2-1
前章の続きで、二人の新しい物語です。
出会い編よりは濃く、セントの秘密が少し解けてゆく内容となっています。
前作同様言葉や言い回しがおかしい部分があるかと思いますが寛大なお心で読んでいただけると幸いです。
序章
カツカツと歩く音が掃除の行き届いた廊下に響く。
俺はその後ろ姿を追いかける。
「ちょっ!待てって!」
俺の呼ぶ声なんてまるで無視だ。
マントを外したセントは木刀を手に持ち、やる気に満ちた表情で歩いて行く。
ーそんな顔初めて見た。
けど、俺は引き止める。
「怪我でもしたらどうするんだよっ!」
その言葉でようやくセントは振り返った。
「ライドさん。これは傭兵になれるかどうかの試験だ。怪我くらい少しはするものじゃないか?」
確かにそれもそうなんだが。
その容姿に似合わぬ男口調に、俺は少なからず威圧感を感じていた。
「しかしな、お前さんは女の子なんだぞっ!顔に怪我でもしたら…!体に治らない痣でもできたら…!」
するとセントはクスっと笑い、俺の手をつかんだ。
「その時は、貴方のお嫁さんにしてくれますか?」
まるで男が女にする仕草のようだ。俺の顔を覗くように見てくる。
「っ!」
ふざけている。コイツが俺にそんな事を言うなんてふざける意外無い。そう、分かっているのに心臓は変に早鐘をならす。
さらに。セントは俺の手を自分の頬にあてると、まっすぐに見つめてくる。
俺はその瞳から目が離せなかった。
思わず、すべやかな頬を撫ぜるとセントはフフと口の端を吊り上げる。
「なーんてね。」
次の瞬間。
悪戯を考えついたかのように笑うと。
俺の顎をつかみ、引き寄せた。次の瞬間、耳朶に息が触れる。
「私が勝つ事、祈っていて。」
全身鳥肌がたった。
セントは笑みを浮かべたまま離れると、背を向け歩いて行く。
俺は完全に硬直していた。
遊ばれてる、完全に。
そんな事、十分に承知だが。
ー悔しい
今まで剣術はいろんな相手と手合わせをし、いろんな奴を倒して来た。
それに、女だって両手で数えきれないくらい相手をしてきたし、その気にできなかった者だって一人も居ない。
なのに。
セントには、手も足も言葉すら出ない。
「セント!」
呼ぶが振り返りすらしない。
「無茶苦茶するなよっ!」
その言葉に少しだけ振り返り手をあげたのが見えた。
「…あれで女かよ」
思わずつぶやき見ていたが、すぐに俺も行かなくちゃ行けない事を思い出し歩き出す。
俺とセントはフェリーアーテ伯爵令嬢の屋敷に招かれ、そこで傭兵として働かないかと言われたのだ。
これから、そのテストを受けるんだ。どのくらい力量があるかどうか確かめる為に。
◇1
「あの…お名前を聞いても?」
俺は向かい合わせに座り、好奇心の眼差しを向けてくるお嬢様に尋ねた。
「あ…そう、そうね。まだちゃんと名乗っていなかったですわね。」
そう言うとコホンと咳払いをし、背筋をのばしたかと思うと向かい側に座る俺とセントを見、にっこり笑みを浮かべた。
「私、この町の西に屋敷を構えるフェリーアーテ伯爵が娘ライラと申します。どうぞよろしくおねがいしますわ。」
フェリーアーテと言う名は割と聞く機会が多い。
と言うのもフェリーアーテ伯爵と言うのはカプリチオ国の外交担当で、各国を廻り視察、はたまた交渉などをする敏腕伯爵様だ。
「あの、フェリーアーテ伯爵、なのか?」
思わずため口になるが、ライラお嬢様は気にせずにええ、と頷いた。
「父を知っているなんて、やはり噂通りの男みたいね。」
「…は?」
その瞬間馬車はカタンと小さく揺れ、俺は窓に頭を軽くぶつけた。
「痛っ」
そもそも、なんでこんな状況になっているのか。
未だ不思議でならない。
前の町でセントと出会い、数日共に暮らすうちにセントが家出をしている最中で、しかも暗殺集団みたいなのに狙われて追われている事が分かった。
しかもセントは俺が寝ている間にこっそり出て行ってしまった。
だが俺はセントを追いかけた。自分でも何故かは分からない。
そしてなんとか見つけ出し、これからどうして行くのか問いつめて、セントの保護者として家出につきあおうと思っていたのだが。
そんな矢先。
夕飯を食って宿に戻るかと歩いている最中に、突然立派な馬車が現れその中から今目の前で楽しそうに俺とセントを見るライラ嬢に捕まってしまったのだ。
いや、捕まる、と言うのには語弊がある。
招かれたのだ。うちで働かないか?と。
答える間もなく馬車に乗せられ、宿に置いていた荷物や馬は後で屋敷の誰かに取りに行かせるから泊まりなさい、と強引に決められた。
珍しくセントはその強引な手口に黙って従っているのだが、それにも理由があるらしく。
“女には弱い”らしい。
俺には結構遠慮のない事言って来たりするんだが…。
ーそれって俺に慣れて来たって事か?
