ハーフドラゴンの冒険譚(ロマンス・サーガ)【長編化進行中】
プロローグ 破砕音と珍妙なパーティー
少し遅い朝の時間。
多くの人々がすでに活動を始めており、大通りは大小様々な人々によって覆われている。
早速商売をする者たちが張り上げる声は、雑踏の中でも良く響き――しかし次の瞬間、それよりも大きな破砕音によって、掻き消されることとなった。
バキィィ! と強く木が折れる音が、辺りを支配する。
しかし、その音の方を見た多くの者たちは、不思議と何事もなかったかのようにそれぞれが先ほどまで行っていたことの続きをはじめる。
どこかで、またか、と言う呆れと笑いが混じった声が聞こえた。
くしくも、音の発生地でも同じ言葉が発せられた。
「おいおい、またかよシャン! お前いつか日々の稼ぎが弁償代で消えちまうぞ!」
呆れと少々の皮肉を交ぜたその声をきっかけとして、その場所――《冒険者ギルド》の室内は、あっという間にたった今、ギルドへ入るための扉を破壊した者へと発せられる声で、埋め尽くされた。
「ちったぁ学習しろって」
「いいかげん力加減おぼえろよ! シャン!」
と言った、多分に苦笑が含まれたものから、
「……あいつ、十日前にも扉壊してなかったっけ?」
「見た目によらず力つえーっての、あれマジだぜ? おれ、前にアイツにケンカ売った大男が片手で投げ飛ばされるトコ見たし」
と言う、畏怖のこもったもの。
しかし、その一方で、
「シャン! 大丈夫とは思うけど腕大丈夫かよ!?」
「ってか俺はお前の金の方が心配なんだが。よく毎回毎回弁償代払って暮らしていけるな。安い金じゃないだろ? 宿に泊まれなくなったら、俺の家部屋あまってるから言えよ? ……まぁ、お前なら大丈夫だろうが」
大丈夫だという確信があってもなお、心配する者もまた、存在する。
様々な感情の言葉が飛び交う室内はしかし、どこか喧しさに相応しくない、穏やかさが存在していた。
そんな室内に、ゆっくりと入って来る者が、一人。
おそるおそる、と言った風に扉を開ききった手は、十六歳という外見年齢と照らし合わせても、いささか細く色白に見える。
硬質で跳ね気味の金髪。幼さが目立つものの、良く見れば精悍な顔立ち。大きめな空色の瞳。
茶色と黒を基調とした冒険者らしい防御性に富んだ服を着ており、背にはその小柄な体躯には似合わない大剣を背負っている。
トン、と軽い靴音を立てて室内に彼が入って来た時点で、今まで響いていた声は止んでいた。
誰もが、呆れと、畏敬と、何故か小さな笑みを浮かべる中、少年はその空色の瞳に同業者たちを映し、息を軽く吸い込み――
「いやー! まさかまた壊れちまうとは思わなくってさ!」
……と、現状況的には壊滅的に相応しくない言葉を、実に晴れやかな笑顔でのたまった。
瞬間に轟いた大人数での大爆笑は、今日も街中に彼の所業を伝達する。
再び始まった様々な感情の声がけに、薄い板でさえ壊せそうにない手で荒くれ者用の頑丈な扉を破壊した本人は、陽気な笑顔を崩さずに返事をしてゆく。
これもまた、この街の日常の一つである。
少年の名は、シャイニング。
以前から冒険者をしており、様々な街を渡り歩いてきた中で、二年前にこの街の《冒険者ギルド》に移って来た者だ。
当時から力加減を誤ってギルドの扉を壊し、弁償代を請求されるというバカ――もとい奇行をしていたシャイニングはすぐに街中で有名となり、ある意味ではそのおかげで、早くから街に馴染むことができていた。
顔馴染みとなった多くの同業者たちからは単なる略称なのか、あるいは愛称であるのか、シャンと呼ばれ、時々複数人で徒党を組んで依頼をこなすパーティーにも参加しつつ、現在に至るまで仕事は順調にこなしている。
それもそのはず。
学習能力が皆無とまで揶揄されるシャイニングだが、その実力は正真正銘、強者足りえるものであるのだ。
その難易度によって、下級・中級・上級・特級と分かれる依頼によって、冒険者自身も己が強さを示す称号を持っている中、シャイニングは、冒険者としては十分別格の強さを誇るとされる、上級の称号を持っている者である。
強力な魔物の討伐が多い上級の依頼をこなす強さは、半端な者ではたどり着けない。
その上の特級の称号ともなれば、各国の情報を開示されるほど、強く、そして希少となる。
その強さを一段階下げたとしても、本質的な実力のあり様は、変わらないのだ。
