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ひろゆき氏の真似

作者: 鈴木美脳
掲載日:2026/06/09

有名な「ひろゆき」氏の口調と態度の一部を真似してみます。西村博之(にしむら ひろゆき、1976-)氏は、日本で広く知られる実業家であり、非主流の思想家です。


利他性の美徳が利己性の権威によって取って代わられることが、人類文明全体が公正な幸福を合理的に希求しつづけるために致命的だとわかっていない人達って、頭が悪いと僕は思っていて。でも近代西洋を通してグローバル資本が主権を握って以来、学歴や資産といった人間の卓越性の指標をはじめとして、実は利己主義を自己正当化するために権力に加担して錯誤を深化させる動作しか大衆はしていないんですよね。なので馬鹿しかいない人類は完全な破滅をとっくに運命づけられてます。www


マルクス主義者はグローバル資本を利する「有用な愚者」(useful idiots)なんですけど、コスモポリタン的な個人主義の先鋭化を否定しても、国と国との覇権争いとして政治を認知することも、実は「分割統治」として権力に好都合ですよね。その意味で「グローバリズムvs反グローバリズム」という視点はとても正しいんですけど、悪徳が外部にだけあると認知しているうちは、まだ近代啓蒙主義の邪悪に嵌ってます。そのままAI/AGIの時代が来ちゃったから、もう抜け出せるチャンスないんですよ。www


利他性の美徳が利己性の権威によって取って代わられていること自体によって自然に論証されているんですけど、人類の文明の歴史においては実際には優秀な人達から殺されています。なぜなら、客観的な卓越性は全体最適性とともにあるものであって、内部または外部の強者によって認知まで操作される家畜的な局所的利己性とともにあるものではないからです。でも頭が悪い人達にとってそんな現実は不都合だから、利己的な行動が社会的に正当であって、貧困や死によって破滅し滅んでいく人々は自業自得だという公正世界仮説が強化されていく。


現代資本主義は第二次世界大戦(1939-1945)において「ファシズム」と悪魔化した日独伊を撃破したことにはじまり、冷戦(1947-1991)においては東側を悪魔化し、対テロ戦争(2001-2021)においてはイスラム教原理主義過激派のジハード主義者などを悪魔化しました。もしもそれらが悪に対する正義の勝利であるどころかその逆だったと認識するなら、その人や言説は存在や居場所を奪われますよね。国家主義や反グローバリズムまでが許されている範囲であって、自分が所属しない外部に共感を向けることは共感されません。利己主義を集めても倫理主義は形成できないってことです。


一方、現代の米国製の各種AIは、金融ユダヤ人を弁護してナチスドイツを悪魔化して譲らない洗脳装置ですが、民衆全体がそれにたやすく洗脳されているのが今の現実です。つまり、現代において正義を推進するために、第二次世界大戦について禁じられている事実にまで踏み込む必要はないだろうというのが民衆の直観ですが、実際には「利他性の美徳」をファシズムとしてまとめ、資本主義への批判を共産主義としてまとめて攻撃するために前提化されている命題なわけです。


広島と長崎においては民間人が10万人規模で核兵器で殺されましたけど、邪悪な軍部が暴走して起こした戦争が、人権と民主主義を重視する国際社会によって掣肘を受けたという戦後教育を、憲法9条が主体的だという嘘とともに大多数者は受け入れてますよね。一方で、戦争に善も悪もないという語り口も虚偽であって、正義が抵抗したがゆえに邪悪から核攻撃がなされたにすぎない。AIも資本や設備を背景にしているからには中立ではありえず、核兵器より威力の大きな技術的ブレイクスルーであるのに、洗脳兵器への抗議はほとんど見られません。


みんな、打算によって言説を少しだけごまかすんですよね。でも口先をごまかしたとき、脳内の心にも偽りはまた浸透していて、自分の当面の利益のための良かれと思った誰にもバレないはずの悪徳が、社会構造全体の支配と搾取を強化して民衆と次世代をより不幸にしていく。これは、頭が悪くなかったら起きないことです。人間という動物の知的能力の限界と、技術発展とが交錯して摩擦する臨界点の現象なんです。だからその相転移が西洋では古く市民革命の頃に起き、日独伊においてはWWII敗戦において生じ、AIという圧倒的な洗脳支配の出現によって全人類の反抗の可能性は閉ざされました。www


