ゲームの魔王と勇者たちの前日
魔王・ディンフルは、魔法で大剣を消しながら、不満そうにつぶやいた。
「まったく情けない。この程度で、よく勇者を名乗れるものだ」
ここは異世界・フィーヴェ。
ディンフルによって支配されている世界である。
彼は生まれつき戦闘力に長けており、挑んでくる勇者をことごとく異次元へ送っていた。
「もう少し、私を疲れさせる者は現れぬものか……」
あまりにも勇者が早く倒れるため、ディンフルは戦った気分を味わえなかった。
ため息をつきながら玉座に腰かけ、足を組む。
すると、玉座のかたわらにある黒色の水晶玉から、部下・サーヴラスの声がした。
「ディンフル様。新たな勇者一行がそちらへ向かいました」
「また、私を退屈させる奴らではなかろうな?」
「いえ、今度はなかなか変わり種だと思われます……。ご武運をお祈りいたします」
部下から報告を受け、ディンフルはニヤリと笑った。
「サーヴラスがそう言うのなら、相当骨があるのだな。期待できる」
水晶玉の通信が途絶えたところで、王の間の扉を叩く音がした。
「早速、来たか」
ディンフルは胸を躍らせながら言うと、「入って来い、勇者どもよ!」と、どこか嬉しそうに扉の向こうへ呼びかけた。
ところが扉は開かず、再びトントンと軽く叩く音がした。
「自分で開けられぬのか……? まぁ、いい」
ディンフルが指を鳴らして魔法を使うと、王の間の扉はゴゴゴゴ……と重い音を立て、両開きに動いた。
すると……。
「やっと開いたよー!」
「もうつかれた~!」
「これからラスボス戦だってのに~!」
「かえりた~い!」
「チョベリバー!」
現れたのは、派手な見た目に濃い化粧、たくさんの装飾をゴテゴテとつけた若い女性五人組だった。
その中には、やけに肌の黒い二人もいた。
「は……?」
彼女たちを見たディンフルは、思わず声が裏返ってしまった。
「あっ! あれが、まおーじゃない?!」
「ホントだ!」
「遠くにいるけど、イケメンじゃーん!」
「写真より実物の方がイケてるかもー!」
「まおー、チョベリグー!」
一人がしゃべると、立て続けに四人も騒ぎ出し、ディンフルは呆然とした。
(何だ、この者たちは……? 勇者の割には、緊張感がなさすぎる。本当に骨があるのか……?)
ディンフルがそう考えていると、ギャル勇者たちは躊躇なく、彼の近くまで来た。
「む……?!」
すかさず、魔法で大剣を出すディンフル。
「それ、しまってしまって!」
「は?!」
「まだ戦わないよ! まずは記念撮影!」
「撮影……? 何の記念だ?!」
「決まってるっしょ! あたしらが、ラスボスまで着いた記念っ!」
ギャル勇者たちは、まったく怯まない。
それどころか、大剣を持ったままのディンフルに容赦なく、くっつき始めた。
「おい?! 距離が近いぞ! もっと離れろ!」
「いーじゃん! 固いこと言わないの!」
ギャル勇者の一人がカメラを出すと、あとの四人はディンフルにくっつき、ピースをした。
「ほら! まおーも、ポーズ取って!」
「何故、ラスボス戦で写真を撮るのだ?! 私は取らぬぞ!」
「怖い顔もいいね、まおーっぽくて!」
「『ぽくて』ではなく、魔王そのものだ!!」
「はい、チーズ!」
ディンフルがギャル勇者たちを注意するが誰も聞かず、四人はピース、一人はシャッターを押した。
しかし……。
「あー! よく見たら、カメラのレンズ、向こうに向けてたー!」
シャッターを切ったギャルが気づくと、四人が大声で笑い出した。
中には手を叩いたり、引き笑いをする者までいた。
「ウケるー!」
「自撮り間違えるなんてありえなーい!」
「チョベリバー! でも、気分はチョベリグー!」
「じゃあ、撮り直しね~!」
「まおー、もっかいピース!」
「せぬぞ!!」
ディンフルは怒鳴ると大剣を振り、ギャル勇者を吹き飛ばした。
奥の玉座まで来ていたギャルたちは、入口まで飛ばされてしまった。
「こわ~い」
だが、攻撃を受けてもギャル勇者たちは堪えていない。
声のトーンも、まったく怖がっていなかった。
「まったく! 貴様ら、それでも勇者か?! 来た早々、写真撮影をしに来た者など初めてだ!」