そして、もう一つ。
シャイニングが、この街と、荒くれ者の同業者たちに快く受け入れられた、その理由。
それはひとえに、シャイニング自身の性格にあった。
「で? 今日はまたなんで力加減を忘れてたんだ?」
そう呆れ顔で問う顔馴染みの男冒険者に、相変わらずの笑顔を浮かべて、シャイニングは返す。
「それがさ? 今日オレ寝坊しちまって、もう朝メシ食えねーって思ってしょげて一階におりてきたんだけど……なんと! 宿のオカミさんがメシ残してくれててよ! もーうれしくってうれしくって!!」
「――って、その程度のことで力加減を忘れでどうするんだお前!! ってか扉壊すほど嬉しいことか!? 朝飯食えるのって!」
「は? うれしいに決まってんだろ!? 朝メシだぜ? 朝メシ! これ一つで一日のやる気が決まるじゃん!!」
「なわけあるか! つかお前は毎回毎回みんなに馬鹿にされてそれでいいのかよ!?」
「えぇっ!? オレ、バカにされてんの!? ――ま、面白いからいいけど!」
瞬間、今まで話していた男を含め、周囲にいた者たちの体が一斉に傾く。
次いで、これまた見事に揃えた声で、
「面白いわけあるかっ!!」
という盛大なツッコミを入れたのは、言うまでもない。
ほんの些細なことでも心底喜び、辛辣なツッコミさえ楽しい時間にする、その人柄。
気がつけば隣で一緒に笑ってしまうような、そんな良い雰囲気を、シャイニングは常にその身にまとっていた。
シャイニングは、語る。
心底楽しそうな、晴れやかな笑顔で。
落ち込んでいる者さえも、ハッとして顔を上げるような、凛とした声で。
「どんなコトでも、楽しまないとソンだって!」
――と。
今日もその言葉で、ギルドは通常運転を取り戻す。
多くの者がこれから今日一番の依頼を行うため、受付はこの時間、ひっきりなしに人が行き交う。
そんな受付の中、長い机の左端にいる受付嬢が、通常でも騒がしい室内で声を張り上げた。
「シャイニング君! こちらへ来てくださーい!!」
わずかな怒りと安堵を感じるその声の方を向いたシャイニングは、少しの驚きを空色の瞳に浮かばせつつも、笑顔のままその受付嬢と同じように声を張り上げた。
「はーい! すぐ行くよ、レーア!」
そうしてすぐさま駆けつけた場所には、受付嬢の他にもう一人、美しい少女がいた。
しかし、シャイニングの意識が完全に見慣れぬ少女に向く前に、レーアと呼ばれた受付嬢が言葉を紡ぐ。
「シャイニング君、幾ら弁償代を簡単に払えるくらいの稼ぎがあるといっても、こうも頻繁に壊されては困ります。以後、自重してくださいね?」
そう諭すように言うレーアは、面倒見が良いと評判の、元冒険者の女性である。
女性にしては高い身長で、一見して二十代半ばに見えるが、実年齢はすでに四十代近い。
肩口で切り揃えてある濃い紺色の髪。大人の女性らしい凛々しげな顔。切れ長の銀の瞳は、レーアが風魔法の魔法使いであることを知っている者にとっては、まさに風を連想させる。
白と黒が映える受付嬢の制服は、冷静な対応をするレーアには人一倍似合っていた。
そんなレーアの言葉に対し、シャイニングは彼女とは正反対の眩い笑顔でうなずいた。
「おう! 次は気をつける!」
そう語るシャイニングに小声で、
「……毎回そうおっしゃっていると記憶していますけれど……」
と呟くあたり、シャイニングのレーアとの付き合い方が予測できる。
レーアもまた、シャイニングに振り回されつつも彼を良い人と認めている者の一人であった。
それはさておき。
「そういえば、トビラのコト以外にも、なんかオレに用事あったりする?」
というシャイニングの言葉に、レーアはハッとして今もまだ困ったようにシャイニングの隣に立っている少女へと、その銀の瞳を向けた。
つられて少女の方へと向いたシャイニングの空の瞳が惹かれたのは、白、だった。
年は、一見して成人する手前の、十七辺りか。シャイニングの外見年齢とそう離れているようには見えない。
すらりとした華奢な体形に、世間知らずさが垣間見える白のワンピースと、生地の厚い黒色の魔法使いらしいローブをまとっている。
シャイニングが引かれたのは、その黒のローブについているフードの横から流れる、眩い白の髪だ。肩を過ぎてローブの内に隠れていることを見るあたり、長髪だろう。
