2-4
翌日。その手合わせの話が案の定こじれた。
俺とセント、執事そしてライラ嬢の四人で傭兵練習場へ話をしに行った時の出来事だった。
ライラ嬢が傭兵の中のリーダー格の男と話をしていた時。その男は俺とセントをチラリと見ると、その場に膝をつき頭を垂れたのだ。
「ライラ様、どうかお聞きいただきたい。私達は確かに、その者達の特別待遇、不満に思っておりますが、それよりもなによりも。」
そこまで言うと顔を上げ、そしてビシっとセントを指差した。
「その子どもはどのような経緯であなた様の警護係となったのですか?その男のついででございましょうか?聞いた話によるとライラ様がいたくお気に召されて、特別待遇の域を超えた状態だとか。その子どもの腕を見せていただかない事には私達は納得いきません。皆を納得させる為にもどうかその男ではなく、子どもとの手合わせを!」
ーやっぱりきたか…。
確かにセントは異端だ。子どもだし、強そうにも見えないし。
けど。
「セント様は…」
ライラ嬢がなにか言いかけた時。
「わかりました。私がライドの代わりに致しましょう。」
セントがライラ嬢の言葉を遮った。
その瞬間、俺とライラ嬢、それに執事も驚いた表情でセントを見たが、セントはわずかに口の端を吊り上げ、自分を指差した男を見ただけだった。
「おい!お前さん、本当に手合わせするつもりなのか?」
その夜。
俺とセントは初めに通された部屋に続けて泊まっていた。
俺は剣の手入れをするセントに詰め寄るが、セントはこっちを見もしない。
「聞いてんのかっ?!」
思わず声に力が入る。
と、セントは手を止め俺を見た。
「夜更けなんですから、もうお休みになったらいかがですか?」
「~っ!」
突き放すように言い放たれた言葉に俺は思わずセントの肩をつかんだ。
「お前さんなっ!自分の今の状況わかってんのかよっ!?大の男と、しかもあんな手だれ達と手合わせするんだぞっ!?いくら真剣じゃなくても当たったら怪我ぐらいするんだぞっ!」
「そうですね。当たったら痛いですね」
「だから、なんでそう軽く言うんだよっ!」
「別に軽くなんて言ってませんよ。だけど、ライドさん。真剣持っている私を押し倒すなんて随分危険な事がお好きなのですね。」
そう言われ、俺の顔の横に剣が有る事に気がついた。勢い余って肩をつかんだままセントをベットに押し倒してしまっていた。
「うわぁっ!?」
「本来ならば私が叫ぶところですよ。」
俺は慌ててセントから離れると、セントは剣を一旦横に置き、自分の身を起き上がらせる。
そして剣を鞘に納めると、俺を見、小さく息をはいた。
「こんな夜更けに、夜着姿の女子の部屋に入って来て…貴方こそ今の状況分かっていますか?」
風呂に入り、違うネグリジェを用意されるセントはやはり可愛らしい姿でベットに座り、剣をいじっていた。なんともシュールな様子だが、俺はそんなことおかまいなしに詰め寄っていた。
言っておくが、俺はロリコン趣味はない!
