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「ライド様とセント様のお部屋はこちらとなります。この部屋はつながっておりますが、お部屋の中は真ん中のしきりを閉めますと別々の部屋としても使えます。尚、部屋にはお荷物他、必要なものをこちらでご用意させていただきました。
明日は朝七時にお嬢様とのご朝食の席を設けさせていただきます。湯殿は部屋にも簡易のシャワーなど設置してございますが、この廊下の奥の先に小さな階段を登っていただきますと大浴場がございますので、お好きな時に御使用くださいませ。」
大まかな説明をし、メイドは頭を下げると去って行った。
「うわっ!部屋広いな!」
今まで泊まったことのある部屋の数倍はあるかと思えた。来客用に用意された部屋なのだろう、クローゼットやソファ、ランプなども高級品ばかりが置いてある。部屋の中も香を焚いてるのだろう、ふんわりいい匂いがしていた。
一応、それぞれ部屋の出入り口はあるが、説明された通り部屋は繋がっていた。
俺はセントの部屋へそのまま入って行く。
「女性の部屋へ無断で入るなんて失礼だぞ、ライドさん」
いくぶん慣れたのだが、なぜ軍人ふうなしゃべり方なのか。
それを聞きたかったが、今はそれどころじゃなかった。
「うわぁっ!!」
「本来なら私が叫ぶところだ。」
と言いつつ気にした風でもなく上半身は裸だ。背を向けているのが幸いだった。
俺は慌てて背を向ける。
「な、なんでっ裸なんだよっ!?」
俺はものすごく動揺していた。心臓がドキドキしている。
かつて女の裸を見てここまで動揺したことなんてないと思う。
「着替えです。やっぱり、そこを閉めておけばよかったな。」
「…悪かった」
俺は背を向けたまま謝る。
「へえ?意外に素直ですね。てっきり、お前みたいな子どもの裸なんて見たって目の保養にもならない、とか言われるかと思っていましたが。」
「…」
確かに、セントくらいの子どもの裸なんてこれっぽっちも興味はない。
特に体が発達しているなら別だが。
けど、セントは…
「あれ?どうしたんです?」
そういう声とともに俺の目の前にテテテと回ってきたセントがいた。
髪を下ろし、ネグリジェみたいなヒラヒラしたものを着用している。
「…お前さん」
「なんですか?」
ーかわいい!!
俺はマジマジとセントを見た。
女の子っぽい格好をすると、ものすごく可愛い。
だが俺は顔を背けた。顔が熱くなるのを感じたからだ。赤くなっているかもしれない。
そして、そのまま話しをする。
「なあ、ライラお嬢様はお前さんが女だって気…」
「なんですか?」
言いかけた俺の正面にまたテテテとやって来て顔を覗き込む。
「~っ」
「顔赤いですよ?熱でもあがりました?疲れでも出たのでしょうか。」
「…いや。風呂、入って来たらどうだ?それから話、しよう」
「?ええ。」
俺はそのままクルッとセントに背を向け自分に用意されたベットに向かった。
「それじゃ、行ってきますけど…寝ないでくださいね?寝ていたら無理矢理起こしますよ?」
「…分かった」
俺が答えるとパタンとドアが閉まる音が聞こえたが、廊下を歩く足音は聞こえなかった。
流石と言うかなんと言うか。
ふうっ
息を吐くと寝そべったベットの豪華な天涯を見上げた。
「なんで、あんな姿でドキドキしてるんだよ、俺…」
ーロリコンかよっ
あんな子どもにドキドキするなんて正気の沙汰じゃねぇ。いくら可愛いと言っても。
そこまで考え、ハッとなる。
「そうか!妹みたいに可愛いんだ!」
前に一緒に仕事をした奴が言っていたことを思い出す。
妹がすごく可愛くて仕方が無いと言っていたっけ。
俺も、そうに違いない。
納得するとなんだかホッとした。
ーなんで、俺今ホッとしたんだ?
「ま、いいか」
あまり深く考えない方がいい。
俺はそれ以上そのことを考えるのを止めた。
◇
「…さん」
「起きてください、ライドさん…」
「ん…?」
長い髪を揺らし顔を覗き込んでくる天使がいた。
俺はおもわず手を伸ばしその頬に手をやる。あったかくてふわふわした感触だ。
すると天使は俺の顔を両手でつかんだかと思うとそのまま顔を近づけてきた。
次の瞬間。
ゴッ…!