ここでギャル勇者を説教し始めるが、一人が「あー!」と悲惨な叫び声を上げた。
「今ので爪折れたー!」
よく見ると、ギャル勇者たちの爪はまるでモンスターのように長く、さらに色までついた上に宝石のような石や小さな装飾がついていた。
そのうち一人の爪は、途中でポッキリと折れてしまった。
(だから、扉を開けられなかったのだな……)
「何だ、その爪は……? あと、先ほどから聞く『チョベリグ』に『チョベリバ』とは何だ? 魔法の呪文か?」
ディンフルが尋ねると、ギャル勇者たちが一斉に笑い出した。
「まおー、知らないのぉ? 『超ベリーバッド』と『超ベリーグッド』の略じゃん!」
「いや、『略じゃん』と当たり前のように言われてもだな……」
「あたしらギャルん中じゃ、常識だよ~」
「私は貴様らとは違う。よって、そちらの常識を押しつけられても困る。そもそも、そんな爪では剣を持てぬだろう。どうやって戦うのだ?」
「剣なんか持たないよ~」
ギャル勇者の衝撃の言葉に、ディンフルは「はぁ?」と目を点にした。
「なら、ここまでどうやって来た……? 魔法か?」
「魔法も使わない……てか、使えないよ~」
「あたしらのリーダー、霊が見える人なんだけどー、その人から上手く切り抜ける方法を教えてもらったんだよねー」
「霊が見える者? それと、どう関係があるのだ?」
「例えばー、この城には、まおーの部下がいるじゃん? 相手が一人だけの時に『あんたら、許さない』って言ったら、向こうは『こちらは一人だが?』ってツッコむじゃん。そしたら、『え? じゃあ、後ろに立ってるおばあちゃん、誰?』って言ってやるの。一発で戦う気なくすから、その間に進むんだよ!」
ギャルの一人が、得意げに説明した。
(あいつら、こんな者どものウソに惑わされるとは、何と情けない……。あとで一人ずつ説教だ!)
ディンフルが、ギャル勇者を通した部下に怒りが湧いたところで、一人が言い始めた。
「そういや、まおーの隣に立ってる人って誰?」
「その手には乗らぬ」
ネタばらしを受けたディンフルはウソだと思い、冷静に返した。
「いやいや、ウソだって思ってるでしょ? あたし、そのリーダーの元で修行してたから、少しだけ見えるんだよ。まおーの隣にいるよ、赤っぽい髪のお姉さんが。もしかして彼女?」
一人の言葉に、ディンフルは息をのんだ。
「もしかして、彼女死んでるの?」
「事情は色々あるんじゃない?」
「こんなイケメンなら、彼女の一人ぐらいいるっしょ?」
「いることにビックリなんだけど。どう見ても固そうだから、絶対いないと思ってた!」
「思った~! まおーが彼女持ちとか、超ウケるんだけどー!」
騒ぎ出すギャルたちを黙らせるように、ディンフルは魔法を使った。
すると、空間に黒い大きな穴が現れ、一気にギャル勇者たちを吸い込んでしまった。
「あーれー!!」
異次元へ飛ばされながらも笑うギャルたちは、穴が消える直前も「チョベリバー!」は欠かさなかった。
ギャル勇者たちは、最後までギャルだった。
穴が消え、王の間に静けさが戻ると、ディンフルは安堵のため息を大きくついた。
「やっと静かになった……。本当に見えるとはな」
ディンフルはようやく静かになったことに安堵する一方、ギャル勇者の言葉に動揺していた。
「まさか、恋人のウィムーダが隣にいるとは……。部下を説教することにしていたが、少し見送ろう。それにしても……!」
部下の気持ちが少しだけわかったディンフルは、水晶玉へ怒りをこめて声を掛けた。
「聞きたいことが山ほどある……。何故、あんな心身共にモンスターのような輩を通した? まさか、お前も奴らに騙されたのではなかろうな?!」
すぐに水晶玉から、サーヴラスの冷静な声がした。
「私の場合は少し違います。彼女らが、見たこともないカラフルな色の菓子を食べていたので、レシピが気になったのです。尋ねたところ、『ここを通したら、教えてあげる~』と言われたので、通すことにしました」
「何をやっているのだ?! レシピと私の心と、どちらが大事なのだ?! おかげで、どっと疲れたぞ!」
「も、申し訳ありません! 料理力に長けているので、つい気になってしまい……。しかし、久しぶりにお疲れになったでしょう?」