そう考えるとなんだか嬉しい。
「…ライドさん。どうしたんですか?一人で笑って。」
セントに突っ込まれてハッとなる。
「あ…いや。…俺、笑ってたか?」
口元を隠すように軽く握った手をあて、何度か咳払いをする。
それを横目で見ていたセントはええ、と頷く。
「とってもイヤラシイ顔になっていましたよ。」
「…イヤラシイ?」
「ええ、もし二人の時だったら思いっきり大声だしているくらい、イヤラシイ顔でした。」
しかし、やたらと冷たい口調でそんな事を言う。
俺もペースに乗せられられて、思わず突っ込みに入ってしまう。
「お前さんなぁ…思ってたんだが、俺に酷くないか?」
「…そうですか?しかるべき行動だと思いますが。」
「それでも子どもか!?なんでそんなに冷たい態度なんだよ!」
俺はセントの態度に突っ込みを入れた。
「そうですか?」
しれっとした様子で言うセントに俺はそれ以上なにも言えなくなり黙ってセントを見る。
プププっ
突然、吹き出す音が聞こえ、俺とセントはライラお嬢様を見た。
「ああ、なんて面白いやりとりをしてらっしゃるの。私の周りでそんなに面白い会話してらっしゃる方、居ないわ。」
笑いながら俺とセントを交互に見る。
「そう言えばあなた方のお名前、伺っていなかったわ。」
笑いがようやく落ち着いて来たのかまだ少し震えながら俺達に尋ねて来た。
するとセントは被っていたマントを下ろすとうやうやしく、座ったまま頭を下げた。
「私は、セント。こちらがライドです。ライラ様。失礼ですが、何故ライドと私をお連れになろうとお思いになったのです?」
セントが尋ねるとライラは少しきょとんとした様子だったがすぐに笑みを浮かべ答えた。
「それは、貴方に興味があったからよ」
そう言い、ライラ嬢は俺を指差した。
「…俺!?」
驚き自分を指差す。とライラ嬢はええ、と頷いた。
そこまで話していると屋敷に到着し、馬車から降りるとそのまま来客を通していると思われる広間に通された。
「どうぞお座りになって」
勧められ、フカフカのソファに腰を下ろす。
かなり体が沈む。
こんな高級なソファに座るなんて滅多に無い。
なんだか馴染めずに何度か座り直す。
「ライドさん、落ち着いて。」
セントに言われ隣を見ると、俺が動く度、その揺れで体制を崩していた。
プププっ
またしても吹き出す音が聞こえライラ嬢を見ると口元を押さえ声を出さないよう押さえながら体を震わせ笑っていた。
「な、なんで…そんなに面白いやり取りができるんですの?」
笑いを抑え、震えた声で尋ねてくる。
余程面白かったらしい。よく見ると目が潤んでいる。
俺とセントはポカンとしてライラ嬢を見ていたが、顔を合わせるとセントがフウと息をはいた。
「ライドさんと居ると、どうやらおかしな事をしている人に見られてしまうみたいですね。」
「俺がおかしいのか!?」
「じゃあ何がおかしいのです?」
「俺限定じゃねぇだろ!お前だって発言が十分おかしい!」
「なんですか、突然。自分が変な事を認められないばかりに、私の事まで変に言うの止めてください。」
「それがすでにおかしいだろ!」
なんだかセントと居るとこんなやりとりばかりだ。
確かにおかしい気もするが、まあ…特殊だがコミュ二ケーションだから仕方が無い部分もある。というか、こんなやりとりしたことは全く無い。
と。
「も、もう、お止めになって!お、面白くて…はあっ、おなかがよじれてしまいそうですわ!」
俺とセントは顔を見合わせた。
