後
「…好き勝手言いやがって」
仁さんが去って、真山が低い声でそう言う。
何だか今日は慣れない真山ばかりだ。
「真山、一体何がどうなってんの」
「てかそれ俺の台詞。何でお前俺の部屋で一緒に寝てたんだよ」
尋ねれば、真山からも問い。
…完全忘れてる?
そう思うとまたがっくり脱力した。
「あんた倒れたの。で、ベッドに運んだら…」
「運んだら?」
「覚えてないの?」
「…え、俺何したんだ」
「……色々」
思い出すと、今でも照れくさい。
抱き締められてキスされましたなんて言えるはずもなくて。
ファーストキスで未だに気が動転してるだなどもっと言えない。
真山はそれ以降口を開かない私を見て、大きくため息をついた。
ついでに頭もガリガリかいている。
「あー、だから部屋呼びたくなかったんだよ…」
「は?」
「やっぱりやらかしただろうが俺」
吐き捨てるようにそんなことを言った真山。
意味が全くもって理解できなくて、ただ私は呆然と真山を見上げる。
「あー、もう!」
「なに、どうしたの」
「この際だから言うけど、お前俺のこと美化しすぎなんだよ!」
「はあ?」
「お前に幻滅されたくなくて身動き取れないとか何の拷問だ、何の!」
吹っ切れたのか何なのか。
よく分からないけど、真山はずいっと距離をさらに詰めて私を見つめてきた。
やっぱり私には真山の言葉の意味が理解できない。
というか、さっきから予測不能の出来事ばかりで頭が絡まったままだ。
すると真山は焦れたように私の肩に手を置いてきた。
「俺お前が思うほど大人じゃねえよ」
「は…」
「心は狭いし、独占欲強いし、ガキみたいに盛ってるし、我儘だし、自分と大事なもんさえよけりゃ他は割とどうでも良いタイプなんだよ」
頭が真っ白。本当に分からない。
むしろ真山は恋愛にあまり興味なくて、何でもスマートにやってしまうイメージしかない。
のに真山の私を見つめる目があまりに熱くて、煩いはずの心臓が更にうるさくなった。
「なぁ美月、俺お前に何したの」
「え」
「だからお前が俺を運んだ後。…まさか襲った?」
「いや、その前で止まったけど」
テンションのおかしい真山。
キスの言葉が恥ずかしくて私は回りくどく答える。
それでも理解したらしく、真山は頭を抱えた。
「悪い。最悪だ」
「いや、別にいいけど」
「…やり直していいか?」
「は…!?」
「もういい加減限界…」
よく分からぬまま、真山の顔が近付く。
え…
え…!?
「ちょ、ちょっと待って!」
「…なに」
「全然分かんない。なに、何事なのコレ」
動揺のあまり、珍しく声が裏返る。
珍しいどころじゃなく人生初かもしれない。
ストップをかけられた真山は何だか不機嫌だ。
でもすぐ後にぐしゃぐしゃと私の頭を撫でて、説明をしてくれた。
「お前は随分不服だったみたいだけど、俺がお前を部屋に入れなかったのは理性切れてお前を襲うのが怖かったから。手出さなかったのは一度触ったら止まれる自信がなかったから。責任もてないって言ってここから遠ざけたのは、本気でそういう事態になりかねないって思った俺の精一杯の対抗策だ。ったく」
「…嘘でしょ」
「絶対言うと思った。悪いけどな、俺は自制心相当ない方なんだよ。監視が誰もいないとこで2人きりにでもなってみろ、理性あっという間に無くなる自信あるぞ」
真山は怒ったようにそう言う。
正直唐突な話すぎて未だ飲み込み切れていない。
けど、私が散々悩んでいた真山の潔癖さはどうやら私のせいではないらしい。
それだけは分かった。
「無愛想な私に愛想尽かせたんじゃないの?」
「はあ?何でだよ。愛想尽かせた相手に指輪なんか贈るか、面倒くさい」
「というかそもそも私を好きになる要素がどこにあるのかも分かんないし」
「良いんだよ、そんなの俺だけが分かってれば」
「な、だ、だって分かんないわよ。こんな可愛げないのに」
「それこそ嘘だろ。お前自虐的すぎるんだよ。お前みたいなのが近くにいて心動かない男がいるかっつの」
「は?」
本気で分からない。
そういう心が声に出ていたんだろう。
心底呆れたように真山は息をつくと、言葉を続けた。
「言ったところで信じなさそうだし今は良い。それよりお前の方こそ俺のことちゃんと好いてくれてんのか?」
「はあ?今さらなに」
「あのな…。お前ヤキモチ妬かないし、全然会えなくても何も言わないし、好かれてるか分かんないのはこっちの方だよ。それ聞いて終わんのも嫌だったから聞くに聞けなかったし」
話していっても頭はまだ混乱している。
けど、どうやらお互い勘違いをしていたらしいということは分かった。
その言葉の全てを信じ切れない自分もいる。
でも離れずずっと近くで私を見つめる真山の目を見て、言葉を聞いて、やっと私は欠片を飲み込んだ。
少なくとも真山が私の傍にいてくれるのはちゃんと感情が伴っているということだと。
その事実に一気に安心してくたりとベッドに横になる。
「美月」
「なに、今いっぱいいっぱいなんだけど」
「俺もだって。もう一度、やり直ししよう」
ギシッとベッドが軋む。
近付く真山の顔。
「真山?」
「それ、禁止」
「は?」
「名前で呼んで」
真山の声が何だか甘い。
私の心臓はやっぱりうるさい。
「ひ、洋、文……」
カラカラと喉まで渇く。
けど流れにのせられて何とか名前を呼べば、目の前の男はふにゃっと目を緩ませた。
「うん」
その顔がなんというか…やっぱり甘くて、顔が熱い。
そのままさらに近付く真山…じゃなくて洋文の顔。
ギュッと目を閉じれば、クスッという笑い声と共に唇が重なった。
どれだけの時間が経ったか分からない。
そっと離れたま…洋文の唇。
緩やかに微笑む洋文の余裕そうな顔が何だか悔しい。
「…ひろ、文」
「ん?」
「す…す、き…」
「……」
練習してきた言葉が、やっと出てきてくれたのはこの瞬間だった。
…すぐ恥ずかしすぎて俯いたから、絶句して真っ赤に染まった洋文の顔は見逃したけど。
「…今に見てろよ、こんなにドロドロにさせやがって」
「なに」
「宣戦布告」
「は?」
「もう遠慮しないで行くから。悪いけどとことん付き合ってもらうぞ」
「…何に」
「今に分かる」
心底悔しそうな真山の言葉にしばらく悩んだのは言うまでもない。
それでも、余裕のないその顔は私がずっと見たいと思っていた真山の素の部分で。
何だか距離が近づいたようで嬉しい。
できることなら、こんな顔をもっと近くで見てみたいと思う。
…そんなこと口に出して言えるわけないけど。
小さなことで悩んで。
お互い聞くに聞けず、素直にもなれず。
けれど、はたからみれば見事なバカップル。
それでも、そんな事実に気付くことのない私達の少し間抜けでそれでも幸せに満ちた日々は、どうやらこれからも続くみたいだ。