入学の洗礼 3
事件は昼休みに起こった。
「蜜樹ちゃん、やっとお昼になったね。さっきも言った通り、5人で学食食べに行こっか。」
絵理香達が学食を食べに行く誘いに来てくれた。
「皆!ありがとう。」
「葉山さん、お待ちかねの昼食だなっ。」
……黙らっしゃい。
さっきの一連の流れで、私=食いしん坊のイメージがついてしまった。
1度ついた印象って中々消えないんだよなあ。
ここはお淑やかな私をちょくちょく出していくしかない。
「…ホホホホ、ありがとう皆様。
さあ、学食に行きましょうか。」
「え、ちょっと蜜樹ちゃん、大丈夫?何か乗り移ってるわよ?」
…鳥ネコと南に訝しがられたので、口調から入るのはやめておこう。
あれ?そう言えば、なんだか1人足りない気が。
南、絵理香、鳥ネコ、私…あ、お団子頭の香栖実がいない。
「皆、香栖実はどこ?」
私がそう言うと同時に、教室の隅の方から、悪党2とその取り巻き達の甲高い嘲笑が聞こえてきた。
あれ?中心にいて奴らを睨んでるのって…………香栖実?
「あらやだあ、自分の花も堂々と言えないなんて、情け無いにも程がありますわっ!」
「うるせえアルッ!黙れッッ!!」
香栖実が反抗すると、取り巻き達がクスクスと意地悪に笑う。
…何これ、いじめ?
「あちゃー、香栖実ちゃんまた四童子さん達に捕まってんじゃん。
くうぅ、女子の争いは怖いね〜。
ちょっと俺あいつらのとこ行って止めて来るわ…って、葉山さん?」
背中に鳥ネコの驚いたような声を聞きながら、私は一直線に香栖実達がいる方にズカズカ歩いて行った。
まさか花園学園にもあんな馬鹿みたいなことをする人達がいるなんて。
これでも私、中学では「いじめキラーのミッキー」と呼ばれてたんだからね。
悪党2、許すまじ!!!!
征伐の時間だ!!
輪の中に割り込んで、香栖実を庇うように立つ。
「ちょっと、アンタ達こんなとこで何やってんのよ!複数で1人を囲むなんて卑怯だと思わないの?!」
私が単刀直入にそう切り込んでいくと、クラス内が一気に静まり返った。
…ちょっと皆、何か喋りなさいよ。
悪党2とその取り巻き達はあんぐりと馬鹿みたいに口を開けてこっちを見ている。
香栖実は大きな目をまん丸にして、驚愕の表情を浮かべていた。
「なっ…なっ、何なんですの貴女!?
転校生の分際でッ!!」
…イラッ。
「転校生だとか関係ないわよ!
人をいじめてる人間がいたら、誰だって注意したくなるでしょ?!」
あ〜もう、こいつらどんな神経してんだ!!
「……。」
目をまん丸にしたまま、無言で私を見ている香栖実。
ちょっとアンタもなんか言ったらどうなの?!
「…蜜樹さん、だったかしら?転校初日でキンギョなんかに懐かれて、貴女も大変ねえ。」
「…キンギョ?」
悪党2の声に、後ろの香栖実が固くなるのが分かった。
それを見てとった悪党2は、ニヤリと嫌な笑いを浮かべる。
「あ〜ら転校生さん。貴女まだ知らないのね。
貴女の後ろで固まってるその子、『キンギョソウ』の花御子なのよ。
貴女にへばりついて、まるで金魚の糞みたい。…ふふっ、本当にピッタリね!」
…。
「は、はぁ??
まさかアンタ達そんなことでいじめてるの?」
アホだーーーー!!!!
私が呆れと蔑みの視線で見ていると、みるみる間に悪党2の顔が茹でダコみたいに赤くなっていく。
是非ともタコと一緒に鍋でグツグツ煮てやりたい。
「…そんなことって何ですのッ!
