五
「忌み子のくせに生意気な!」
「姑息な手を使わず正々堂々戦えないのか!」
残った騎士の罵倒にエガルトの意識が現在へと引き戻される。
鉄仮面の下で視界の邪魔をする汗を煩わしく感じながら、エガルトは視線を右手側にある扉に向けた。
『綺麗!』
いつの日かの少女の言葉がよみがえる。エガルトの意識は目の前の騎士たちにはない。扉の向こうの宝箱に隠した真の宝物をいかに国家権力から守り抜くか。それしか頭にない。差別されようと口汚く罵られようと知った事ではなかった。
「おい、聞いているのか!」
口以外は動かせなくなった騎士たちの後ろで、オリゾンは訝しげに眉をひそめていた。
エガルトの実力は誰よりも知っている。一度に襲いかかれる人数が限定されるこの通路であれば、オリゾン以外の騎士が彼に勝てるとは思っていない。
だから目の前で起きた結果に驚きはなかった。
彼が違和感を覚えたのは、エガルトが反撃したことだ。
彼の目的は時間を稼ぐことだと思っていたから。
だからこそオリゾンは部下たちの主張を受け入れたのだ。彼がエガルトと戦えば、たとえ長引かせても決着をつけることになってしまう。決着がつけばオリゾンは不本意でも彼らの宝物を捕えに向かわねばならない。
エガルトもそれは承知していたはず。他の騎士を倒し、オリゾンを引っ張りだすよりも、力量の劣る騎士たちに対し防御に徹した方が時間を稼げるのは明らかだ。
オリゾンは友の真意を見抜こうと、鋭い視線をエガルトの表情を押し隠す鉄仮面へと向ける。
するとほんの少し、本当にわずかではあった兜が動く。その先には扉があった。あの先は元は兵士の待機所。今は荷物置き場になっていると、エガルトが話していたのを覚えている。
オリゾンの思考が、ひとつの結論にたどり着き、その眉が大きく持ち上がった。
友人の行動の指針はひとつだけ。
オリゾンの意識が友と袂を分かった一週間前へと飛ぶ。
「侯爵の死には不審なところがありすぎる。ご子息がなにか怪しい動きはしていなかったか?」
人の目を避けるように、深夜エガルトの小屋を訪れたオリゾンの問いに、エガルトは力なく首を振る。
オリゾンの目の下に隈が見てとれた。ここ数日ほとんど眠れていないのだ。
エガルトは彼にベッドに座るよう促すと、重々しく口を開く。
「俺は屋敷の中にまでは入れない。使用人と話す機会はあったが、すでにご子息が当主として振る舞っているということしか聞いていないな。お嬢も部屋から出ていないようだ」
彼の言葉にオリゾンは頭を抱える。
「あの人、いやあの男には黒い噂が絶えない。実は侯爵からもあの男が陰で何をしているか、探るように指示を受けていたんだ。だいぶその動向を掴めたが、報告する前に侯爵が亡くなられた。それも家族から病死と報告されただけ」
顔をあげたオリゾンは縋り付くようにエガルトのように服の裾を掴む。
「正直に答えて欲しい。お前から見て侯爵は体調を崩しているように見えたか?」
エガルトは今度は黙って首を横に振る。
「エガルト、私と一緒に来てほしい。あの男は国を売り渡すために動いている。侯爵の意思を守るために力を貸してくれ」
オリゾンの手に力が入るが、険しい顔のままエガルトは首を横に振った。
「俺はお嬢を守る。それが侯爵の願いでもあり、俺の意思だ」
目を見開いたオリゾンだったが、表情がふっと緩み、彼の手がエガルトから離れる。
「そうだったな。お前は侯爵とお嬢様の盾だ。侯爵の意思を継ぎ剣となるのは俺の役目」
目に光の戻ったオリゾンは立ちあがり、外へと続く扉の取っ手を掴む。
「エガルト、一週間だ。私は一週間で国家反逆罪の証拠を揃え、奴を逮捕してみせる。おそらくは屋敷へと踏み込む事になるだろう」
彼は大きく息を吐きだす。
「国家反逆罪への罰は、一族全員の処刑だ。かばった者も同罪に処される」
「……承知の上だ」
「……お前ならそういうと思ったよ」
オリゾンは何故か安心したような声音でそう言うと、決心を固めたかのように扉をあけた。
「もういい、お前たちはさがれ。私が相手をする」
オリゾンが再び大剣を抜きはなつ。
狭く薄暗い廊下に立ちふさがる友は、一週間前の言葉を守ろうとしている。
であれば、オリゾンもまたその意思に応えるのみ。
ふたりの騎士が困惑したように振り返るが、彼の決意を固めた表情を見て同時に息を呑むと、素直に後方に下がった。
