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三月二十一日 夕方

     三月二十一日 夕方


 「はあー! 遊んだ遊んだ! こんなに遊んだの、生まれて初めてかも!」

 「そうかい、そいつは良かったな。僕もこんなに一日で所持金が飛んでくのは初めてだよこんちくしょう!」

 そう言いながら、カエルのデザインのがま口財布をさかさまにして涙目になっている龍斗。その手の平には、夕日に照らされて儚く輝く五百十七円。……ちょっと悪いことしたかも。何せ、あの後朝ごはんにコンビニでサンドイッチやら飲み物やらを買い、そのまま公園で朝ごはんを食べ、しばらく公園で駄弁り、そのあと遊園地に行って一通りのアトラクションを堪能し、街にあるレジャー施設でボーリングをして、最後にカラオケに行ってきたのだ。それを全て、龍斗任せにしてしまった。途中罪悪感を感じて割り勘を申し出たけど、『男に二言は無い! ……ないんだよう。』って言って断られ続け……現在に至る。

 「まあ、なんだ。でも元気になったようでよかったよ、うん。」

 ははは……まじでごめんね。調子に乗りすぎました……。朝あんなこと言わなきゃよかった。龍斗の無理やり作られた、生気のない笑顔が心に刺さるようだった。

 「……今日はありがと。」

 「どういたしまして。」

 「……あのさ、龍斗。どうして、ここまでしてくれるの?」

 ふと気になったので聞いてみた。昨日会ったばかりの女子に、どうしてここまでできるんだろう。大してかわいくもないし、乱暴だし、自分でも女子力は相当低い方だと思っているのだけど。

 「ん? ……理由なきゃダメか?」

 「……理由もないのに、ここまでしたの?」

 ちょっとびっくり。普通なら、なんかあるだろうに。ちょっとだけ、ホントにちょっとだけ『一目惚れ』とか期待したんだけどな。

 「まあ、そうだな。愛里が困ってたから、かな。」

 「え?」

 「早苗のこと……友達のことで、困ってただろ? もう会わないほうがいいのか、とか。やっぱり会いたい、とか。」

 「そうだけど……それだけの理由なの?」

 普通、男がここまでしたら下心とかありそうなものなんだけど。いや、私の勝手な『年頃の男子像』だけどさ。

 「僕さ……友達と約束したんだ。自分の手の届く範囲の大切なものは守るって。そいつは、ちょっと前にお別れして……もう二度と会えないけど、でも僕には大切な約束なんだ。だから、愛里を助けた。……まあ、そんだけだ。」

 「龍斗……?」

 彼は遠くを見ながら。

 少しだけ、悲しそうに見えた気がした。

 「友達……死んじゃったの?」

 「……まあ、そんなとこ。今じゃ、後悔ばかりが残ってる。でも、きっと。僕はアイツが望んだ世界にしてみせる。誰もが、皆に優しさを分け与えて上げられる、そんな世界に。」

 ……。

 きいちゃ、いけないことだったのかも。

 「ごめん、無神経だったね……。」

 「気にすんな! お前が友達を、大切な人をなくさなくてよかったよ。……そうだ、ポケット見てみ?」

 「え?」

 そう言って、私は自分のスカートのポケットに手を突っ込む。何か、紙みたいなのが入ってる。なんだろ、レシート?

 私はそれをつまんでポケットから取り出す。それは、朝龍斗が早苗を封じた時に使ったお札だった。

 「!? これ、いつの間に!?」

 「……いつの間にか、生きる気力に満ちてたからさ。もう大丈夫だと思って、ポケットにそっと入れといた。後は、そのまま三日間持ってるだけでいい。ああ、別に途中で手離しても問題ない。二時間くらいなら、だけどな。とにかく、そばにさえあればな。」

 え、いや、そうじゃなくって!

 「だって、これ、持ってたらすごい苦痛を伴うって……!?」

 「正確には、今日の深夜くらいだけどな。苦痛を伴うのはしかたない。何せ、悪霊になりかけた霊魂を自分の守護霊にするための儀式だしな。苦痛がない訳がない。でも大丈夫。今のお前なら、乗り越えられるさ。……あとは、それを大事にするんだぞ。」