「~ッ!?」
ものすごい衝撃と共に一気に現実へ引き戻される。
「いってぇ!!」
「…いた…」
頭の中が揺れてる気がする。
起き上がると、額をおさえたまま踞る茶色の髪の少女が視界に入って来た。
「…おま…普通に起こせねぇのかよっ痛っ!頭に響く…!」
「…失敗したと初めて思いました」
顔を上げたセントは涙目だった。
おでこにプクっと赤くたんこぶができている。
「お前さん…なにやってんだよ」
ため息をつき、その前髪をかきあげそっと触るとイタタタ!と暴れだす。
「あのなぁ。…てか、俺もなってんのか?」
自分の額を触ってみる。
「いてっ!」
かなり痛いがどうやら腫れてはいないらしい。
「氷、もらいに行くぞ。」
そう言うと俺はセントの手を引き、部屋を出た。
「どこ行くんですか?」
「どっかにメイド控えてるだろ?そこに行って、氷分けてもらうんだよ。お前さんも俺も明日起き上がれねぇかもしれねぇだろ」
「ですけど…こんな姿で人前、歩いていいですか?」
俺はその言葉でハッとなった。
後ろを歩くセントを見ると、可愛らしいネグリジェ姿だった。
他の奴に見せる訳にはいかない!
俺だけの記憶に留めておくんだ!
「しかし…随分来たな」
「そうですね」
「…ちょっと静かにしてろよ」
俺は少し考えセントの手を離すと、抱き上げた。
「!?」
「よし、行くぞ。顔隠しておけ。これなら誰もお前さんだとわかんねぇだろ。」
「下ろしてください!何するんですかっ」
セントはジタバタと俺の腕の中で暴れだす。
「いてっ!殴るなっ!顔隠しておけば誰かに会っても大丈夫だろ!」
「だからと言って、なんでこんなことっ」
「暴れるなっ!じっとしてろ!」
未だ暴れるセントを抱きかかえたまま俺は薄暗い廊下を進む。
少し歩くと向こうから小さな灯りが見え、だんだんこっちに近づいてきた。
セントも静かになり、だまってそっちを見た。
「どうされました?」
やってきたのはメイドだった。
俺と、抱き上げたセントに驚いた表情だ。
「いや、その…頭をぶつけてしまってな、氷をもらいたいんだ。…二人分。」
「二人分ですか?」
「ああ」
俺が頷くとメイドは不思議そうに俺とセントを見ていたがすぐに、わかりました、お部屋へお持ちします。と言ってくれたのでありがたく戻ることにした。
帰り道は二人並び歩いた。
「…しかし広い屋敷だな」
「そうですね」
四人は並んで歩けるのではないかと思うくらい広さがある廊下を歩きながら見まわす。
セントも頷き辺りを観察しているようだった。
フとセントを見ると俺と話している時と目つきが違う。
まるで辺りを警戒しているようだ。
「お前さん、一体どこでそんなの覚えたんだよ?」
「は?」
「その、辺りの様子見る動きとか、普通の家の子どもはそんな目つきもしねぇよ」
そう言いセントを見ると、セントはキョトンとした表情で俺を見ていたがフと笑うと俺の腕をつかんだ。
「暗いの怖い~っライドさんっ私を護ってくださいっ」
「…」
「とか言えばいいんですか?子どもらしく?」
護ってって…。いくらでも護ってやるけど…
可愛いな。
なんて思ってしまう俺だが。
「別に、そこまで言わなくても…」
「じゃあなんて言えば普通なんですか?」
「そうだな…」
そんなことを話していると部屋に到着した。
◇
「それにしてもライドさん、あの短時間で熟睡していましたね」
「いつ寝たのか覚えてねぇ」
「疲れていたんでしょう。わざわざ私なんかを捜すから」
セントはソファーに座ると前のめりになり、ベットに座る俺を見る。
谷間が見えているが、これくらいは見ても許容される範囲だろう。
それよりも。
「あのな、何度も言うけどな。俺はお前さんの保護者で…」
「私は、一人でも大丈夫だ。」
フンと横を向く素振りは可愛らしいのだが、発言が可愛らしくない。
俺はぐぬぬぬ、と下唇をかんだが、すぐに言い返す。
「絶対、俺が必要だって言わせてやるからな!つーか、お前さんが家に帰るまで一緒に居るからな!」
「…なんですか、その告白。頭、大丈夫ですか?」
「ヒトが意を決して言ったのに、冷め過ぎだろっ!」
その時。
コンコンと部屋をノックする音が聞こえた。
俺はセントに目配せするとセントはフンっと目をそらした。
「~っ」
ー可愛くねえっ!