「『精神的に疲れたい』という意味ではない! もっと、まともな奴を通せ!」
ディンフルに不満をぶつけられ、サーヴラスは再び謝った。
◇
しばらくすると、水晶玉の通信が入った。
「ディンフル様、新たな勇者がそちらへ参ります。今度は、先ほどよりもまともかと思われます」
「そうか……。なら、期待しておこう」
ギャル勇者との精神的な戦いで溜まった疲れが少し取れ、ディンフルは王の間の扉を見つめた。
「さすがに、先ほどの類は二度と来ない。いや、来てたまるか」と、心の中で自分に言い聞かせた。
王の間の扉が、両開きに動いた。
やって来たのは、短い黒髪に普通の鎧をまとった勇者。
明らかに、先ほどのギャル勇者とは真逆の、真面目そうなタイプだった。
相手を見たディンフルは、安堵した。
勇者を出迎える声も、どこか嬉しそうだった。
「よく来たな、勇者よ」
「ディンフル……覚悟!」
まともそうな勇者は早速、自身の剣を構え、ディンフルに向かって斬りかかって来た。
ディンフルは玉座に腰かけたまま大剣を構え、応戦した。
あまりに相手と力量の差があり過ぎると、もう立って戦うのも面倒だったからだ。
案の定、勇者は、座ったままのディンフルに剣を弾かれてしまった。
たったの一振りで勇者の手から剣が離れ、彼の顔が一気に青ざめた。
「いきなりだが、勝負あったな」
勇者に対して皮肉を言うディンフルは、つまらなそうだった。
ギャル勇者と違ってまともな戦闘にはなったが、今の勇者は骨がある相手とは言えなかった。
するとその時、手ぶらになった勇者はいきなり床に伏せ、ダンゴムシのように丸くなった。
「……おい?」
予想外の行動を取る勇者に、ディンフルは思わず玉座から立ち上がった。
「もうダメだ……」
うずくまる勇者がつぶやいた。
「威勢よく飛び出したのに、剣が弾かれた……それも、座ったままの魔王に……。やっぱり、俺は勇者の資格なんてないんだぁ~!」
最後は言いながら泣き出す勇者。
ディンフルは目を点にした。
「こ、ここまで来ておいて、資格がないことはないだろう! 私と会うまでに、部下たちがいただろう?! そいつらを攻略して来たのではないのか?!」
「ああ、会ったよ。あんたの部下全員に。でも、誰にも勝てなかった……」
「は……? 勝てなかったのに、何故、ここまで来れた……?」
「わからない。俺がこんな感じで自己嫌悪になってたら、いつの間にか勝利扱いになってて、ところてん方式みたいに次々と進めたんだよ……」
ディンフルは、泣きながら話す勇者の説明だけで理解した。
おそらく部下たちは、失敗するたびに嘆くこの勇者に同情もしくは面倒になり、気を遣って勝利扱いにしたのだと。
今、対峙しているディンフル自身も「これ以上は関わりたくない」と、心から思っていた。
「俺なんか……俺なんか、生まれてこなければよかったんだ~!!」
「それは言い過ぎだ! 戦いはまだ始まったばかりだ! 今から諦めていてどうする?! お前は選ばれし勇者だろう?!」
いつの間にか、ディンフルが慰め役になっていた。
ところが、勇者から意外な言葉が返って来た。
「ああ、選ばれたよ……。校内の推薦で」
「学校の推薦……? どういうことだ?」
「うちの学校、特に男子には魔王討伐に行くよう課題を出されてたんだけど、誰も立候補しなかったんだ……」
ディンフルは、魔王討伐を課題にする学校に「学習の一環にもならぬだろう」と呆れた。
「だから、俺が選ばれたんだ……。『強い』とかそんなんじゃない。いじめだよ……!」
勇者は言いながら、また涙を流した。
いじめに関しては、ディンフルも異種族ゆえに思うところがあったので、つい勇者の背中を撫でてしまった。
「そうか……。なら、故郷へ戻って『魔王は倒した』と伝えてくれ。そういう意地悪な奴はターゲットに嫌な役割を押しつけ、失敗した際は徹底的に攻撃してくる最低な奴らだ。負けてはならぬ!」
言いながらディンフルは、はっとなった。
(ちょっと待て……。何故、私はこの者を励ましている? 私は魔王で、こいつは敵対する勇者だぞ? 何故、急に人生相談が始まっているのだ……?)
