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ホゴシャな日々  作者: 望月 沙夜
出会い編
2/15

◇2

 翌日。

 俺は清々しく目が覚めた。

 なんだかやたらと気分がいい。

 昨日の夜帰って来た時は頭にきていてなかなか寝付けなかったのに。

 ロイを殴ったのがよかったのだろうか。それなら、また今度殴らせてもらおう。

 うん。

 あいつはそれくらいされてもいい事を俺にしでかした。誰か止めるか?

 

 いや、止めた所で俺はやめない。

  

 そんな事を考えながら備え付けのシャワーを使い、身支度を整え一階の食堂へ向かう。

 俺が今滞在しているところは宿なのだが、普通の宿ではない。強面の男ばかりの居る入ったら最後、金品でも巻き上げられてしまいそうだが、実は自警団的傭兵チームが経営している宿でアジトだ。

 だから、一般の旅人にも部屋を貸し料理を振る舞っている。

 コックも男なのだが、その料理はなかなかうまい。

 

 そしてリーダー、ダダンのお眼鏡に止まったら俺のようにここのメンバーにスカウトされたりもする。

 

 俺が席につくとすぐに食事が出て来た。普段、同じものを食べているから何も言わなくても出してくれる。

 ちなみに食事代やここで飲んだ酒代は全て給料から差し引かれている。

 いや、酒代は大体は報酬が入った時にそこから出していることがほとんどだな。

 

 「よう、ライド。今朝は早いな」

 「ああ、目覚めがよかったんだ」

 俺に食事を出してくれるのは宿の雇われコック、フランクさんだ。

 料理がうまく、面倒見もいい。たまに怒られたりする事もある。  

 噂によるとダダンよりも強く、殴られたら骨にヒビが入るらしいとか。 

 確かにすさまじく体格はいいし、だからと言って太っている訳ではない。筋肉が凄まじいんだ。

 きっと、子どもなんか4、5人くらい楽々抱きかかえてしまうんじゃないか?

 

 「そーいや、お前、昨日ロイに変なの飲ませられたって?」

 昨夜のうちに話が広まっていたのか。

 情報がやたら早い。

 俺は思い出したくない出来事に少しムッとしながらも、あくまでにこやかに答える。

 フランクさんが悪いわけではないからな。

 

 「変な薬飲ませられたけど、何ともなかった。どうやら偽物だったみたいだ。」

 「なんの薬だったんだ?」

 「…惚れ薬。」 

 「惚れ!?お前、誰にも惚れちゃいねぇのか!?てか、近づいて大丈夫かよ!?」

 「…」 

 無言で居ると、フランクさんはスープとパンを俺の前に置き興味深げに俺をマジマジと見る。

 「町一番の男前のお前が惚れ薬ねぇ。しかしなんんでロイは自分で試さないんだ?」

 「だろ!?そう思うよな!?」

 俺はスープを一口飲み、続ける。

 「ロイが言うには普通の惚れ薬じゃないらしく、俺が誰かを惚れるんじゃなくて、周りの女が俺に惚れるんだって言うんだ。けど、昨日試しに娼婦に聞いてみたけど何ともなかったから、効いてないんだろ。」

 パンをほおばり言うとフランクさんは顎に手をやり少し考えた素振りになり俺を見た。

 「ま。何ともねぇならいいけどな、変な事にならないといいな。」

 

 「…へ?変な事?」

 

 「いやな、もし時間差だったら…今日なんか有るかもしれねぇだろ?しかも、惚れるのは本当に女だけなのか?」

 「…」

 考えもしなかった。

 

 勝手に即効性だと思っていたし、女限定だとさえ思ってもいた。

 

 だけど。

 フランクさんの言う事も十分あり得るのだ。

 俺は顔からサーっと血の気が引くのを感じた。

 「おいっ、顔色悪いぞっ!大丈夫か?や、俺の思い過ごしだろうし、深く考えんな!ほら!コーヒー!飲め!」

 フランクさんはそのあと、卵を焼いたのとか果物まで剥いて出してくれた。

 けれどフランクさんの言った言葉が頭でグルグル回って、一気に食欲が減退したのだった。


 ◇

 