「悪かった…。けどな、明日の事は考え直して…!」
「もう寝ますよ。」
モソモソとベットの中に潜り込み、ひょこっと顔だけ出した。
「すみませんが、ランプの火、弱くしてもらってもいいですか?」
どうやら俺の話を聞く気はないらしい。
俺は息をはくと頭をかき、そしてベットから降り、ランプの炎を弱めた。
淡い光に照らされるセントの顔ははっきりと陰影がつき、やはり美しかった。
「…おやすみ。」
「おやすみなさい。」
俺もそのまま隣りの部屋へ戻りベットへ入るとすぐに眠りに落ちた。
翌日、朝食が済み午前の仕事が一段落つき、茶でも飲もうかという頃合いに。
俺はセントを引き止めたくて、ずっと話を切り出そうとしていた。
ライラ嬢にも話をすでに通してある。セントは手合わせをやらなくてもいいと。
しかし。
カツカツと歩く音が掃除の行き届いた廊下に響く。
俺はその後ろ姿を追いかける。
「ちょっ!待てって!」
俺の呼ぶ声なんてまるで無視だ。
セントは木刀を手に持ち、やる気に満ちた表情で歩いて行く。
ーそんな顔初めて見た。
けど、俺は引き止める。
「怪我でもしたらどうするんだよっ!」
その言葉でようやくセントは振り返った。
「ライドさん。これは傭兵になれるかどうかの試験だ。怪我くらい少しはするものじゃないか?」
確かにそれもそうなんだが。
その容姿に似合わぬ男口調に、俺は少なからず威圧感を感じていた。
「しかしな、お前さんは女の子なんだぞっ!顔に怪我でもしたら…!体に治らない痣でもできたら…!」
するとセントはクスっと笑い、俺の手をつかんだ。
「その時は、貴方のお嫁さんにしてくれますか?」
まるで男が女にする仕草のようだ。俺の顔を覗くように見てくる。
「っ!」
ふざけている。コイツが俺にそんな事を言うなんてふざける意外無い。そう、分かっているのに心臓は変に早鐘をならす。
さらに。セントは俺の手を自分の頬にあてると、まっすぐに見つめてくる。
俺はその瞳から目が離せなかった。
思わず、すべやかな頬を撫ぜるとセントはフフと口の端を吊り上げる。
「なーんてね。」
次の瞬間。
悪戯を考えついたかのように笑うと。
俺の顎をつかみ、引き寄せた。次の瞬間、耳朶に息が触れる。
「私が勝つ事、祈っていて。」
全身鳥肌がたった。
セントは笑みを浮かべたまま離れると、背を向け歩いて行く。
俺は完全に硬直していた。
遊ばれてる、完全に。
そんな事、十分に承知だが。
ー悔しい
今まで剣術はいろんな相手と手合わせをし、いろんな奴を倒して来た。
それに、女だって両手で数えきれないくらい相手をしてきたし、その気にできなかった者だって一人も居ない。
なのに。
セントには、手も足も言葉すら出ない。
「セント!」
呼ぶが振り返りすらしない。
「無茶苦茶するなよっ!」
その言葉に少しだけ振り返り手をあげたのが見えた。
「…あれで女かよ」
思わずつぶやき見ていたが、すぐに俺も行かなくちゃ行けない事を思い出し歩き出した。
「よしっ!怪我しない程度にやるから安心しなっ」
セントの手合わせ相手はセントの2倍以上の体格のいい男だった。
ライラ嬢も心配そうにセントを見つめている。
「それでは参ります。ー手合わせ初めっ!」
執事のかけ声で木刀を構えたセントと男は互いに真剣な眼差しでにらみ合う。
「なかなかいいかまえだな…」
誰かがぽつりとこぼす。
二人のにらみ合いは少しの間続いた。
相手の男もセントがそれなりに剣が使えると、かまえで分かったのだろう、様子をみているようだったが、しばらくして男が動いた。
ヒュンっと木刀が宙を切る。
「っ!」
セントは後ろに飛び、それを躱すとかまえ直し、子どもとは思えない俊足で一気に駆け抜けた。
ドスッ
鈍い音が聞こえ、男がそのまま踞る。
セントは木刀を下ろし振り返った。
「それまでっ!」
執事の声が響くとリーダーらしい男が踞った男の元へ駆け寄る。
「おいっ!大丈夫か?」
声が聞こえたが、それよりもなによりも。
セントがここまで強いなんて思いもよらなかった。
この間の一件で、腕に多少は覚えはあると思っていたが。
「…お前さん、本当に強いな。」
「まだまだ精進が足りません。本物の剣だったら、本当の敵だったら…私が切られていたかもしれません」
セントはそう言うと踞った男に一礼しライラ嬢の元へ行き、その場に立ち膝となる。
「ライラ様。今回はこのようなお計らいありがとうございました。けれど、私はこのようにまだ子どもの身。貴女様の警護をするにはまだ早いのかもしれません。」