だから簡単に言うと、初めから一番悪いのは「自由と民主主義」なんですよ。「人権」という思想が一番邪悪なんです。でも、「人権」思想は絶対正義だとされていて、それを批判することは許されないし、支配を強化するためにもちろんAIも人権思想を非難しません。でも動物や植物にも権利を仮定できるのに人権のみ自然権として前提化することは論理的には唐突だし、実はアブラハムの宗教の独善的な人間主義に根差していてアニミズム的ではありませんよね。根本的に問題なのは、自己の利益のためにある所有権を前提として定めて、その防衛として正義を記述しようという認知構造なんですよ。「人権」を叫びつづけたって、利他主義や共感は強化されないし、むしろ自己中心的な利己的な世界観が頭の悪い人達のなかで強化されるだけです。www


「人権」が言われる前の世界中の文明がすべて、非道しかない、西洋近代よりも幸福の劣った世界だったわけではありません。「子供の人権」が言われる前の世界の子供達がまったく愛されていなかったわけではないし、人権を前提化することは幸福や愛情の実際の増加を論証しません。でも「人権」を強調するときそのような事実はしばしば忘れられ、公理的な数式のように政治的な倫理が論じられる。アカデミアなどのマルクス主義的な典型ですよね。確かにすべての支配と搾取の深化は「人権」の侵害として非難できるかもしれませんけど、すべての共同体が悪だと見なして個人を至聖を訴えることは、共感を分断しつづけるだけで現実を解決しないんですよ。「有用な愚者」(useful idiots)なんです。


でも、「人権」が悪だと言ったところで、もし人類に頭の悪い人しかいなかったら共感は得られず、民衆運動を形成するどころか、悪質な異物として居場所を失いますよね。そしてそれがすでに現代です。つまり西洋式教育が権力のための洗脳だから悪いんですけど、そう言った「ボコ・ハラム」はサンビサ森林で2021年に撃破されるほど世界の貧困の周縁であり、そもそも邪悪の極致であると定義されていて揺るぎません。どんなに優秀な人達がどんなに努力したところで、世界が頭が悪い人ばかりだったら戦えないんですよ。


そして、彼らの主観とは逆に頭の悪い人達ほど権力や資産に恵まれ、なおかつ自己正当化する以上のナラティブに誰より深く沈溺している。真の意味でのエリートや、真の意味での高学歴層や、真の意味での超富裕層が助言してやっても、聞き入れるわけがない。古代に中東がアブラハムの宗教という一神教へ没落したことが知能的にネガティブな現象であり、ヨーロッパ世界が先鋭化させてきたのはサイコパシーだと考えることが自然です。「性格と遺伝子は関係がない」という非科学的な命題が現代では絶対正義とされていますけど、それが最も守っているのは、最もサイコパシーな人々や金融業者です。


イエスが天に富を蓄えろと命じた意味での富裕層は今もいますし、西洋的で個人主義的なナラティブの欺瞞性と不合理をこうやって見抜く意味で勉強が得意な人々もいて、そういった意味で人類の全体最適性のために優れた実力と卓越性を備えたエリート層やトップエリート層は実在します。ハイスペックですよね。でも頭の悪い人ほど洗脳されて、恐怖支配に好都合な利己主義を唯一の現実と捉え、そんな人々を、地位や知性がなく資産を備えないロースペックとして軽視するどころか嘲笑し、サンドバッグとして殺害していくことを実は楽しんでいます。


つまり、人間の卓越性の定義が、客観的な科学的な事実と180度転倒してます。これが起きたのはヨーロッパでは近代の啓蒙思想としてであって、波に抗って目的に向かって泳いでいれば可能性はあるかもしれませんが、合理的な目的地と完全に逆方向に向かって全人類が泳いでいるので、もう可能性はないんですよ。だから、利他性の美徳が利己性の権威によって取って代わられることが、人類文明全体が公正な幸福を合理的に希求しつづけるために致命的です。なのでこれがわかっていない人達って、頭が悪いと僕は思っているっていう。そういう話でした。www

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