 今日は非番の日だ。

 早く言えば休日だ。

 いつもならどこか遊びに行ったりするのだが。

 今朝のフランクさんの話で外に出るのが恐ろしくなった。

 何が起こるかわからない。

 とりあえず部屋へ戻って窓から外を眺めてみる。

 通りは特別賑わっている訳ではないし、ましてや女が沢山歩いている訳ではない。

 「…出かけるか。」

 丁度剣の手入れ用品を買いに行きたいと思っていたし。

 折角の休みを本当に起こるかどうかわからない恐怖で無駄にする訳にはいかない。

 

 俺は腰に剣を携え、宿を出た。

  

 ーなんだ、なんもおかしいことなんてねぇじゃねぇか。

 

 市場へ向かい、面白いものがあるか眺めてみたり。

 途中、店に入って茶を飲んでみたが、特別何も起こらなかった。

 

 昼過ぎまでは。


 ◇

 

 欲しい者も買った。

 丁度昼も回ったし飯でも食うか。

 そんな事を考えながらブラブラ歩いていると突然背後からなにやら恐ろしい気配を感じた。

 戦慄が走る。

 まさしくそれだ。

 

 「ライド様ー♥︎」

 「すてきー!!」

 「抱きしめてー!」

 

 振り返ると見知らぬ女達が俺の名を呼んで走ってくる。

 驚いていると、女達はいつの間にか俺の両腕をつかみ、何人かで引っ張り合いを始めた。

 

 「おわっ!?ちょっ!やめっ!どこ触ってんだよっ!?」

 

 よく見るとさっき買い物をした店に居た女性店員や、道すがらすれ違った女性だったり、ここに来るまで見たような面々だ。

 こうゆう、効力の発揮のされ方だったのか!

 

 俺が何を言っても彼女たちには聞こえていないらしい。

 そして、彼女達の衝突は加速してゆく。

 どうすればいい!?

 いつの間にか女は増え、野次馬も出来ている。

 これだけの騒ぎが起こっているのだから、人が集まるのも自然だ。

 しかし俺はこれ以上渦中の人間として目立ちたくなかった。

 いや、そうだな、うんざりしていた。この言い方がしっくりくる。

 

 それに、俺の貞操が危ない!

 いつの間にか服を脱がされそうになっているではないか!

 

 このままじゃそんな目にあうことかわからんぞ!

 

 俺は女達の隙間を縫うように走りだした。

 

 そして冒頭に戻る訳だが。


 ◇


 細い路地に入った俺はロイへの恨み事をぶつぶつといいながらとにかく走った。

 走りながら隠れれる場所、この後の対策を頭をフル回転させて考えた。

 しかし何も浮かばない。

 

 「どーする、俺!」

  叫んだと同時に、「危ない!」と頭上から声が聴こえ、すぐさま衝撃が襲ってきた。

 

 ドサっ!!

 

 「ぐえっ!」

 

 一瞬、なにが起きたのかわからなかった。

 しかし、自分の上に何かが乗っている事だけはわかった。

 「あー…あれ?着地、失敗した割には痛くないな。」

 

 「…早く…どけろ…」

 

 「え?」

 

 声のトーンから察するに子どもだろう。

 そいつは下敷きにしていた俺に気がつき、ははは、と笑い頭をかく仕草をみせた。

 「ええっと、ごめんなさい!まさか真下に人が居たなんて…計算、狂ったかな」

 ー女、か?

 少し高い声だ。

 子どもは謝った後、俺の上から避けながら、独り言をぶつぶつと呟いていた。

 その間、俺はと言うと衝撃の強さに動けないでいた。どうやら転んだ拍子に頭を打ってしまったらしい。だが、不幸中の幸いかこれまでの記憶もしっかりしているし、話す事は出来そうだから、頭の中身は大丈夫そうだ。

しかしコブでもできたのだろう、後頭部がズキズキと痛む。

 

 「空から落ちて来たみたいだったが…。お前さん、塀乗り越えてきたのか?」

 口だけはなんとか動いたから、動けるようになるまで事の元凶の元の子どもに話しかけることにした。

 文句の一つでも言えばよかったのだろうが、なぜかそんな事一つも思い浮かばなかった。

 普段ならとっくに相手をまくしたてているところだ。もしかしたら衝撃で頭がおかしくなっていたのかもしれない。


 「えーと…。正しく言うと降ってきたって言う方が正解なんだけど…。それより、おにーさん体動きますか?どっちの手でもいいから指、動かしてみてもらえますか?」


  言われるがままに右手を動かした。

 

