入学の洗礼 4
悪党共から香栖実を庇って氷の塔までハイキングすることになり、出発して約30分。
3kmなんてすぐだと侮っていたら、これがなかなか辿り着かない。
それどころか、塔自体は見えているのに全く近づいてるように感じない。
なんで?
私達の間には、ひたすらに煩いほどの沈黙が続いていた。
4つの足が地面を踏む音だけがザクザクと響いて、何だか居心地が悪い。
香澄は相変わらずふくれっ面をしていているし、ここは私が何か話す話題を探さなきゃな…
「今思ったんだけど、いきなり学校抜けて来ちゃマズかったよね。」
「…」
「皆んな今頃授業中かあ。」
「…」
「絵理香達にコート貸してもらったし、これなら氷の塔でも大丈夫だよね!」
「…」
……イラッ。
「アンタなんか喋りなさいよ!!!」
「うわっううううるっさいアルいきなり大声出すなヨ!
体力を無駄に消耗しないように黙ってるネッ!」
香栖実は驚いたように声を上げる。
やっと喋ったなコイツ、死んだかと思ったら。
…ちょっと待てよ、私との会話は無駄だって言うのか。
それなら最初から付いて来んな!
こっちはこんなにも気を遣って場を盛り上げようとしてるっていうのに…
それからも香栖実は一向に喋らず、私ももうコイツと会話を楽しむのを諦めた。
私、こんなとこで何やってんだろ…。
相変わらず、足音だけがザクザクと響き渡る。
…。
……。
………着くの、遅くない?
チラッと腕時計を確認する。
「もう1時40分…。」
私達が学園の裏門を出たのが大体12時45分くらいだったから、既に1時間近く歩いていることになる。
私も香栖実も、そんなにゆっくりと歩いているわけではない。
ハイキングなどすぐにでもやめて、さっさと学園に帰りたいからだ。
そもそも喋ってないのだから、普段友達と歩く時よりずっと早く進んでいる。
はずなんだけど…
塔との位置関係が、一向に変化してないように感じるのは私の気のせい?
「…ねえ、本当に方向こっちで合ってるの?」
「知らないアル。
あんな悪い噂だらけの場所誰も集まらないから、正しい道なんて皆知らないネ。
私はただそれっぽい方向に歩いて行ってるだけアル。」
……言葉が出ない。
「嘘でしょ…。」
ていうか、それっぽい方向ってなんだ。
「何なのよ!!
私てっきりあんたが知ってるんだと思ってたわよ!」
「はぁ?
オマエが勝手について来たんだロ!フザケンナ!」
「な……、」
生意気ーーー!!!!
思わず口がわなわなと震える。
「せっかく庇ってやったのに…。この恩知らずめ。」
「別に庇ってくれなんて誰も言ってないアル。」
もうやだこの子、ほっといて1人で塔探しに行こうかな。
さすがの私も精神的にキツくなってきた。
「でも…、」
「?」
今度は一体何よ…
「…その…、一応礼は言うアル。
助けてくれてありがとうネ。びっくりしたけど、…ちょっとだけ嬉しかったアル。」
…
……あれ、私達2人の他にこの場に誰かいたっけ。
「ちょっと、誰かいるの?」
「失礼な奴アルな、私が言ったんだヨこの馬鹿女。」
「ほ、ほんとに?」
なんてことだ、この子の口からそんな言葉が出てくるとは。
…ちょっと感動。
「アンタお礼言えたんだね…。」
「はぁ?人を何だと思ってるアル、最低。」
ああ、もう通常運転に戻っちゃった。
もしかすると香栖実は、世間で言う『ツンデレ』ってやつなのかもしれない。
…もうちょっとデレの比率が増えてくれたら嬉しいんだけどね。
「香栖実、あんたツンデレだったんだね。」
「黙れアル馬鹿」
即貶されました。
もう若干慣れて、暴言の免疫がついて来た自分が怖い。
ふと香栖実が立ち止まって、それに合わせて私も立ち止まる。
「どうしたの?」
そう私が問いかけた途端に、香栖実のお腹の音が盛大に鳴り響いた。
「…」
笑うな私、笑ったら死ぬぞ。
今も香栖実が般若のような顔で睨んできているのが分かる。
ここで笑ったら容赦なく殴りかかってくるだろう。
耐えろ。
お願い私、耐えるのよ。
「…お腹すいたね。
結局ご飯食べないまま、すぐに出発しちゃったもんね。」
「…うるさいアル。」
やっとの事で笑いを堪えてそう言うと、香栖実にそっぽを向かれてしまった。
生意気もここまでいくと、なんだか可愛く見えてくる。
「お、あそこにベンチがあるじゃん。
私ここら辺もうちょっと探して来るからさ、香栖実は座って休んでていいよ。」
…とか言いつつ、木の陰でさっき溜まりまくった笑いを発散してきたいだけなんだけどね。
頼む香栖実、座っててくれ!!
「…ごめんアル。少し休憩したらすぐ行くネ。」
よっしゃーー!作戦成功。
「ううん気にしないで。
私もすぐに戻って来るから、ベンチで待ってて。」
そう言って香栖実に手を振りながら、足を一歩踏み出した途端。
「え…」
周りに生えていた草が、踏み出した私の右足を囲むように、丸い形にぽっかりと消えた。
「何だヨ…ってオマエ、その足元!!どうしたアルか!?」
「か、香栖実!!」
次の瞬間には黒い穴ができて、そこから黄緑色の光が漏れ出した。
「蜜樹ッ!!大丈夫アルか?!
今すぐ私の手に捕まるネッ!!!!」
「…っ、かす…」
伸ばされた香栖実の手を取る前に光は私を包み込み、私の身体はそのまま穴の中へと吸い込まれていった。