非日常が始まる 3
学園の門を開けると、ブワッと芳香が広がった。
常春だー!!!!
「うわー…、すごい、これ全部本物?造花みたい。」
「もちろん。」
おびただしい数の、花、花、花‼︎
すごく綺麗なんだけど、ここまであると目がチカチカする。
今から私この花まみれ学校に通うのかあ。なんか落ちつかないな。
…自慢じゃないけど、花についての知識はほぼ皆無と言ってもいい。大丈夫か私、やっていけるのか。
そりゃあ薔薇や百合とか、有名なものくらいは分かるけれど。
「あ、」
「どうかした?」
見つけた。知ってる花。
「このオレンジの提灯みたいな花、サンダーソニアだよね?お母さんが好きだったんだ。」
サンダーソニア、花に関する知識が薄い私が唯一よく知ってる花。
…お母さん今頃どうしてるのかなあ。サンダーソニアなんか見たから思い出しちゃったよ。
いきなりいなくなった私のことを探してる?それともさっき綿毛が言ってたように忘れちゃったのだろうか。
やだ、考えてたら泣きそうになってきた。
…なんとなく綿毛に見られたくなくて、思わず顔を背ける。
いや、どうせ綿毛だから別に見られてもいいか。どうせ綿毛なんだし。
「ねえ、お母さんも私のことを忘れちゃったの?」
聞かない方がいいかもしれないけれど、口をついて出ずにはいられなかった。
さすがに長年育ててもらったお母さんに忘れられるのはさみしい。もちろん友達もだけど、私にとってたった一人の家族だからやはり別だ。
すると、あれ?という顔をする綿毛。どうした。
「ん?言ってなかったっけ。花の力を持って生まれた人間のことを花御子と言うんだけど。
花御子は花御子からしか生まれない。
…つまり当然君を生んだお母さんも花御子だし、
人間界とこっちの世界を行き来できる花御子が君を忘れることはないよ。」
「はい?」
なんですと?お、お母さんも花御子?
そんなの初耳だぞ。
「忘れられたのは人間としての君だからね。つまり、君を忘れたのは花の力がないただの人間たちだけだよ。少なくとも君の親族は君を忘れたりしない。」
「は…、え…、そうなの?」
なんだ、先に言ってほしかった。それ結構重要事項じゃないか。あんた案内役じゃないのか。
その事を知ってたらここまで悲しまなかったのに!!
「さきに言ってほしかったよ…」
「それもそうだね。ごめんごめん。」
謝罪なら謝罪らしく言えっ
まあとにかく、お母さんは私が花御子だってことを知ってたんだ。
じゃあ私が花園学園に通うことにした時点で、私がこっちの世界に行くことを知ってたってこと?
…なんか言ってくれたらよかったのに!
どうせ少し抜けてるお母さんのことだから、忘れてたんだろうけど。
しかしこんなに大事なことを忘れないでほしい。
「花御子は花ごとにいるんだよ。
普通花御子は花御子同士で結婚するから、親のどちらかの花の力が受け継がれることになるんだ。」
「ふんふん」
「性格も花によって違う。だいたいはその花の花言葉みたいな性格になる。個人差はあるけどね。」
「へえ、そうなんだ。」
花の数だけ花御子がいるとかすごいな。だからこんなにマンモス校なのか。
「…お母さんサンダーソニアの花御子だったのかもね。もしかして、私もサンダーソニアの花御子?」
それだったら知ってる花だから助かるんだけど。
「いや、それは違うと思うよ。ここに植えてある花は全部、その花の力を持つ学園生が育てたものなんだ。
サンダーソニアは既に学園にいるからね。」
なんと!