しかし、言ってしまったものは仕方がない。
ディンフルは取り消すこともせず、ひたすら勇者の背中を撫で続けた。かなりの不本意だが。
その時、勇者は顔を上げて魔王の顔を見た。
「でも、魔王が生きていたら、倒してないことがバレますよね……?」
「……復活したことにすればいい」
「もし、ウソだってバレたら?」
「……その時はその時だ」
「その時って……?」
勇者の顔がさらに青ざめた。
よほど、学校の者から言われるのが怖いようだ。
「魔王まで俺を見捨てるんだ……。よく考えたら、俺たちは敵同士。それなのに、励ましたり慰めたりする関係なんておかしいもんな」
(今頃気づいたか、鈍感な奴め……)
「ここまで来たなら、仕方がない! 覚悟!」
「はぁ?!」
勇者は突然立ち上がると、来た時と同じような凛とした顔つきで魔王を睨みつけた。
これには、ディンフルも開いた口が塞がらなかった。
(こいつの情緒はどうなっているのだ……?)
剣が離れた勇者は、今度は魔法を使った。
彼の手から、大きな炎の玉が放たれた。
ディンフルもすぐ戦闘態勢になり、大剣で防いだだけで炎が消えてしまった。
「魔法も効かない……。もうダメだぁーーー!!」
炎が消えると、勇者はまたその場に崩れ落ちた。
「まだ一発しか撃っていないだろう!」
ディンフルも、思わず慰めずにはいられなくなった。
「ここへ来るために、覚えてきたのだろう? 他のも撃ってみろ! どれか、ヒットするかも知れぬぞ!」
魔王なのにディンフルは、いつの間にか勇者を応援する立場になっていた。
ところが……。
「ダメです。武器も魔法も、一種類しか渡されなかったんですから……」
「は……? 武器は私が弾いた剣だけで、魔法もあれが最初で最後か……?」
今度はディンフルの顔が青ざめ、勇者は相手の質問にこくりとうなずいた。
この事実に、何故かディンフルまで絶望した。
勇者に勝機がないことだけでなく……。
(その軽装備で、よくここまで来たな……)
同時に、これからこの勇者と、どう相手をするべきか悩んだ。
(異次元へ送るのは簡単だ。しかしそうなると、こいつの後ろ向きな癖をより加速させる。だからと言って、私が負けたフリをするのも滑稽だ……)
勇者は「やっぱり、俺はダメなんだ……」と、その場でまた丸くなった。
彼の戦術は他にない。
ディンフルも異次元へ送りづらい。
そこで、魔王が取った行動は……。
しばらくして、城から魔法の球体が出て行った。
中にはダンゴムシのように丸くなったネガティブな勇者が入っていた。
ディンフルは、彼を故郷へ送り返したのだ。
「丸くなっているところを蹴飛ばしてもよかったが、より面倒くさくなりそうなのでな……」
再び王の間で一人になったディンフルは、大きなため息をついた。
「先ほどよりも疲れたぞ……。何故、魔王の私が勇者を励まさねばならぬ?!」
ディンフルは水晶玉に話しかけ、サーヴラスへコーヒーを持って来るように頼んだ。
◇
サーヴラスはコーヒーを持って来ると、すぐに王の間を出て行った。
ディンフルは好物のコーヒーを飲み、少しだけリラックスできた。
「……さすがに、あの類はもう来ないだろう。いや、来ないでほしい……」
しばらく一息ついていると、水晶玉から声がした。
「ディンフル様、勇者が……」
そこまで言うと、水晶玉の向こうのサーヴラスは言葉を詰まらせた。
「勇者が、どうした?」
「き、来たのですが……」
サーヴラスの様子が明らかにおかしい。
もうイヤな予感がしたディンフルは、勇者が来る前に先手を打った。
「変な相手なら、今すぐ帰せ」
「も、申し訳ありません。私も他の部下も、お引き取り願ったのですが、どんどん先へ進んでしまって……」
勇者相手に「お引き取り願う」という言葉を使う者は初めてだ。
ディンフルはうなりながらも、水晶玉の通信を切った。
「サーヴラスも他の奴らも、私に最終処理を押しつけているのだろう。まったく! 私を何だと思っている?!」
不満をぶちまけるディンフル。
コーヒーを飲み終わったカップを玉座の横のテーブルに置いたところで、王の間の扉がノックされた。
「来たか……。入って来い!」
ディンフルが扉越しに言うが、相手から返事はなく、代わりに再び扉をノックする音がした。
「聞こえなかったのか? 入って来いと言っているだろう!」
だが、扉はまたしてもノックされた。
自分で開ける気はないらしい。
「それでも勇者か……? 仕方あるまい!」
ディンフルが指を鳴らすと、扉は重い音を立てながら両開きに動いた。
扉の向こうを見たディンフルは、息をのんだ。