立ち上がり、ドアを開くとさっきのメイドが居た。手の盆には氷を入れた袋が二つ。それに酒やら暖めたミルクやら飲み物も一緒に持って来てくれた。
「怪我、大丈夫ですか?よければ手当いたしますが…」
「あ、いや大丈夫だ。気遣いありがとう。」
「そうですか。それでは私はこれで今日は休ませていただきますが、他の者が待機しておりますので、もしなにか御用でしたら先ほどの廊下を真っすぐ行ったところ右に小さな戸があります。そこが私たちメイドの控え室となっております。そこまでおいで下されば待機している者が応対いたします。それからー…セント様のことですが…」
何を言われるのか。俺は体を小さく揺らす。
メイドは部屋の中を少し覗き見る素振りを見せたが、すぐに俺に視線を戻し続ける。
「部屋を出て歩かれる場合はガウンなど羽織られた方がよろしいかと…。屋敷内にも傭兵はおります。呼べば外を護っている者達もやってくることでしょう。セント様はとてもおかわゆくいらっしゃるようですので、御身を守る為にもご自愛下さいますよう。…そうお伝えくださいませ。」
「ああ。伝えておく。」
俺が返事をすると盆を俺に手渡し、お休みなさいませと深々と頭を下げ、戸を静かに閉めた。
「額見せろ。」
盆をテーブルに置くとセントをソファーに寝かせ、持ってきてもらった氷の袋を布に包み額に乗せる。
「っ!」
「腫れてるからな。ちゃんと冷やせよ。」
俺も額を冷やす。
「ったく、頭突強烈すぎるだろ」
「貴方が私を何かと間違えているみたいだったので、すぐに起きれる方法を試したんです。」
そう言うとまだフイっと横を向く。
「そうかい。そりゃ悪かったな!」
確かに、あんまりキレイだったから天使かと思ったけど。
「あ、と…なんか飲み物もらったぞ。おまえさんミルクだな」
少し熱いミルクを手に取るとセントの方に置く。
「それから、部屋の外出る時はあんまりそうゆうカッコでうろつくな、て釘さされた。むさい男が沢山いるし、お前さんが大変おかわゆくいらっしゃるから御身を守る為に、ご自愛くださいとかなんとか。やたら難しい言葉使ってたな。」
メイドの言葉を告げると、もらった酒をグラスに注ぎ呷った。
しかしセントは寝そべったまま無言で天井を見、何の返答も無い。
「おい?」
こうゆう時は何を言っても答えないだろう。そう思い、俺はそれ以上何も言わず黙って酒を飲んだ。
十分は経ったかと思う頃。
「ライドさん。」
セントは寝そべり天井を見つめたまま言った。
「少しの間、ここに居てみようと思うんです。」
突然だった。
けれど、そもそもその話をする為に共にいるのだから当たり前の会話と言えば当たり前だ。
「…そうか」
セントが黙って言われるがままになっている時点で、それはなんとなく察していたのだが。
「貴方はどうしますか?」
「お前さんが居るなら居るさ。」
「本当に、私につきあうつもりですか?」
「ああ。」
「楽しいこと、ほとんどないですよ。」
「それは俺が決めることだ。」
「私は、多分、貴方が思っているような人間じゃない。子どもだから、とか女だから、とかそうゆう次元の考え方から少し離れた世界に居るんです。だから、いろんな意味で人とは違うと思う。」
セントは起き上がると俺をまっすぐ見つめた。
俺は、少し笑う。
だって。
「お前さんが人と少し違うのはこの間、狙ってきた奴らを一人でのしたのを見た時から気づいてた。多分、そこそこ強いやつらじゃお前さんの相手にはならんだろう。だから、一人で旅するって言ってんだろ?」
セントはまっすぐ俺を見つめる。青い瞳に引き込まれそうになりながら続ける。
「けどな、お前さんや俺が生きるこの世界じゃお前さんは子どもだし女だ。まあ、いつもは布で顔隠してるから少年て思われるだろう。それでも大人の中にはお前さんのような子どもから金や身ぐるみまではぎ取ろうって考える輩も居かもしれねぇ。もしかしたら、宿や飯屋だって子どもだからってぼったくられるかもしれねぇ。そうゆうときに、俺でも誰でも大人が一緒に居たら助かるだろ?いちいち戦わなくて済むし、金をぼったくられないで済む。それに、一人より二人の方がいろいろ楽だし楽しいだろ?とりあえず、俺を利用しとけばいいんじゃねぇか?」
自分でも不思議だった。
俺を利用しろ、なんて誰にも言ったこと無いし、しようものなら半殺し…いや、殴りはしていた。
なのに。
セントにはすんなり言葉が出た。
こいつになら利用されてもいいって思った。
「…」
少しの沈黙。
セントは表情なくスクッと立ち上がると、ミルクを持って隣の部屋へ向かう。
「おいっ」
声をかけると、セントは振り返りなんだか不機嫌そうな顔をしていた。
「私は…ライドさんみたいな人に慣れていない。そんな風に接されても、どうすればいいか困る。それに、…私と居ると命を落とす危険もある。もう少し考えた方がいい。命を、粗末にすることは無い。」
静かに言うと背を向け隣の部屋へ消えて行った。
ご丁寧に、真ん中の戸まで閉めて行く。
踏み込み過ぎた、か?