 そう言って、龍斗は私の頭をくしゃくしゃっとかき乱す。むう、子供じゃないんだぞ。

 「? なに睨んでんだ?」

 「別に。歳下に、子ども扱いされたことに腹立っただけ。」

 「お? 何言ってんだ、僕はこう見えて今年から高校生になるんだぜ?」

 「はあ!? 高校生!? 高校生、って、あの、がさつで乱暴な不良たちのこと!?」

 「うわ、お前……なんかもう偏見の塊みたいなやつだな。」

 「うわあ、同い年か年下くらいかと思ってたのに、まさかの年上だった。それなのにタメ口きいちゃった。どうしよう、殺される……。」

 「ちょ、なにそんな怯えてんだよお前!? うっそ、年上苦手な人か!?」

 「あうう、怒らないで……」

 「怒ってないですよ!? てか、普通にタメ口でいいから! 今まで通りでいいってば!」

 「や、優しい人なんですね、龍斗さん……。」

 「龍斗さんンン!!? やめて! なんかむず痒い! おもに背中と首筋がムズムズする! 今まで通りでいいってば!」

 「……ぷっ! くくく! あははははは! や、やっぱりアンタ面白い! くふふ、あはははは!」

 「な、はあ!? なんだ、またからかったのかお前!?」

 龍斗がまたすこし不機嫌そうに顔をしかめる。その表情は、やっぱり年上には見えない。むしろ、私よりも年下の子が拗ねてるように見える。


 私が龍斗を一通り、いじり倒しているときだった。突然誰かが私の名前を呼んで、私の肩を乱暴に掴む。

 「愛里! どこに行ってたんだ!」

 「きゃっ! ……!」

 もうすぐ四十歳になろうとしているのに、中途半端な金髪で、あごひげがイケてると思い込んでいる、それなのにかなり華奢な体をしている中年のタバコ臭い男。

 「父さん……。」

 「愛里! 無事でよかった! ……! お前か、愛里をたぶらかしたのは!?」

 そう言うと、父さんは勢いよく龍斗の方に駆けだし、拳を打ち付ける。龍斗は、その場から動きもしない。そして。

 ゴッっという鈍い音が響く。父さんも、一瞬罪悪感を感じたようだったが、その瞬間。

龍斗が笑い出した。

 「はっははははははは!」

 「な!?」

 突然のことに、父さんは不気味がり、一瞬下がる。龍斗は、またしても鼻血をたらしている。それを拭いながら、私の方に近づいてくる。

 「なーにが、私は望まれてない、だよ。……愛里。お前、もっと家族と話し合え。良い人じゃないか。」

 「え?」

 まさかの、説教の矛先は私。なんでよ!? 父さんは龍斗の話も聞かずにいきなり殴りかかったんだよ!? 悪いのは父さんじゃないの?

 「夜遊びした娘を、こんなにぼろぼろになるまではいずりまわって探してくれる、最高の父さんじゃないか。きっと母さんも心配してるぜ。大丈夫さ、きっと分かり合える。後は、お前の心の持ちようだ。」

 何よ、それ。どういうこと? 理解できずに私は叫ぶ。

 「わけわかんない! なんで殴られて笑ってられるの!? なんで父さんに反撃しないの!? 父さんがいい人? こんなやつのどこが!? 知らない人の顔面、いきなり殴りつけるような人だよ!?」

 「まあ、確かにそれはやり過ぎかもしれないけど、それはお前が大切だからだ。」

 龍斗のその言葉に、私はさらに激情する。

 「そんなの! そんなの今更言われても信じられるわけない!」

 私は怒鳴って、父さんの頬を平手打ちする。当の本人は、驚いたような表情だ。

 「いきなり現れて父親面しないでよ! 話も聞かずに私の友達殴って! 私聞いたんだからね!? 二人が私を厄介払いしようとしてる話! そんなこと話してる親なんか……そんな親なんか!」

 今更。信じられない。

 「馬鹿野郎!」

 私はそう叫んで、走り去ろうとする。

 「逃げるな!」

 龍斗のその声に、私は足を止める。

 「そうやって逃げてたら、いつまでも解決しねえだろ。自分の言い分だけ言って、さっさと逃げて閉じこもっちまうのはただのガキだ。……向き合うって、約束しただろ?」

 龍斗はそう言うと、にこっと笑う。

 「大丈夫。きっと何とかなる。今のお前には、早苗が一緒なんだから。それに、僕もいる。心配すんな。」

 その言葉で、私は向かい合わなくちゃと思う反面、今まで以上に両親への憎しみを感じていた。そして、いまさらどうにもならないという諦めと、早苗にみっともないところは見せられないという奇妙な責任感の間で揺れていた。

 「愛里……」

 「……ねえ、お父さん。」

 乳の言葉を遮り、私はずっと言いたくても言えなかったことを訊く。聞いてしまえば、何もかも、本当に壊れてしまうのではないかと思っていたことを訊く。

 「私は……私はいらない子なの? ……お父さんも、お母さんも、私のこと、嫌いなの? 私……私は、……生まれてこないほうが、よかったの?」

 「愛里……!」

 私は、言いながら、途中で泣いた。こわかった。

これでもし、いらないって言われたら。

これでもし、すぐに答えが返って来なかったら。

これでもし、そんなことないって言われたにもかかわらず、私自身が両親を許せなかったら。この気持ちをどうすればいいのか。

 父さんは何も言わない。

 私は眼を瞑る。瞳から、大粒の涙が頬を伝う。

 「ごめんな。」

 父さんはそう言うと、私の体をそっと抱きしめる。タバコの香りが私を包む。

 「……すまなかった……」

 「……謝るだけじゃわかんないよ……」

 「そうだな……すまん……」

 「わかんないってばあ……」

 そんなやり取りを、弱々しく繰り返す。そのたびに、父さんが強く抱きしめてくれる。そのたびに、私の心がじんわりとあったかくなる。


 なんだ。

 私って単純だ。

 父さんと母さんに、愛されたかったんだ。でも、それが自分の思い通りにならなくて、寂しい気持ちを憎しみに変えて、寂しくないふりをしていたんだ。本当は、こんなに、父さんと母さんに好かれたいと、愛されたいと思ってたんだ。

 私は泣いた。父さんに、何度も抱きしめてもらいながら泣き続けた。気が付くと、龍斗はいなくなっていた。

次回最終話になると思います。

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