何故ならやって来たのは、はげ頭に杖をつき、目もぼんやりとしている老人だったからだ。
「はぁ?!」
さすがに、声を上げずにいられなかった。
ここは、ラスボスの魔王の城。
こんなところに、杖をついた老人がヨボヨボ歩きでやって来るなど、前代未聞だった。
「ど、どうやって来た……? ここまでの部下は、どう処理したのだ?」
ディンフルが尋ねるが、老人は「はぁ?」と耳の横に手を当て、しっかりと耳をすました。
聴力が怪しいようだ。
「こ・こ・へ・は・ど・う・や・っ・て・来・た?!」
ディンフルは声を大きく、ゆっくりのテンポで老人へ再度聞いた。
「わ、わしの恋愛歴を聞きたいのか?!」
「そんなことは言っておらぬ! 誰が興味を持つのだ、貴様の恋愛などに!」
老人は再び耳をすました。
「何じゃ……わしのばあさんが作ったクッキーが食べたいのか?」
「それも言っておらぬし、食べたくはない!」
「今日、ばあさんはおらんぞ。何せ、『勇者を討伐に行く』とか言っておってのう……」
「勇者を討伐……? 逆ではないのか? 勇者ではなく、魔王を討伐するのだろう? それにしても、元気なばあさんだな……」
すると、ここで老人は何かを思い出した。
「あぁ……ばあさんは五年前に死んだんじゃった」
ディンフルは思わず、玉座からひっくり返った。
「すまんのう。ばあさん特製のハンバーグカレーをごちそうできんで……」
「先ほど、クッキーと言っていなかったか……?」
ディンフルは立ち上がる元気もなかった。
戦う前から体力を消耗したのは、生まれて初めてだった。
「……さ、さて、魔王よ、覚悟……」
老人は急に気を取り直すと、杖を構えようとした。
ところが、杖を持ち上げようとした途端、支えを失って倒れそうになった。
すかさず、ディンフルが老人の前まで移動し、その体を支えた。
「すまんのう……」
「杖を取ったら倒れるに決まっているだろう! 剣はどうした? 聞いても無駄かもしれんが……」
「……何? わしの学歴? わしは数十年前に学校を卒業しておるぞ」
老人が答えたすぐ後、彼の体が魔法の球体に包まれ、そのまま城から出て行った。
最後まで老人は、何が起こったのかすらわかっていなかった。
一人になると、ディンフルは水晶玉へ声をかけた。
「何故、あんな年寄りを寄越した?!」
「も、申し訳ありません。止めたのですが、どんどん先へ進んでしまって……」
サーヴラスが謝るが、よく考えたところ、ディンフルはあることに気がついた。
耳が遠く、マイペースに振る舞うあの老人なら、誰が止めても聞かずに先へ進むだろうと。
(あのジジイなら、聞かぬだろう。……いや、『聞けぬ』と言った方がいいか)
「……とにかくだな、困った奴を私へ回さないでくれ。最終処理係ではないのだぞ」
「でも、ディンフル様は魔王ですよね?」
サーヴラスは今度は謝るどころか、冷静な口調で聞いてきた。
「……それが何か?」
「城に来た者の対応は、一番偉い方がすると思うのですが。例えば、レストランで料理に虫が入っていたとしますね? その場合、クレームは従業員だけでなく、最終的には店長が受けて、謝罪するべきだと思うんですよ」
「……つまり、私が店長ということか?」
「そういうことですね。だから、我々が困った相手の最終処理は、ディンフル様しかできないってことです」
そう言うと、水晶玉の輝きが消えた。
サーヴラス側から通信が切れたのだ。
ディンフルはどうも腑に落ちなかった。
「確かに、この城で一番強いのは私だ。だからと言って、最終処理を任されても困る……。そもそも、明らかに戦う気のない女集団、すぐに諦める勇者はもちろん、杖をついた老人など、魔王戦に向いていないだろう! その時点で帰すという発想はないのか、あいつらは?! やはり、あとで説教だ!!」
この後、部下たちが集められ、説教されたのは言うまでもなかった。
ディンフルは、この時はまだ知らなかった。
近いうちに、自身と運命を共にすることになる勇者一行がやって来ることを……。
(完)
一風変わった勇者たちに振り回される魔王の話は、いかがでしたか?
魔王・ディンフルが振り回されつつも、シリアスに戦う「ラスボスと空想好きのユア」シリーズも、どうぞよろしくお願いします。
セルフチェックはしておりますが、誤字脱字や言葉の使い方を間違えていることがあります。
もし気付きましたら、ご指摘をお願いいたします。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!




