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三月二十一日 早朝

     三月二十一日 早朝

 

 私は、龍斗に連れられて、もう馴染みになり始めているこの古ぼけた神社に来ていた。私はなんとなく外の空気を吸っていたいという理由で、鳥居の前にある数十段程度の階段の一番上に腰掛ける。三月の日の出頃の時間帯だけあり、まだかなりあたりは寒く、座っている石の階段の冷たさは、スカートの布地を無視するほどに冷たい。

 「早苗を助けたい……。」

 私は膝を抱える。あたりはとてもきれいで、とても幻想的な風景になっているのに、私の心はどんよりと暗い。

目の前で、彼女は消えてしまった。でも、もう一度会いたい。彼女に。どんなことをしても。

 「そのことだけどな、愛里。……本当にやるか? 言っとくけど、脅しでもなんでもない。本当に死ぬかもしれないんだぞ?」

 龍斗が、おそらく最後の忠告をしてくれる。

 神社までの道中、彼は早苗を助ける、もとい、この世に留まらせる方法を私に説明してくれた。

 霊の念を受け入れて、自分に憑りつかせる。

 それが、龍斗が私に示した唯一の方法だ。

 その方法は、先ほど龍斗が早苗を封じたお札を、これから三日間持ち続けるというもの。それだけだが、しかしこれを成功させるためには、彼女を求める気持ちと私の生きる力が必要なのだとか。いや、生きる意志、だったか。私が強く生きたいと思わない限り、霊を定着させるのは難しいのだとか。お札を手にしている間は、早苗が持ち続けていた激しい憎悪に憑りつかれてしまう。そして何より、とてつもない苦痛を伴うらしい。

 それでも。

 やらなきゃ。

 「私、やる。どうしても、やらなきゃ……。」

 「……正直。」

 龍斗が、言い辛そうに口を開く。

 「正直、今のお前を見てると、生きる意志を感じない。まるで無気力だし、何もかもどうでもいい、って思ってるんじゃないかとさえ思える。悪いけど、そんな状態だと、多分……いや、間違いなく失敗する。」

 「な、なによソレ? あんた、早苗を助ける方法はこれしかないって! 言ってたじゃない!」

 「やるなって言ってるわけじゃない。ただ、今のお前は生きる意味を見い出せてない。生きようとする意志が薄弱すぎる。だから、時期をずらすべきだ。せめて、今の心が落ち着くまでには。」

 「……もう十分に落ち着いてるわよ。落ちて、谷底まで落っこちてるわ。」

 私は目線を再び足元に落とす。

こんな早朝から、アリの行列がさまざまな物資を自らの巣に搬送している。本当に、こいつらは働き者だ。きっと毎日忙しいに違いない。その中じゃきっと友達を作ったり、仲間がいなくなったのを悲しんだりする時間なんてないんだろうな。そう思うと、ちょっとうらやましい。

 「そう言えばお前、家に帰らなくていいのか? 両親に疎まれてるとはいえ、何も言わずにいなくなったら心配されないか?」

 「……どうだろうね。どうでもいいよ。あいつらのことなんか。」

 「……」

 龍斗は何か言いたげだったが、何も言わずに俯き、なにかを考えていた。

 私は、両親には必要とされていない。なら、私だってあんな連中どうでもいい。そんなものより、大切なものを見つけたんだ。だから、早苗だけは何としても助ける。

 「よし愛里、遊ぶぞ!」

 「……はあ?」

 「遊ぶんだよ。そんなにふさぎ込んでちゃ、生きる活力なんか出てこねえって。ここはひとつ、パーっと遊び歩く方が気がまぎれるぜ!」

 「……なによソレ、私は真剣に悩んでるってのに……!」

 私は少し動揺したが、同時に少し苛ついていた。そんなこと、こんな時に言い出すなんて、どうかしてる。

 「僕だって真面目だ。別に付き合えとか結婚しようとか言ってるわけじゃない。ちょっと遊びに行くだけだ。なんでもいいさ。遊園地でも、公園でも、ショッピングでも、映画でも、おままごとでもなんでもいい。とにかく、少しでも楽しいことを考えよう。……そうじゃないと、この儀式は成功しないんだから。」

 そうか。

 こんな時でも、こいつはあくまでも私のことを考えてくれていたのか。確かに、私に生きる気力が足りなくて今の儀式が成功しないというなら、私が元気になればいいというだけのことだ。