セントは複雑な家庭環境で育ち、誰かに頼ることなく育ってきたのかもしれない。
なんとなく、そう思った。
しかし。
「…死ぬこと前提かよ。」
俺は小さく息を吐いた。まるで予言のように言うセントになんだか自分の未来さえも決められてしまったかのような気持ちになっていた。
酒も程々に、メイドに教えてもらった大浴場に行きひと風呂浴びベットに入ると、そのまますぐに睡魔が訪れた。
◇
翌日カタカタと音がし、目が覚めた。一瞬、あまりにもフカフカのベットに、豪華な部屋に、自分がどこに居るのか考え込む。
ーそうか…。昨日はセントを見つけてから伯爵のお屋敷に連れて来られて…セントは…
ぼんやりしたまま隣りの部屋と繫がっている戸の方を見ると、まだ何か音が聞こえた。
隣の部屋でセントが何かやっているようだ。
ー風呂か?
ドアを閉める音が聞こえ、すぐに静かになる。
少しの間の後。
「ー目覚めたなら早く仕度した方がいい。メイド方が起こしに来そうだ」
戸の向こう側からセントの声が聞こえた。
俺は寝ぼけ眼で起き上がると、上半身はだかのまま備え付けのシャワーへ向かい、汚いと言われないよう身支度を整えた。
コンコン…
着替えが終わった頃、俺とセントの部屋それぞれドアがノックされた。
はい、と返事をすると楚々とメイドが入って来た。
メイド服に身をつつんだ女は清楚な雰囲気でなかなか可愛い。
と、そんな事を考えている場合じゃない。
「おはようございます。お目覚めでしたか。お早いですね」
にこやかに挨拶をしてくる。
「おはようございます。時間を気にして居なかったが…今何時だろう?」
「まだ、六時です。」
「六時。」
「はい。流石は傭兵様。早起きして剣のお稽古などされたりするのですか?」
「いや…セントに…連れに起こされて、な」
そう言うとメイドはフフと笑い、昨夜から火がついていた暖炉に薪をくべてくれた。
「お連れ様は大変お可愛らしいみたいですね。メイド達の間で噂になっておりますのよ。年の差に負けないでお幸せになってくださいね。」
「…は?」
朝から冗談だろうか。俺の間の抜けた返事を聞き流したのか、メイドは持って来たティーセットを机に置くと、他に持って来たモノをその脇に置いた。
「これは…お嬢様からの贈り物でございます。どうかこれに着替えて御朝食にご出席ください。」
「服?」
「はい。」
いつの間に用意したんだろう。
灰色の上衣にズボン。中に着るシャツも用意されている。
「…わかった」
俺の返事を聞くと、にこりと笑いメイドは来た時の様に静々と部屋を出て行った。
どうやら隣の部屋でも同じやりとりがあったらしい。
メイドが出て行く音の後に深いため息が聞こえた。
「おい、セント」
「…なんですか?」
「お前さん、まさか女ものの…」
戸の向こう側からは何も聞こえてこない。
その代わりに衣が擦れる音が聞こえてきた。
俺も黙って着替えはじめた。