オリゾンが前に出るのにあわせ、邪魔にならないように騎馬たちや他の騎士たちと一緒に、後方にさがる。
黙って彼らの動きを見つめていたエガルトが、床に根を生やそうとするかのように腰を落とし、盾を構えなおす。
ついにこの時が来た。
わかっていたことだ。
侯爵一家が自身の提案した道程で国外逃亡を図ることも、友に剣を向けられることも。
しかし、たったひとつ想定外が、エガルトの頭と心を悩ませた。
エガルトはオリゾンの動きに注視しつつも、もう一度彼の右手に見える扉に意識を向ける。
本来であればラピスは反逆罪の一族として、砦の先にある大河を船で渡り他国へと逃亡を図る予定であった。
つまりエガルトの当初の目的は、彼らが川を渡れる準備をするための時間稼ぎ。
だからこそ、ひとりしか通れないように通路を狭くし罠まで仕掛けた。
だがエガルトが守るべき本来の対象が、彼の目を盗んで砦に残ってしまう。
彼女が国外へ逃げないのならば、運を天に任せ、侯爵が懇意にしていた修道院に、彼女を預けた方がよかった。
オリゾンも本命さえ捕縛すれば、教会にまで追及の手を伸ばしたりはしないだろう。
騎士団といえども強い理由がなければ、教会を敵にまわすのは控えるはずだ。
「いくぞ」
エガルトの思考をオリゾンは短い言葉で断ち切る。
一気に距離をつめ、上段から大剣を振りおろす。エガルトはそれを右の大盾で受け止める。
これまでの騎士の剣とはその重みが違う。もう一方の盾で殴りつける動作がこれまでよりも遅れる。
オリゾンはすぐに一歩さがり、大剣を片手で横に振るい、せまっていた大盾をはね返す。すぐに大剣を両手で持ち直し、首元へと叩きこむ。比較的厚みの薄い首の部分の金属が根元の部分から折れた。
首の一部が露わになったが、幸い刃はそこまでは届かなかったが、エガルトはうめき声をあげ膝をつく。右の大盾を支えにしていなければその場に倒れてしまっていたかもしれない。
そんな彼の姿にオリゾンの背後から歓声があがる。自分たちを率いる若き騎士団長の圧倒的な強さに、安心したのだろう。自分たちの任務が、急ぐべきものだというのも頭から離れているようだ。
オリゾンは歓声を気にした様子もなく、無表情のままトドメをさすべく大剣を振りあげる。
首に残る痛みをこらえながら、エガルトはオリゾンの足めがけて左の大盾を振るう。オリゾンは大きく飛びのき距離を置いた。
空を切った大盾はエガルトの手を離れ、部屋に続く扉にぶつかり派手な音をたてて床に落ちる。
鉄仮面の隙間から見えた友の視線が一瞬ではあったが、転がる盾ではなく、扉に向けられたのをオリゾンは確かに見た。
大剣を顔の前に引き戻し、友の真意を探るべく言葉をつむぐ。
「これまで私の稽古相手を務めてきた褒美だ。道を譲ればお前の命は助けてやってもいい。国には忌み子の命を絶てば不幸が国を襲うと信じている者もいるしな」
しかしエガルトは返答せず、表情も鉄仮面に隠れわからない。
一枚となった大盾をしっかりと持ち直し、オリゾンに向かい合うのみだ。
命ある限りここを守り抜く意思表示。実に友らしい態度といえる。
しかし、自ら攻撃をしたという事実。一瞬とはいえ扉に向けられた視線。
明らかな違和感に、オリゾンはおおよその事情を把握する。
だがオリゾンとて余裕があるわけではない。彼にとって侯爵の息子は、恩ある侯爵の仇であり、国を売ろうとした裏切り者。逃がす訳にはいかなかった。
「おおおおお!」
自身の迷いをすべてを吹き飛ばすかのように、吠えたオリゾンが距離を詰め、またもや上段から大剣をふりおろす。エガルトも再び大盾でそれを受けた――かに思われたが、甲高い音をたてて大剣とぶつかり合った大盾はそのまま床に叩きつけられた。予想外の事にオリゾンが驚く。その彼の顎に掌底が叩きこまれる。
大剣こそ手放さなかったが、大きくよろめく。
「あああああ!」
エガルトが断末魔のような咆哮をあげ、盾を拾うことなく拳を振り上げる。
オリゾンは揺れる視界を強い意志で押さえつけ、大剣を水平にかまえた。
そのままエガルトの咆哮に引き寄せられるように、一直線に彼へと突進する。
大剣はエガルトに受けとめられるように、下腹部の鉄の厚みが薄い場所へと吸い込まれていく。