「そうなんだ!会いたいなあ。女の子?男の子?」
「女の子だよ。優しくておっとりした感じの。」
女の子かあ。友達になれるかもしれない。
…綿毛だったらどうしよう。人間だよね。
「ねえ、綿毛じゃないよね。」
あっやばい、口に出してた。
「あぁ…また君はそんなことを考えていたんだね。安心して、何度も言ってるけど花御子は人間だから。」
笑顔で綿毛に睨まれた。ごめん、つい心の声が…。
でも一安心。高校生活が綿毛ハーレムだったらどうしようかと思った。それはそれで楽しいかもしれないけど、恋愛はできないよね恋愛は。
すると綿毛が赤いドアの前で立ち止まった。いや、コイツは浮いているから、浮き止まったというべきなのかもしれない。
「はい。このドアから中に入って。右に行ったら事務室があるから、声をかけたら誰か来ると思うよ。
君は自身の花の力が何か分かってないみたいだから少し質問されるかもしれないけど。それじゃあ頑張ってね。」
「えっ、」
いやいやいやいやちょっと待ってよ!
まさかここから私1人で行くの?
「あ、あんた一緒に来てくれるんじゃないの?」
ここでさよならとか、そんなの無しでしょ!
「ついていってあげたいところなんだけどね。僕も僕で用事があるんだ。また後で君の前に現れるから、話はその時に聞いてあげるよ。」
「な…」
そう言い残して綿毛は忽然と私の目の前から消えた。そ、そんな…。
綿毛でもいてくれた方が心強かったのに。というか綿毛に用事って一体なんなんだ。
突然現れたかと思ったら突然消えていった綿毛。ドアの前で1人立ち尽くす私。…はあ。
「…まあ、行くしかないよね。」
むしろここまで連れてきてくれたことに感謝すべきなのかもしれない。あのまま1人でいたら、確実に私は花畑を彷徨っていただろう。
えっと、ドアを入って右側ね…あったあった事務室。
「あれ、どこのお嬢さんかしら?」
「うわっ」
突然声をかけられ、驚いて後ろを振り返る。
とそこにいたのは…ボンジュールだとか言い出しそうなキラキラ顔に、ゆるくウェーブしたピンクの髪の毛を後ろで束ねている
……お、男?
「ああもしかして!」
「は、はいっ?」
よく響く声だからいちいちびっくりしてしまう。綿毛といいこの人といいこの学園はキャラが濃すぎるのではないだろうか。
そんな私を気にせず、ボンジュールはキラキラな顔でこう告げた。
「あなた今日から高等部に入学するコね。待ってたのよ〜!
あ、私は今日から貴女の担任になる草壁万理よ。宜しくね。
ささ、早く教室に行きましょっ。」
‼︎
「えっ、ちょっ、まま待ってください!」
お前が担任か!!!!
えええ、どんなクラスなんだろう…。どうしよう早速不安になってきた。
そういえば。綿毛はいくつか質問されるかもと言ってたけど、何も聞かれてない。
私このままクラスに行っても大丈夫なの?
そんな疑問が顔に出ていたのか、ボンジュールは私に笑顔を向ける。
「貴方のことは大体聞いているわ。この世界のこと、自分のこと、何も分からずに来ちゃったんでしょう?」
「!」
理解者発見!
「そうなんです、私何も知らないんです。花御子?である自覚も全然ないんです。
もうこんなところ逃げ出そうかと思ってるくらいで!」
草壁先生は事情を知ってるみたい、よかった。ちょっと変わってるけど、気配りができる人みたいだ。
「あら、逃げ出すなんてそんなこと言わないでちょうだい。
心配しないで、一応クラスの皆に貴女が何も知らないことは伝えてあるわ。」
「あ、ありがとうございます‼︎」
よかった、ほっと安心。友達ができるといいな。
「…最初は一部のコ達からの風当たりがキツいかもしれない。でも何かあったら私に言ってちょうだい。貴女のことは私が守るわ。」
ちょっとドキッ。
うん、なんだかんだいい先生みたいだ。
「ありがとうございます、よろしくお願いします。」
「いーえ、どういたしまして!
それじゃあとりあえず、教室に突入するわよ〜。」
「はいっ!」
一応?この学園に入学できることになったのかな。
よく分からないことだらけだけど、居場所が見つかってよかった。
これからどうなるんだろう。
楽しみ半分不安半分。
…いや、楽しみ4割不安6割かな。
でもほんの少しだけ、この状況を楽しんでいる自分もいた。…少しだけどね!
先生に手を引かれながら、私は自分のクラスへと向かった。