ライラ嬢はもう我慢できないと言うようにクスクスと笑う。
その間に、メイドらしき女が入って来たが、入ってくるなりライラ嬢が腹を抱えて笑っている様にギョッとした様子になり持って来た紅茶や菓子をそろそろとアンティーク調の大きな机に置くと頭を下げそそくさと出て行った。
俺とセントはそれを見送り、そしてライラ嬢を見る。
「ああ…!可笑しい。こんなに笑ったのは本当に久しぶりだわ。…さ、紅茶でも召し上がってください。」
目元の涙を拭いながら言うと一度座り直し、茶に口を付けた。
俺とセントもそれに続いて茶を一口飲む。
ライラ嬢は、はあっと息を吐くと、俺たちを交互に見、そして笑んだ。
俺は内心ドキっとした。
やはりお嬢様だけあって、整った顔をしている。
まだ十六かそのくらいだろうが、これから益々美しくなるだろうと思った。
その時、セントが横目で俺を見ていたのだが、それには全く気がつかなかった。
「本当に、聞いていた通り、ハンサムですのね。」
「…は?」
突然そんな事を言われて思わず間の抜けた声を出してしまう。
正直、こんなフウに女の方から声をかけてくる事もよくあるし、俺からかける事も…ある。
だけど、こーゆうのは何度あっても慣れない。
「とってもハンサムで、すごく腕の立つ若い雇われ傭兵が居るって聞いたの。旅をしながら傭兵を転々としているらしいけれど、なかなかの腕だから、その顔立ちもあって結構噂になっているみたいですわ。
…本当に噂通りのハンサムだったから一目でわかりましたわ。貴方だ、って。結構目立ってましたわよ。」
そんなこと、全く知らなかった。
俺は唖然としたままライラ嬢を見ているとフフっと笑い更に言葉を続けた。
「私もね、貴方の事、つい最近までうちで働いていたメイドに聞いたのよ。その子、家の事情で違う土地に引っ越して行ってしまったけれど、貴方に会えるのすごく楽しみにしていたのよ。」
「はあ」
一体どうやって俺に会うつもりだったんだ?
謎だ。
「あら?なんだか不思議そうな顔していますわね。」
「え?あ…いえ、どうやって俺に会うつもりで…」
ライラ嬢はフフっとどこか含みのある笑みを浮かべ少し身の前のめりにした。
「貴方の消息はすでにつかんでいましたのよ。だから今日か明日にでも貴方の元へ向かう予定でしたの。」
「はあ!?そこまでして…俺に!?」
ライラ嬢はこくんと頷くとセントを見そして俺を見る。
「だって雇うならお顔が整っている方のほうが良いじゃない?」
「…はあ」
「それに、私の身辺警護をしてもらうにあたってそれ相応の気品をもっている人を捜していたのよ。」
「気品!?」
「ええ。うちで働いている方々の中ではやはり思っていた通りピカイチですわ。」
お嬢様はにっこりと笑みを浮かべた。
俺は再びドキっとした。
ーヤバい。…奇麗だ。俺は思わず見とれてしまっていた。
「ね、どうかしら。ここで働きませんこと?」
急な申し出に俺とセントはどう答えるべきか、顔を見合わせた。
その様子にライラ嬢はフフっと笑い、パンパンと手を叩いた。
キイ、とドアが開く音と共にメイドが入って来て頭を下げる。
「一晩考えて、それから答えをお聞かせくださいませ。もちろん、無理にとはいいませんわ。ただ、短い間でも働いてもらえると助かりますわ。さ、疲れたでしょうから、お風呂に入ってゆっくりとお休みくださいませ。」
言い終わるとメイドは俺とセントを促し歩き始めた。
振り返るとライラ嬢は笑みを浮かべ、セントを見つめていた。
「?」
なんだか変な予感がした。