彼は悲鳴すらあげずに大剣の柄を握るオリゾンの手を掴む。
鉄仮面の奥の瞳が真っ直ぐに彼の視線と重なりあう。
オリゾンが弾かれたように大剣から手を放す。
するとエガルトは大剣を抱え込むようにするとしながらふらつく。
そのまま扉に強くぶつかると、力尽きたのか崩れ落ちた。
騎士たちから再び歓声があがる。
オリゾンは荒く息をつきながら、ピクリとも動かなくなった友を見つめた。
騎士のひとりがとどめを刺そうとでも思ったのか、剣を抜いてエガルトに近づこうとする。
オリゾンはそれを手をあげ押しとどめた。
「レット、負傷した団員と馬を連れ王都に戻れ。ここには忌み子が長年通っていたと聞く。穢れていて治療にはむかない。それからトリーブ殿をこちらによこしてくれ。彼に捕縛隊をまかせる。年長者はたてねばならん。私は関所を清めてからあとを追う」
名前を呼ばれて騎士は、少し不思議そうに首をかしげたが、信頼する騎士団長の言葉に逆らうことはなく、自分を含めて負傷した騎士を引きつれ北門へ戻っていく。
入れ替わりでやってきたトリーブは、罪人一族の捕縛を任せられると知り、意気揚々と動ける者たちを引きつれ南門を抜けていった。
ひとり残されたオリゾンは、すでに冷たくなったエガルトの体から大剣を引き抜き鉄仮面をはずすと、彼を丁寧に抱きかかえ扉の前からどけ床へ横たえる。
「エガルト、少しだけ貰い受けるぞ」
悲しそうに呟き、懐からナイフを取り出しエガルトの緑髪を切り取ると、その内の一本で他の髪を束ねる。
それをしっかりと握りしめ、オリゾンは扉をあけ部屋へと入っていく。
かつては休憩所であった、その部屋に保管されていたものは、通路を狭めるために使われたらしく、部屋に残っているのは大きめの木箱がひとつだけ。
他の道具を運び出すときにでもぶつかったのか、木箱のふたが少しずれている。
彼はふたをきちんと箱に重ねると箱の上に腰をおろす。友の意思を無碍にした存在を怒鳴りつけてやりたい気持ちもないではなかったが、彼女にとってエガルトが特別な存在であることも知っていた。
オリゾンは自身の気持ちと一緒に大きく息を吸い込むと、ゆっくりと語りだす。
「エガルトは死んだ。これで売国奴たちの捕縛を邪魔する者はいない」
箱が少し揺れた気がしたが、気のせいだと彼は片づける。
「川の手前の街で売国奴たちは捕縛されるだろう。今日はそこで宿をとり明日王都へ連行する。私は命懸けで、私の立場も守ってくれた友を、北門の前に弔い皆を追う。近くの村の者に手を借りねばならないから、おそらく四時間はかかるだろう」
彼は顎をさすりながら言葉を続けた。
「彼らもバカな選択をしたものだ。北門から少し戻り東に向かえば、侯爵が懇意にしていた修道院がある。侯爵に愛されていた者なら、力にもなってくれたろうに。もっとも私も知っていることだから、エガルトも力を借りなかったのかもしれないがな」
言葉を切ったオリゾンは立ちあがり、箱の前に先程切り取ったエガルトの緑髪を置く。
「友は大切なものを守るために命を懸けた。彼が守ったものが、無駄に消えぬことを祈る」
そう言い残し、オリゾンはエガルトを抱きかかえ北門へと向かう。
近隣住民の手を借り、エガルトの亡骸を北門の前に埋葬した。
埋葬場所に彼を守らせるように重鎧を置いたオリゾンは、黙祷し語りかける。
「すまない、エガルト。私にできるのはここまでだ。だがきっと大丈夫だ。彼女とて侯爵とお前の意思を継ぎし者。きっと自分の道を歩んでくれる」
目を開けた彼は唇を固く結び、友の形見となった鉄仮面をしっかりとかぶる。
「いつか俺も逝く。また会おう、友よ」
愛馬にまたがった彼は未練を断ち切るように、関所の中へと愛馬を走らせた。
オリゾンが関所から立ち去った数時間後。すでに日は沈み関所がかつての静けさを取り戻した頃。
北門から緑の髪の束を手にしたラピスが姿を見せる。彼女はエガルトの鎧の前に跪く。
これまで我慢したぶんだけ、声をあげて泣きじゃくる。
「エガルトのバカ! エガルトのバカ! エガルトのバカーッ!」
しばらくして、しっかりと握りしめた拳で涙を拭い、彼女は立ちあがる。
「行かなきゃ……生きなきゃ」
関所からでたラピスの手に握られる緑色の髪は、月光をあび、彼女に祝福をあたえるかのようにきらりと輝いた。




