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我が身を盾にかえて  作者: 戸部光春
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 エガルトが守るべき相手と初めて引き合わされたのは、彼が侯爵に拾われてから五年たったある日のこと。

 身長だけなら侯爵より高くなったエガルトが、騎士団に届いた騎馬用の飼葉を納屋に運び入れている最中だった。

 片足に少女をしがみつかせた侯爵が、神妙な顔つきで彼を呼び止める。


「お前に頼みがあってな。少し時間をもらえるか?」


 エガルトは黙って頷く。彼が疎まれながらも騎士見習いとして騎士団にいられるのは侯爵のおかげだ。その侯爵から頼みがあると言われれば彼に嫌はない。

 侯爵は足にしがみついていた少女の背中を押す。

 少女少しばかり顔を伏せながらも、促されるまま前に出た。


「わしの孫娘のラピスだ。お前、すまんがこの子を守ってやってくれんか。少し訳ありの娘でな。他の者には頼めん」


 思わぬ依頼にエガルトは目を丸くする。


「オリゾンはどうしたのですか?」


 命の恩人であり、武芸の師でもある侯爵の頼みを断るつもりなど彼にはない。ただ自身が子守に向いているとは思えなかった。

 なにせエガルトは忌み子として騎士団の中でも外でも疎まれている。侯爵の孫娘とはいえ、彼と一緒にいてはどんな中傷をうけるかわかったものではない。

 少女をそんな世間の悪意からも守るならば、エガルトの唯一の友人であり、彼と同じく侯爵の弟子でもあるオリゾンのほうが向いているだろう。


「あやつは個人よりも集団を守るのに向いた男だ。だから騎士団を背負ってもらう」


 侯爵の言葉に、エガルトは納得しうなずく。なるほどたしかに友は、侯爵同様、個よりも衆を守るべき男かもしれない。

 それならばオリゾンが騎士団に専念できるよう、それ以外は自分が守る。エガルトの瞳にしっかりとした意思がやどり、侯爵の目じりがさがった。


「それにしても、三人目のお孫さんがいらっしゃるとは知りませんでした」


 侯爵は困ったように頭をかく。


「わしも最近知ったのだ。馬鹿息子が外でつくっておったのを突然連れてきおっての。むろん、わしにとっては初めての可愛い孫娘だ。わしが守ってやれればよいのだが、仕事で屋敷にはあまりおれぬし、馬鹿息子はこの子の立場など気にもとめん。他の者たちが、わしのいないあいだに、この子に危害をくわえる可能性もあるでな」


 苦々しげに口をへの字に曲げる。


「それでもこの子の母親がなくなって、すぐにウチへ連れ来ただけ、あの馬鹿息子にしては上出来よ」


 慈しむように少女の頭をなでる。

 詳しいことを自分から聞くことはできないが、それでも目の前の少女が自分と同じように、周囲から疎まれていることはわかった。


「初めまして、エガルトです。えーと……」


 両膝を床につきラピスの視線の高さにあわせていた彼は、困ったように侯爵を見あげる。


「ふたりでおる時には好きに呼べばよい。誰かいる時は『様』でもつければよかろう」


 エガルトは侯爵の言葉をかみしめるように目を閉じ、再度うなずく。

 俯きながらも上目づかいでこちらを窺う少女に、出来る限りの笑顔を向ける。

 しかし普段から笑う事になれていないので、上手く笑えている気がしない。

 それを証明するように、彼女の表情は硬いまま。

 そもそも緑髪の人間を見るなど初めてであろう。泣かれないだけマシと考えるべきかもしれない。

 なんとか場を和ませようと、エガルトは必死に少女に声をかける。


「俺にできることがあればなんでも言ってください、お嬢様」


 ステラは不安そうに侯爵の顔を見あげた。彼は孫娘を安心させるように微笑みながらうなずく。

 その笑みに押されたように少女はエガルトに視線を戻す。


「……『様』いらない」


 唇を尖らせて言う少女の姿に、堅かったエガルトの笑みが崩れた。


「すまない、お嬢」

「お嬢?」


 本当に『様』を抜いただけの彼の返答に困惑したのか、ステラの目が泳ぐ。


「……お嬢、お嬢、お嬢、お嬢」


 彼女はまるで自身の心の中に溶かし込むように何度も呟く。

 そんなステラを微笑ましそうに見つめていた侯爵が、彼女をひょいと持ち上げ、かがんでいたエガルトのうなじに乗せた。侯爵の意図を察した彼は、ステラの足をしっかりと押さえ立ちあがる。