キンギョのくせに花だなんておかしいでしょう!」
「そんなこと言ったら、サルスベリのあいつもネコノヒゲのはちょりだって、猿とネコじゃんか!」
「えっ、俺?」
「おい転校生っ!喧嘩売ってんのか!」
相変わらず威勢良く吠える悪党1。
黙って聞いてろ!
…で、はちょりはなんでちょっと嬉しそうなの。
「っ、それは…!
…まぁまぁよく喋るお口だこと!
貴女なんて来なければよかったのに、
今の時期に転校生なんて誰も望んでませんわッ!!!!」
今度は火の粉が私に飛んできた。
私の正し過ぎる主張に何も言えなくなったらしい。ざまあみろ。
香栖実が文句を言われるくらいなら、私が言われた方がマシだ。
悪党2は濃いピンク色の髪を振り乱しながら、さらに私に怒鳴る。
「だいたい私達はまだ貴女を正式な花御子として認めていませんことよ!
貴女なんて必要ないですわ。
皆んなが待ってるのは、貴女みたいな無力な新参者ではなく囚われてしまった仲間達なのですから!!」
「…囚われてしまった仲間達?」
これってもしかして、さっき鳥ネコが言ってた「俺たちが中3のときにいろいろあった」ことと関わりがあるんじゃないの?
よし、ここは馬鹿なコイツがそのまま喋っちゃうのを聞いておこう。
「ア、アズミ様、これ以上は言わない方が…!紅薔薇様の耳に入れば大変です。」
「ハッ!…コホン。そうですわね。」
チッ!
持つべきものは賢明な部下だな!
「そうですわ。いいことを思いつきましたの。」
今度はなんだよ。まだ何か言う気?
「…何よ?」
「貴女、ちょっと窓から外を見てご覧なさい。
学園を出てしばらく行ったところに、いばらが巻きついた高い塔があるのが分かるかしら?」
「塔?」
「そうよ。あれは氷で出来ているのよ。」
…こ、氷でできた塔?
そんな馬鹿な、と思いつつも窓から身を乗り出すと……あった。
確かに、太陽の光でキラキラ輝いている高い塔が存在していた。
「この世界何でもアリね…」
「葉山さん、それは言っちゃダメだ。」
思わず漏らしたボヤキを、すかさず聞きつけた鳥ネコが肩に手を置いてきた。今度から気をつけよう。
すると、私のすぐ近くまで来ていた悪党2がニヒルな笑みを浮かべながら私に言い放つ。
「あの塔に1人で行ってきて、帰って来ることができたら。
…そしたら、貴女のことをこの学園の1生徒だと認めてあげてもよくってよ。」
…。
「え、そんなんでいいの?」
何それ、そんなの簡単過ぎない?
塔までの距離は、見たところ3kmくらいだと思う。行き帰りで6kmってところか。
氷の塔だから少し寒いかもしれない。誰かに防寒具を貸してもらおう。
すると、話を聞いていた南が金切り声をあげる。
「ちょっと四童子さん!そんなのあまりにも無茶よ!危険すぎるわ。」
「南?」
あんなに落ち着いた南がこんなに取り乱すなんて。
クラス内で私達のことを見物していたその他大勢の生徒達も、悪党2の発言にざわつき始める。
…もしかしてあの塔、何か秘密があるのだろうか。
でもまあよく考えてみたら、6kmハイキングして氷の塔を見物してくるだけでコイツが私のことを認めるとは思えない。
よし、行ってやろうじゃないの。
「いいよ分かった、行ってくる。」
悪党2の言葉を承諾する私の声に、外野がさらにざわつき始めた。
あんた達見てばかりじゃなくてさ、悪党2を抑えるのを手伝ってよ!
「蜜樹ちゃん!