「セント様…どうかお立ちになって。私にそのような態度を取ってはいけません。」
そう言うとライラ嬢はセントを立たせ、そしてその二の腕をつかみまじまじと見つめた。
「セント様。貴女がお強いのはよくわかりました。今の手合わせがその証拠。どうかそのようにご自分を否定なさないで。」
そして肩を借りて屋敷内部の救護室へ向かう男を見つめる。
「それに、このことでよくわかりました。貴女はどうか私の側に居てください。この屋敷に居る間だけは…どうか。」
ライラ嬢が真剣な表情でセントに言う。
なんだか不思議な光景だった。
ライラ嬢の方が立ち場が上のはずなのに、なんだかセントが特別な存在みたいな。そんな雰囲気だった。
「さて!これで皆納得なさったでしょう!セント様とライド様は今まで通り、私の警護をしていただきますわ!」
ライラ嬢が大きな声で言うと皆、納得した様子で頭を下げた。
皆、認めざるを得ない状況だった。
「セント様、どこかお怪我はなさっていないですか?」
横からライラ嬢の心配する声が聞こえてきた。
「はい。大丈夫です。」
「そう…かしら。…そうね、着替えた方がいいですわ。そう!お湯も使って、キレイになさって!」
「は?」
「え?」
俺とセントが呆気にとられている間にライラ嬢は召使いに湯の準備やらなにやら言いつけている。
「お二人とも疲れたでしょう?お着替えが済んだらお茶にしましょう!」
「はあ」
「えーと…」
突然の事に対応できないでいたら、セントは両脇からメイドに捕まりそのまま連行された。
「あのっ私っ」
「お奇麗になって来てくださいな」
まるでどこか遠くに行く者を見送るかのようにライラは手を振ると、俺に振り返えりにっこり笑みを浮かべた。
「さ、ライド様は私と来てくださる?」
「はっ」
「ねぇ、ライド様。」
「はっ」
「セント様とはどこでお知り合いになられたの?お二人はどうして一緒にいらっしゃるの?」
突然の質問だった。
「は…その…」
俺がどう説明すればいいのか、考え黙ると前を歩いていたライラ嬢が立ち止まり振り返った。
その表情は真剣そのものだった。
「…あの?」
ーなんだ?俺、なんかしたか?
更に何か言おうと口を開きかけた時、ライラ嬢がフフっと笑みを浮かべる。
「ここではなんですから、ちゃんと座ってお話しましょう」
そういうとメイドに茶の準備を言い渡し、最初に通された時とは違う客人を通す部屋へ連れて行かれ、椅子に座るよう進められた。
「いいんですか?」
「ええ。これは、そうね…ちょっとした調査ですわ。」
「調査?」
「ええ。これから働いてもらうんですもの、少しお二人の事知っておきたいんですの。」
今まで盗みや人を脅す事なんてやったことはない。
突然の調査を不思議に思ったが、確かに身辺警護する奴の事を知っておきた方が安全だろうな。
「セント様と貴方の出会いを聞かせてほしいの。」
メイドが茶を出し部屋を出て行ったのを見はからったように話を切り出した。
「セントと、ですか。あいつとは…前に居た町でたまたま出くわして。そこから一緒に居ますけど。」
「セント様が旅をしている理由についてはなにかご存知?」
「…は?」
なんだかライラ嬢の様子がいつもと違う。少し考えた様子で、でも俺を真っすぐ見つめてくる。
「セントの事知りたいのでしたら、本人から聞いた方がいいんじゃないですか?」
ライラ嬢は目を伏せる。
「そうですわね…。けれど、もし、セント様が…」
そこまで言うとライラ嬢は口をつぐみ、そして俺を見つめる。
「ライド様。セント様の事、助けて差し上げてくださいね。」
「あの?それって…」
そこまで言った時。
コンコン、とドアがノックされた。
「お嬢様、セント様をご案内いたしました。」
その言葉にライラ嬢は俺を見、この話はセント様にはご内密に!と声をひそめて言うとすぐにどうぞ!と入室を促した。
「…」
「まぁぁぁ!本当に、お美しいわ!」
ライラ嬢は目を輝かせながら、セントを360度見回した。
「あの、この姿では警護がしずらいのですが…」
「脱いではダメよ!せっかくお美しいお姿になったのだから!」
セントが小さな抗議をあげるがそんなのライラ嬢にすぐに却下される。
「本当に、お美しくいらっしゃいます!」
セントをつれて来たメイド達もきゃあきゃあ楽しそうにはしゃいでいる。
それもそのはず。セントは淡いピンク色のドレスを着せられていたのだが、あつらえたようにピッタリでまるで人形のようだった。(ライラ嬢がこっそり用意していたに違いない!)