 「あ、良かった。頭ぶつけてちょっと痺れているだけなのかな。申し訳ない。それじゃあこれ…」

 子どもが自分の鞄の中から取り出したのは瓶に入った水だった。

 「なんだ?」

 「なんでも治る薬。」

 「薬?」

 正直、昨夜の事もあって、薬なんて名のつくもの口にしたくなかった。

 

 「はい。これで飲めますか?」

 コルクを抜くと俺を土壁に寄りかからせ、頭を気遣うように後ろから手で支え、口元に瓶を持って来てくれる。

 グビ…

 「どうですか?からだ、動きそうですか?」

 子どもが頭から手を離し、近くから話しかけてくる。

 声が子どもっぽい、という認識だけで普通の子どもとしか思っていなかったが、よく見ると容相がおかしい。頭から顔を隠すように布を深々とかぶっている。

 近づいてももちろん、顔が見える事はない。


 ーこいつ、これでよく動けるな。見えてんのか? 

 

「お?なんだか体が軽いな」

  

 手足が動く。

 

 「良かった。これで一安心ですね。」

 子どもは嬉しそうに言うとまだ水の残った瓶を俺に差し出した。

 「良かったら、どうぞ。」

 俺は起き上がると、それを受け取り、瓶を太陽に透かして見る。キラキラと太陽の光の反射で不思議な光を放ったようにみえた。

 

 「ただの水にしか見えないけどなー。味もしなかったし。」

 「それは…私と貴方の相性が良いのかもしれませんね。」

 「は?」

 言っている意味が分からない。

 「ただの水ではありませんから、だからこそ相性というものがあるんです。特に、こうゆう癒しのモノに関しては…」

 そこまで言うと子どもは何かに感づいたかのように俺が走って来た方を振り返り、そして鞄をかけ直すとペコリと頭を下げた。

 

 「それじゃ、私急いでますので。ご迷惑をおかけしたのにこのような対応ですみません。…ああ、それから、貴方の呪い解けたみたいですよ。」

 

 最後は声を低くして。不思議な声音だ。

 

 子どもにしては長いく細い指を優雅に口元にやると、口の端を吊り上げたのが見えた。

 「長話が過ぎました。それでは失礼します。」

 

 そういうと軽やかな足取りでしかし見た事が無い程の早さで走り出した。

 その時、一瞬だけ顔を覆うように深くかぶっていた布がはためき、金糸が漏れだし、太陽の光を浴びキラキラと輝き、そしてその隙間から美しい顔が見えたんだ。一瞬だったが、目があった。

 青い、深い青い色の宝石が二つ、俺を捕らえ少し驚いたような顔をしたのだ。

 

 その天使のように美しい子が姿を眩ました後、その場からしばらく動けないでいた。

 

 そしていつの間にか日が暮れていた。


 その日は結局、子どもと接触してから女達に追いかけられずに済んだ。

 あの子どもが言っていた呪い、と言うのは惚れ薬の事だったのだろうか。

 何が起こってあの女達を落ち着かせる事ができたのだろうか…不思議だったが、宿への帰り道、いくら考えても全くわからなかった。

 しかし、その呪いとやらが解けたおかげで、奪われそうだった貞操も守られた。

 

 誰かに操を立てている訳では無いが、遊び以外は俺の想った女とだけシタイなんてロマンティストぶってみる。

 

 そう、あの子どものような美しい女性と…


 ー何を考えているんだ!俺は!あいつは、どうみても子どもだぞ!

 そこまで考え思考を止める。

 

 宿兼アジトに戻ると昼間の事を聞かれたが、今日はいろんな事があって疲れたから適当に相づちを打って眠った。

挿絵(By みてみん) 


 後日談だが、町を歩くたびに変な目で見られてる気がする。聞いた所によると、どうやらあの事件は伝説となっているらしい。その話しを数日後、行きつけの飲み屋のマスターから聞いた。

 町の男達の間では自分の嫁、娘、を俺から隠せと噂にらしい。

 

 …俺はそこまで節操なしじゃねぇ!