 「……そこまでいうなら、そうね。いいわよ。どうせ、春休み中の予定なんてないし。」

 そう言った時、かすかに龍斗が微笑んだ。その後すっくと立ち上がり、こう言い放つ。

 「そうと決まれば、いつまでもこんなとこにいるべきじゃねえな。さっさと行こうぜ!」

 「……仮にも退魔士とかいうやつなんでしょう? 廃れてるとはいえ、神社をこんなとこ呼ばわりしていいわけ?」

 「多分ダメだけど、どうでもいいんだよそんなことは。ほら行くぞ。」

 そう言って龍斗は私の両手を取り、強引に立ち上がらせると、そのまま私の手を引いて階段を駆け下りていく。

 「わわ、ちょっ、あぶないってば!」

 「バーカ、元気出すのは早い方がいいだろ! 善は急げだ! ほらほら!」

 わかんないなあ、こいつ。たまにすごい大人っぽいと思ったら、とんでもなく情けないときもあるし、子供っぽかったり、そのくせメチャクチャ強かったり、優しくしたり。

 「……わっけわかんないし!」

 でも、なぜか吹っ切れた気がする。

 階段を駆け下りた後、わけもわからないまま私は龍斗の手を振り払い走り出す。ごちゃごちゃとした頭の中を、ふたを開けて乱暴に振り回して中身を全部綺麗にするような、そんなイメージで私は我武者羅に走る。

 「こっから競争! よーいどん!」

 「はあ!? ズリい! つかゴールどこだよ!?」

 「知らない!」

 私はただただ走る。


 早朝の住宅街を突っ切り、まだ人がまばらな商店街を駆け抜け、大型ディスプレイがある都市部も突っ走り、いつもの通学路を通り、河川敷をふらふらになりながら走り、ようやく橋の近くの芝生で横に倒れ伏す。

 「はあ、はあ、はあ、ぜえ、ぜえ、あは、あはは、ふふふ!」

 「はあ、はあ……何笑ってんだよ、気持ちわりいな、ったく。」

 「ははは、いや、なんていうか、こんなに、走ったの、久しぶりだな、って! はあ、はあ」

 「はあ、ふう……まったく、その細い体のどこにそんなパワーがあるんだか……鍛えてる僕でも、ちょっとしんどかったぞ。」

 「あはは、ごめ、はあ、はあ……ふふふ、なんかウケる……!」

 「何にツボってんだよ、お前……つーか疲れた! ちょっと休憩!」

 龍斗もさすがに疲れたのか、私の横にドカッと仰向けに倒れ込む。気が付けば、空はしっかりと青く染まり、すでに人々の往来が増えていた。車は騒音と排気ガスをまき散らしながら橋を渡り、時々橋の上から通行人が私たちを見ていたりもした。

 ようやく呼吸も収まってきた。代わりに、体を冷まそうと一気に汗が噴き出し始めている。全身汗まみれになったけど、正直そんなことよりも今の満足感のほうが大きい。

 「……はは、なんていうか、ありがとうね、付き合ってくれて。」

 「別にいいさ。つか、お前マジですげえ体力あるのな。出会いがしらのキックにもびっくりしたけど……愛里には驚かされてばっかりだな。」

 「あ、アレはあんたが私のパンツ見るから!」

 「いや、見る前に蹴り打ってきてただろ!?」

 「!? や、やっぱり見たんじゃない! この変態!」

 「だー! あの時のはもう蹴りもらってチャラになっただろう!?」

 「誰もそんなこと言ってない! 罰として、今日全部龍斗の奢りね!」

 「いい!? 全部かよ!?」

 「当然でしょ! デートに誘ったのはそっちなんだから!」

 「デー!? う、く、くそお……なんも言えねえ!」

 「……ぷっ! くくく、あはははは! あー楽し、あんたいじってると、やっぱり楽しいわ!」

 本当に、楽しい。早苗と一緒にいた時と同じくらい。ここに早苗がいたら、きっともっと楽しい。そのためにも。そんな未来のためにも、前を向かなくちゃ。

 ごちゃごちゃいろいろ考えるのは、私の性に合わない。うん。やっと、いつもの私に戻ってきたかも。

 「今日は、いっぱい楽しませてくれるんでしょ? 龍斗。」

 「んあ? ああ、精一杯頑張らせてもらいますよ。」

 そう言って、私たちは早速歩き出した。

 ……とりあえず、汗だくだから着替えたいけど、ま、いっか。ちょっと恥ずかしいけど。


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