お願いよ、あそこに近寄ってはだめ。
貴女は転校生だから分からないかもしれないけど、下手したらもう学園に帰って来られなくなるわ!」
「蜜樹ちゃん、お願い。行かないで。私蜜樹ちゃんが心配だよ。」
「花御子としてのが自覚無い葉山さんは、特に危険だと思うぞ。あんな奴の言うことなんて気にしなくていいって!」
「そ、そんなに危険な場所なの?」
南…絵理香…鳥ネコ…。
皆優しい。
来たばかりの私のことをこんなに心配してくれるなんて。
さあどうする?という視線で私を見てくる悪党2。
でもごめんねみんな。
私、香栖実をいじめたコイツらには絶対に負けたくない。
「私が帰って来れたら、これ以上香栖実につっかからないって約束して。」
「!!」
香栖実が息を飲んだのが分かった。
大丈夫よ香栖実、アンタは何も心配しなくていいから。
睨む私に、悪党2がニヤリと笑いかける。
「ふふふ、勿論ですわ。契約成立ですわね。」
するとここで、ずっと黙っていた香栖実が口を開いた。
「…ちょっと待つアル。」
「あーら何ですの、金魚さん?」
懲りずに嫌味を言う悪党2を睨みつけて、そしてはっきりと言った。
「…私も一緒に行くネ。
私1人着いて行くくらいなら、別にいいだロ。」
か、香栖実…!!
「…あらまぁ!
勿論ですわ、金魚の糞はご主人様が大好きですものねえ。
ただし2人だけで行ってくること。
さあ、貴女達が帰って来れるかどうか。見モノですわね。」
オーホホホホ。
そう言いながら、悪党2とその取り巻き達は去っていった。
…アホか!!!!
「アホかあいつら!!!!」
「アホはアンタでしょうが蜜樹ちゃんっ!
何であんなおかしな約束承諾しちゃうのよ?!!!」
いてっ
南に頭を小突かれた。
「だって、許せなかったんだもん。」
香栖実をいじめていたあいつらが。
あんなの、何がなんだろうが絶対にだめだよ。
「はぁ…。」と溜息をつく南と、いやー、傑作だった!と拍手をする鳥ネコ。
すると、絵理香が何かを差し出してきた。
「蜜樹ちゃん、もう行くって決めちゃったんだもん。
今から何を言っても聞かないよね。
だから、せめてこれを持っていって。」
「これは…サシェ?」
絵理香の手には、優しいオレンジ色の包みにくるまれたサシェがあった。
そしてそれを、私の手に握らせる。
「うん、私が作ったの。
私のパーソナルフラワー…サンダーソニアの花言葉は、『祈り』。蜜樹ちゃんに何かあった時、少しは助けになると思うから。」
!!
「絵理香……。
…本当に、本当にありがとう。
皆も、心配かけてごめん。でも絶対帰ってくるから!」
私がニコッと笑いかけると、皆当然だと頷いてくれた。
すると香栖実が、ようやく聞き取れるような小さな声で私に呟く。
「…あの、ご、ごめんアル。」
!!
そっか、自分のせいで私が危険な場所に行くことになって、責任を感じているのかもしれない。
そんなのいらないのに。
「馬鹿だなあ香栖実。友達でしょ、私達。それに結局アンタも一緒に来てくれるんだし。
頑張って行って、必ず帰って来ようね!」
はい、と手をさしだす。
握手をして、さあどうぞこれからよろしくね。
香栖実はそんな私を驚いた目で見つめて、震える自身の手で私の手を…
振り払った?!
ええええええ
「ちょ、ちょっとアンタ!!」
「ばっ、バッカみたいアルッ!馴れ馴れしくすんナ!!!!」
キーーーー!!!!
助けてあげたのに恩知らずな奴!!
「香栖実ちゃんったら、本当に素直じゃないわよねえ。」
意味深に頷く南。
「ははは、葉山さん香栖実に好かれてんなー。」
これのどこが好かれてると言うんだ鳥ネコ!!!!
こんな子と一緒に6kmもハイキングして氷の塔の観光だなんて、気が遠くなる。
頑張れ、かわいそうな私。