非日常が始まる 2
綿毛を無視して建物内に入りたいところだけど、そもそもここが本当にあのボロ学校、花園学園なのかが分からない。
名前が名前だし、名前だけ同じ別の建物だなんてありえないとは思うけれど。
…なんかコイツ知ってるかな。
目の前の綿毛を見据える。
「ねえそこのあんた、ここって学校なの?」
この綿毛も学園と一緒にいきなり現れたんだもん、何か関係があるかもしれない。
…中に入ったら綿毛だらけなんてやめてよ?
「僕のことはシロッコとでも呼んでくれ。」
シロッコってあれか、アフリカの風か。
今適当に考えた感満載の名前だけど気にしない。
それより早く質問に答えて!
「ここは学校兼今日から君が暮らすところだよ。」
「何よそれ、私は普通に家から通学するんだけど。」
花園に寮はあるけど、徒歩5分の人間が寮生活とかどこの笑い話だ。
というかそもそも今こんな場所にいること自体笑い話だよね。
ボロ学校は宮殿だし、綿毛は喋り出すし。もう寝たい。
「ちょっと、大丈夫?
すごい百面相だ。君はどうやってここに来たか覚えてるかな。」
百面相とかいうな!
「いきなり地面に穴が空いて、気付いたらここに立ってたのよ。」
そんなこと聞かれてもこっちもわからないんだよね。
「なるほどね。君は人間界から来たのかな?
後々分かってくると思うけど、ここはさっきまで君がいた世界とは別の世界なんだ。」
いい加減な説明だなおい。
なんだそれ、そんなの信じられるか。
でも実際、ついさっきまで私の前に建っていた汗と涙の滲む由緒あるボロ学校は跡形もない。
「…そうだけど。どうやったら元の世界に戻れるの?」
大事なのはここだ。
すると、綿毛が渋い顔をする。
「元の世界に戻ることはできるんだけど…。でも、今から君が人間界に返っても、誰も君のことを覚えていないと思うよ。」
「は?」
ちょっと待ってよ、どういうこと?
私は忘れられたの?
そうか、かわいそうな私は2度寝しなかったせいで穴に落ちて死んだんだ!
そしてここは死後の世界。
生意気だけどこいつは天使で、私を天国に連れて行ってくれるんだ。
「なるほど、この宮殿は天国への入り口か」
「…君なんか変な誤解してない?」
綿毛に白い目で見られた。冷たいやつめ、違うんかい。
でも綿毛の言ってることだって十分おかしいからね。。
「世界が違うとか忘れられたとか、いきなりそんなこと言われて信じろなんて無理だよ。」
私学校に行こうとしてたんだよ?
なんでこんなことになってるの。
何だか気分が暗くなってくる。
「…体調悪くて幻覚が見えてるのかもしれない。私1回家に帰って寝てくる。」
そうだ、宮殿も綿毛もあの穴も全部幻覚。それなら話がつく。
こんなとこでいつまでも綿毛と話してるくらいなら5分で家に帰って寝てやる。
世界が違うとか嘘だ。ただ私の体調が悪くて幻覚が見えてるだけだ。
もう入学式のことは完全に頭から消えていた。
どんな夢を見ようか考えながら後ろを振り向いて、絶句。
「…な、何よ、ここ。」
振り向いたら一面花畑だった。
さっきたどってきた道はどこにもない。
綺麗な花がどこから吹いてくるのか、ゆらゆら風に揺れている。
急に鼓動が速くなってきた。
…どうしよう、
まさか、私は本当におかしな世界に迷い込んでしまったの?
なんだか怖くなってきた。
うそだ。やだ。いやだよ。
「ねえ、
どこよここ、どうやったら帰れるの?
お願い、何でもいいから帰れるなら帰して!!早く!」
思わずパニックになる。
ああもう帰りたい…
「お、落ち着いてみっちゃん。
僕がついてるから。」
……綿毛…。
思わずヒステリックになった私をなだめる綿毛。もしかしてコイツ、いい奴なのかもしれない。
「みっちゃん、君が落ち着くまで待つから。それまで何も言わなくていいよ。」
優しい。冷たいやつだと思ってごめんね。
って、あれ?
