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十二年目の七夕  作者:
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十二年間



 十二年前、賢が事故に遭った。ボールを追いかけて道に飛び出した子供。そんな、ありがちな状況に都合よく車が来ていた。わたしと賢が歩いていた目の前で、賢はほとんどためらいなく飛び出していた。甲高いブレーキの音と、少しの静寂のあとの子供の泣き叫ぶ声。ほっとした瞬間、賢の声がしないことに気がついた。

 賢はそのまま、体中にコードをつけられて眠り続けた。目を覚ます可能性は低いと言われていた。目を覚ましたら奇跡、と。

 そんな状況の中で、お腹に沙姫がいることが分かった。わたしたちのお姫様、と言ったことが記憶に一番残ったらしく、賢はひぃちゃんと呼ぶ娘。

 まだ学生で、賢はあの状態で。わたしの両親からも、賢の両親からも産むことは勧められない、と、それでも遠慮がちな否定をされた。それがわたしをなおさら頑なにしたのかもしれない。本当は迷っていた。一人で産むことは怖かったし、不安だった。育てる自信なんてどこを探しても見つからなかった。それまで、自分を立て直すものを見つけるのに心の中はあさり尽くしてしまっていたのだから。

 それが、ふと気づいた。産むか産まないか、そこで迷っていたわたしは少なくとも立ち上がってはいた。賢が目を覚まさなくなってからずっと丸まっていた背中が伸びていた。奇跡が必要だというのなら、お腹の中の子が奇跡になるかもしれない。そんなのはふと思いついたことに過ぎなかった。ただ、本当に分かっていたのは、お腹の中にあるものは命で、その命を生みだしたのは自分と賢だということだった。

 だから、本当に奇跡としか思えないことが起きた時、わたしはそれを奇跡だとは思わなかった。賢の誕生日に沙姫が生まれて、沙姫がこの世に出てきたその時に、賢が初めて自分の指を動かしたこと。むしろ当たり前のことに思えた。

 それから賢が目を覚まして、最初から言われていた脳の障害の程度が現実として突きつけられた。事故の前のことはまったく覚えていなかった。まるで、幼児の状態に戻っていた。賢のそれまでは全てリセットされてしまっていた。

 それからリハビリを始めて、新しく学び直す賢と会える日は、賢と沙姫の誕生日の七夕だけだった。皮肉な話。七夕は一年のうちで織姫と牽牛が会えるたった一日。七夕に生まれた子に「姫」という字をつけたのは、安易にも織姫を意識してだった。自分に「織」という字がついているから。

 まだ若い、入籍もしていないわたしに、賢の両親はこの状態では先が見えないから、と言った。いい人がいたら、その人の所に行きなさいと。いやだと、それくらいなら今すぐ賢と籍を入れると言ったわたしに許されたのがその一日だった。一年に一日なら、わたしが他の人を見つけることも出来、罪悪感も少ないだろうと考えたらしい。

 そうやって七夕家族ができあがった。

 沙姫が成長していくのと同じように、賢も成長していった。最初の三年は、賢は目を覚ましていても眠っているのと同じようなものだった。四回目の七夕で、初めて視線があったと思えた。わたしが分かるか。そう尋ねると賢は頷いた。賢の枕元には、わたしと沙姫の写真がある。

 たどたどしい言葉で紡がれた名前は、確かにわたしと沙姫のものだった。けれど、前のように「花織」とは呼んでくれない。


「花織さんとひぃちゃん」

 八回目の答えに、まただめか、と思ってしまう。以前と変わらない声で「花織さん」と呼ばれるとひどく寂しくなった。どこか距離をおかれているようで。

 賢はだいぶよくなったと聞いていた。少しずつ、ふとした弾みで昔のことを思い出すこともあると。何かきっかけがあれば、完全に思い出すのかもしれない。期待混じりにそんなことを賢の母から言われたのは一昨日のことだ。ここまでの回復も予想以上だったのに贅沢ね、と笑っていたけれど、それは誰もが願ってしまうことだろう。

 十二回目の七夕。賢と沙姫の誕生日。わたしの誕生日にはいつも、賢は花束を贈ってくれた。添えられるメッセージカードの字は、三歳の子が書いたような、むしろ絵に近いような一所懸命に書いている姿が目に浮かぶような字から、なめらかな字体に成長していた。

「さ、今回はどこに行く? 二人の誕生日だよ」


 

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