次いで、常は綺麗と言う言葉が良く似合うが、笑えばさぞ可愛らしいであろう美貌。円らな深い藍の瞳が、警戒心を湛えていた。
お粗末な樹の杖を右手に持ち、首には装飾品なのか、銀プレートのペンダントをかけている。
誰だろう? というシャイニングの最もな疑問は、早々にレーアが答えを出した。
「シャイニング君、彼女はアリシアさん。最近冒険者になったばかりの方ですが、順調に功績を積み、つい昨日のことですが、中級に昇格しています。それで、お話というのは」
と、そこで、小さくも澄んだ可愛らしい声によって、レーアの言葉が中断される。
「レーアさん。わたしは、依頼はひとりでしたいんです」
頑なな表情と、口調。
拒絶を思わせるそれに、シャイニングの眉がくいっと上がった。
――最も、そこに不快感などは、微塵も存在してはいなかったが。
途端、レーアの声が厳しさを含んで返された。
「いいえ、アリシアさん。高額の依頼を受けたいのでしたら、安全面を考慮してパーティーを組んでいただかなくてはならないのです。ギルドは、貴女がたの尊い命をみすみす失わすようなことを、なるべく避けるように仕事を行っているのですよ?」
「っ、でもっ……」
後半は優しく諭すような口調に変わったレーアの言葉に、その綺麗な顔を歪めて、なおも納得できないように言葉をこぼす少女、アリシア。
そこで、納得がいったとばかりにシャイニングが声を上げた。
「えーっとつまり、金が高い依頼を安全にこなすために、護衛としてオレとパーティーを組ませようってコト?」
「その通りです」
「っ!?」
実に的を得た言葉に、レーアは満足げに微笑み、アリシアは焦りを強くする。
しかし、シャイニングが事態を理解したことに乗じて依頼の内容を説明しようと口を開いたレーアよりも先に、アリシアが改めてシャイニングの方を向き直り、言葉を発した。
それは、どこか切実な響きを持つ言葉だった。
「わたしは、ひとりが良いんです」
強く、他人を寄せ付けない声音。
先ほどまでの態度を合わせれば、容易にアリシアの考えが読み取れた。
すなわち――人間嫌い。
他人に心を許さない頑ななその表情は、何よりもそれを表現していた。
あまりにも直接的な拒絶。
思わずレーアまでその瞳を見開く沈黙の中、シャイニングはその精悍な顔にニッと陽気な笑みを浮かべ、次いで明るい声音で語った。
「そりゃレーアだって、アンタの考えを尊重したいさ! でも、危険なモンは危険なんだ。どーしてもその依頼を受けたいってんなら、とーぜんレーアはアンタが無事にかえってこれるように手配する。それがオレとパーティーを組むことだったってんなら――そりゃもう、仕方がないとしかいえねーな!」
なおも陽気な雰囲気を保ったまま、肩をすくめつつ、言葉は続く。
「でもな、レーアの判断はココのギルドの人たちの中でも、一番冴えてるって評判なんだぜ? 実際、オレは一応上級の冒険者だし」
「…………え!?」
最後の言葉には流石に驚きを返したアリシアへと、シャイニングは一つ、器用に片目を瞑ってみせた。
「だから、とりあえずやってみようぜ!」
そう、眩いばかりの笑顔を見せて告げるシャイニングに、言葉をつまらせるアリシア。
二人の姿を見ていたレーアが、おまけ、とばかりに付け足した。
「――それに、シャイニング君は見た目の軽さとは正反対に、誠実な男の子ですから、若い女の子でも安心なのよね」
「ちょ! マジメなのは事実としても、見た目軽いとかよけいだからな!? レーア!?」
「はいはい、分かっていますよ。お気になさらずー」
「いやいや気になるから!? ってかビミョーに口調が素にもどってんの気づいてる? レーア受付嬢ドノ?」
「意図的ですから問題ありません」
「うぉい! 意図的かよ!!」
……そのおまけが毎回ボケとツッコミの展開になるのは、ある意味シャイニング相手では、お約束である。
唐突に始まったそのやり取りに、思わず呆けているアリシアへと、今度こそ慈愛がこもった瞳を向けたレーアが、優しく言葉を紡いだ。
「冒険者の皆が、無事に仕事から帰ってくること……それが、私の一番の願いなの」
「!」
大人の魅力をも込めた微笑みと共に放たれた心底からの言葉は、流石というべきか、あれほど強かったアリシアの抗議の口を閉ざすことに成功した。
かくして、ここに珍妙なパーティーが組まれたのであった。
……その内整えて、長編にできたらなぁ、と思います。