「…あんた、私の名前知ってるの?」
今確実にコイツは私を「みっちゃん」
と呼んだ。
「うん、知ってるよ。『葉山蜜樹はやまみつき』さん。
僕は君を迎えに来たんだから。」
「…私を?」
綿毛の話によると、自分は私の案内人みたいなものだと言っている。
人じゃないけど。
ここは天国ではないし、
こいつも天使ではないそうだ。
「とりあえずみっちゃんは今から、目の前の学校に入って入学手続きをすればいいよ。」
「…さっきも聞いたけど、私は本当に入っていいの?」
入っていいと言われても、学校だという実感がなさすぎて戸惑う。
「そうだよ。
誰か先生が見つかると思うから、そしたら君の花を言ってね。それが入学手続きになるから。」
…ん?
鼻のことかな。
鼻の形には自信があるぞ、この通った鼻筋と鼻柱の長さを見よ、頑張って引っ張って伸ばしたのだ。
「鼻の形には自信があるけど」
「…君の頭の中が見てみたいな」
はあ、とため息を吐きつつ白い目で見られた。
2回目だぞ、ちくしょう。自分のため息で飛んでいってしまえ。
「…フラワーの方のハナだよ。この学園に来たからには、自分の花が何かはわかってるんでしょ?」
「ああ、そっちの花ね。
…って、何それ、自分を花で例えろってこと?」
…なんか照れるんだけど。
この高校の輩は皆自分を花だと思ってるのか?
「違うよ、そんなこと言ってるんじゃなくてさ…
……もしかして君、本当に何もわからずにきたの?」
綿毛がくりくりのお目目を、驚きでさらにくりくりにする。
「だから困ってるんだけど…」
やだ、そんなくりくりの目で見られたらこっちが罪悪感を感じてしまうじゃないか。その目禁止。
「…そうか、それは大変だったね。
高等部から入学するなんておかしいと思ってたけど、この年まで本人に自覚がないとは…。
じゃあとりあえず、僕からこの学校のことを簡単に説明するよ。」
大変だったねが大変そうに聞こえないのは気のせいだろうか。
それにしても、高等部から入るのなんてそんなに珍しいことじゃないよね?
うーん。
「ここはね、花を司る特別な力のある人間達だけが入れる学校なんだ。
そして、この学園は普通の人間には見えない。
君のいた人間界にも…見た目はだいぶ違うけど、花園学園があったよね?
あれは、仮花園学園とでも呼べばいい。人間界とこの世界をつなぐための門なんだよ。」
「その門は普通の人間に見えるの?」
「ううん、見えない。
門として使うことができるのはあくまでもこっちの世界にある真花園学園の関係者のみ。」
ほうほう。
…なんと信じがたい話だろう。
「君にこの学園が見える時点で君は何らかの花の力を持って生まれているはずなんだけど。
普通遅くても5歳くらいまでには自分の力に覚醒してくるものなんだけどなあ。」
なるほど、だから高等部からの入学は珍しいって言うんだね。
そもそも花の力?って何なのよ。
…魔法少女系じゃないでしょうね。柄じゃないからステッキとか持ちたくないんだけど。
それにしても何と非現実的な話だろう。夢がなくてごめんなさいね。
「信じてないって顔してるね。まあ仕方ないけど。」
あ、心読まれた。
「その力っていうのを実際に目の前にしないと何とも言えないよ。」
そもそも花の力?によって何ができるんだろう。
「それもそうだね。でも大丈夫。学園に入ったら、何が何でも信じることになるから。」
…妙に物騒に聞こえるのはなぜだ!
でも、ひとりぼっちの私には、とりあえずコイツを信じるしか道はない。
「…わかった、入ってみるよ。もう色々と受け入れて楽しんだもん勝ちよね。」
「その意気その意気。」
思い返してみろ私、1回死にかけたんだから。
綿毛が喋ろうと魔法少女だろうとどんと来い!
こんな感じで私は、
妙に心が読めない綿毛と一緒に学園の門を開けた。