腰は折れそうに細く、胸は思いのほか大きい。日に焼けた腕が袖のないドレスからスラリと伸び、とても健康的だ。
長い髪も結い上げており、髪飾りをつければ、そのままどこかの舞踏会にでも参加できそうだ。
この間のドレス姿に見とれてしまったが、やっぱり綺麗だと改めて思った。
言葉も出ずに思わず見ていると、ライラ嬢がフフっと笑い、セントを俺の前に突出して来た。
「ライド様、セント様すごーく素敵ですわよね。」
「え?…は、はい」
突然の言葉に変な返事をしてしまう。
「ちゃんと、守らないと駄目ですわよ!」
「…は?」
「えーと?」
俺とセントは同時にライラ嬢を見た。
すると。
「ここに来るまで、雇っている傭兵の方々がセント様に見とれてらっしゃいましたよ」
「多分、そこに居ると思いますけど…」
メイド達はドアを指さす。
俺はセントをライラ嬢の背に隠すように移動させ、ツカツカとドアまで行くと一気に開いた。
『ウワッッ!!!』
なだれが起きた。
まさにそんな図だ。
ドアを開いた途端に、傭兵の男達が一気に部屋の中へなだれこんできた。
「まあ!」
ライラ嬢の驚いた声が聞こえる。
と、男達は顔を上げ、へへへと愛想笑いをし、そして目でセントを探し捕らえる。
「あ、あのさっきは…」
「セントに用があるなら、俺に先に話を通せ!」
セントが見えないように立ち、男達を見下ろした。
「な、なんだよ…。別に話しするくらい…」
「そうだ、そうだ」
「駄目だ。あいつに悪いムシがつかねぇように俺が見張る事にしてるんだ!」
やや怯んだ様子の男達が抗議の声をあげるが俺が遮って言うと、今度は強気に反論してきた。
「あんた、あの子のなんなんだよ!?なんの権利があってそんな事するんだ?」
その言葉に少し詰まるが。
「俺は…あいつの…」
「ライドさん、勝手な事言うの止めてもらえますか?」
突然横からセントの声が聞こえた。
すると、男達は立ち上がり、ぴしっと背筋を伸ばした。身なりを整えている奴まで居る。
「あのっ。」
ひとりがセントに声をかける。
「さっきはその…素敵でした。まさかあんなに強いなんて思わなくて…それに、こんなに綺麗だなんて」
「お前、ぬけがけかよっ」
「最初に目をつけたのは俺だぞっ!」
「ちょっ!俺、まだ話してるのにっ!」
なんて小さなもめ事が始まる。
俺は思わず半眼になりため息をついた。
「おい…」
声をかけるが、誰の耳にも届いていないようで、未だワアワアと騒いでいる。
俺は思わずため息をついた。するとその様子にセントが声をかけた。
「あの、お話でしたら後でお伺いしますので。とりあえず落ち着いてください。」
セントが諭すように言うと騒ぎはピタっと止まった。
「それでは後でセント様とお話してくださいますか?まずはお仕事をお願い致します。」
ライラ嬢が進み出、言うと皆頭を下げ、クモの子を散らすように消えて行った。
俺とセントは呆気にとられてそれを見つめていた。
と。
「ね、ちゃんと守って差し上げてくださいね。」
俺にだけ聞こえるような声音でライラ嬢は言った。