 あの日、あの子どもと話している間、追いかけてきていた女達、他、人気ひとけが全く無かったのだが、俺はその事に気がつきもしていなかった。



 その翌日、俺はダダンに言われ町の見回りに行く事になった。

 何かあると行けないから二人で。

 

 「なんでお前なんだよ」

 俺がため息をつくとロイは眉を下げた。

 「仕方ないだろ?ダダンの言う事には絶対だ。仕事は特に。」

 俺はフンとそっぽを向く。

 「昼飯、奢れよ。」

 「え?!」 

 「お前のおかげで貞操の危機だったんだ、それくらいいいだろ!」

 俺が怒りの形相でロイに言うとロイもダダン他、長く所属している輩に叱られたらしく、流石に罪悪感を感じていたようでわかったよ、と弱々しく答えた。

 そんなやり取りが終わった直後だった。

 

 「ぶつかっておいてそりゃねぇよな、あんちゃん!」

 「だから、謝っただろう、それ以上何をしろと?」

  

 「昼間からこれかよ…。しかも相手、子どもだよな。随分肝が据わってるなー」

 ロイの言葉に俺はため息をつく。

 

 「関心してる場合かよ」

 「そうだった!」

 

 俺とロイは走りだした。

 子どもと体つきのいい男がやりあってかなうわけがない。

 しかも男は随分人相が悪い。手配書もありそうだ。

 きっと、何か悪い事を考えているに違いない。

 

 「金を払うって考えねぇのか。ったく、子どもだな。」

 「ぶつかったくらいで金を払うのか!それは知らなかった。しかし残念ながら私は持ち合わせが無い。」

 「なんだと…!?だったら、その体売って金作れや!まずその布を取って顔見せろ!」

 

 男は子どもを捕らえようと手を伸ばした。

 周りで見ていた野次馬達も危ないと騒ぎだした。

 しかし。


 ヒュッ

 すかっ 

 「うわっ!?」

 

 男の手を伸ばした先には子どもが居なくて。

 男はバランスを崩し体を斜めにさせ前のめりになる。

 しかし、辺りには子どもの姿が見えなかった。

 

 ー消えた?

 

 俺とロイは立ち止まり思わずあんぐりと口を開き見入ってしまっていた。

 

 「悪いけれど。先を急いでいるんだ。」

 声が聞こえ振り返ると町の出口に向かって足早に歩く子どもの後ろ姿が見えた。

 

 「なんだ!?」

 「何が、起こったの!?」

 皆騒ぐ中、子どもはスタスタと歩き、男は馬鹿にされたと思いワナワナと体を震わせ子どもに向かって走り出した。

 握った拳を振りかざして。

 

 「おい!やめろ!相手は子どもだ!」

 俺が声をあげると男の動きが止まり、振り返った。男はそれ以上、動かない。

 「お前…ダダンの所の」

 俺とロイを見るとチッと舌打ちをし、足早に去って行った。

 どうやらこの町のシステムは分かっていたようだ。

  

 「な、あの子すごかったな」

 「…」

 「あんな度胸ある子ども、初めてみた。ライド!?」

 ロイの話を半分も聞いていなかった。

 俺はいつの間にか走り出していた。

 背を向け、一人何かに立ち向かおうとするかのように進むその背を追って。




 「おい!」

 スタスタスタスタ

 「待てって!」

 スタスタスタスタ

 「ーっ!」

 グイッ

 「!?」

 「おい、お前さん…!?おい!?」

 肩をつかみ強く引いただけなのに、そのままグラリと体を傾けた。

 俺は慌ててそれを受け止める。

 「おい、大丈夫…か!?」

 ぐう~

 「…」

 「おなか、空いた…」

 

 腕の中に居るのはあの時の天使だった。

 布で全ては覆っていたが、その隙間からウェーブのかかった長い金糸がこぼれおち、瞳が閉じられててさえ彫刻のように美しい。その顔を眺め、思わず見とれる。

 触れたら壊れてしまうのではないかと思うほど白く美しい肌。

 

 ぐう~

 

 間の抜けたその音で我に返り、慌てて布で髪と顔を隠し、抱き上げた。

 

 「ライドー!!どうしたんだ!?その子!」

 「飯、食いに行くぞ」

 「は!?」

 ロイの間抜けな声を無視し、俺はいつもの飲み屋へ向かった。

 あそこなら何かあっても秘密にしてくれるだろう。

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