいる場所で
なるべく落ち着いて暮らせるようにと
親と離れることが何よりも辛かったと同時に
ああ、私を遠ざけたかったのだろう
と、私の中で諦めが芽生えていた
希望もほぼほぼ消え失せ
毎日映る可哀想な我が子
心が正常でいられないだろう
私は大人になるしかなかった
離れることの寂しさ
普通ではないこの体
大人になれば、我慢できると考えた
誰よりも本を読んだ
この辛さを誤魔化すためにはどうすればいいのか
少しでも知識で蓋をできるようにと
印字が滲むほど読みふけった
その結果、小学校に上がるときには
祖父母の手を借りなくとも、一人で活動することができていた
入学式のあの日から
私はこの坂を一人で登って
一人で降りてきた
それは今も変わらない
ただ、
あの子と一緒に歩きたかった
そんな夢もあったけれど
私は蓋をしていたようだ
今になって蓋の隙間から感情が溢れ出す
潮風が沁みたのか
目から零れてきた
頬を伝って落ちるものを
私は止めることができず
再び蓋をすることもできず
子供のように泣きじゃくっていた
側にあるバス停に座り込み
やっと思いで落ち着かせることができた
顔がぐしゃぐしゃだ、せっかくここまで来たのに
小さく呟いた私は
どこかスッキリとした気持ちだった
坂をもう少しだけ登ると
そこに病院がある
あった
今は難病の子どもたちを受け入れる施設となっているが
医療行為はやめたらしい
診療できる医師がいないらしい
田舎ゆえの問題点なのか、はたまた施設側の理由なのかわからないが
などとふけっていたら病院に着いた
入り口が見える
古めかしいガラス扉に手をかける
こんなに小さかったかな
ちょっと古いけど、まだ全然キレイだ
昔とのズレを
思い出しながら上書きしていく
一人の女性が目に入る
待ってたよーーー
とびきりの笑顔で迎え入れてくれる姿は
あのときと何一つ変わっていなくて
私はまた
感情が溢れてしまっていた