 

「すごい! おじいさまより高い!」


 侯爵よりも背の高くなった彼女がはしゃいだ声をあげ、パシパシとエガルトの頭をたたく。

 彼は気にした様子もなく、穏やかな表情のままステラの行動を受け入れていた。


「それに綺麗!」


 陽の光をあびキラキラと輝く緑の髪を愛おしそうに撫でる。

 屋敷では見ることのできなかった孫娘の笑顔と、珍しく表情の柔らかい弟子の様子に、侯爵も嬉しそうに笑い、穏やかな時間が流れた。

 こうして彼が守るべきものを与えられた五年後。

 結局、正式な騎士団員入りの許可がおりなかったエガルトは、騎士団見習いの地位を放棄し侯爵家の私兵として、これまで寝泊りしていた騎士団の宿舎からでることとなった。

 騎士団見習い最後の日。すでに期待の若手騎士との名声を得ていたオリゾンから、ふたりで最後の鍛錬をしようと誘われたのだ。


「なんだ、その鎧と仮面は?」


 全身鎧と顔全体を覆う鉄仮面を着用したエガルトに、オリゾンは眉をひそめてたずねた。


「これからはお嬢のお供で街にでることもある。忌み子の怨念が広がるのを防ぐ名目で、侯爵様より賜った」


 エガルトの返答にオリゾンは悲しそうにため息をつく。根深い差別意識に気が遠くなりそうになる。

 もっともエガルトにとっては、これまで緑髪で避けられていたのが、鎧で避けられることにかわっただけ。


「そんなことより、今日から鍛錬も木剣は使わなくていいぞ。俺も鉄製の大盾を使う」


 オリゾンの顔が少しばかりほころぶ。


「なるほど。より実践に近い鍛錬ができるということか。だが動けるのか? 木製の大盾だけでも苦労していただろう?」


 エガルトがぎくしゃくとした動きで、二枚の大盾を自身の正面に持ってくるのを見ながら彼は心配そうに聞く。


「俺の役目はお嬢を守ることだ。素早く動きまわる必要はない。お嬢に近づけさせない壁になればいいんだ。つきあえ」


 二枚の大盾を地面で支えながら前面に構え、腰を落とす。

 オリゾンが、今度は迷いなく笑う。


「いいだろう。だが、重装備でも油断していれば骨ぐらいは折れるぞ」


 背中の鞘から抜き取った大剣を上段にかまえ左足を一歩ふみだす。


「俺が敗れればお嬢の身に危険がおよぶ。常にそう思っている」

「わかっているならいい。何があっても、倒れてくれるなよ!」


 一気に間合いを詰めると同時に大剣が振りおろされる。

 その日は陽が落ちるまで金属がぶつかり合う音が訓練場に響き続けた。

 エガルトが騎士団宿舎をでて、侯爵家の裏庭にある小屋を与えられてすぐのこと。

 侯爵が騎士団を連れ他国との国境線に出向くことになる。


「このゴミめ! おじい様の温情でこの屋敷にいられるくせに、顔が生意気なんだよ!」


 成人したばかりに見える若者が裏庭の一角でステラを突き飛ばし、彼女は地面に倒れこむ。

 侯爵が屋敷にいない時はいつもこうだ。彼女が部屋から一歩でも出ると、家族の誰かがステラをイジメた。

 突き飛ばしてきた相手の父親でもあり、ステラの父でもある男が彼女を庇ったことはない。

 いじめに加わることはなかったが、家族がステラに何をしようと黙認している。彼の興味は侯爵家の財産を継ぐことと増やすことだけだ。

 彼女の母親がなくなったとき、父がステラを引き取ったのは、後々金になる相手に嫁がせる。ただそれだけのためだ。

 彼女は父に向けるべき怒りも、目の前の異母兄に向けてにらむ。


「だから顔が生意気だと言っているだろうが!」


 彼が拳を振り上げる。反射的に目をとじたステラだったが拳は彼女に届かない。


「侯爵からここには近づくなと言われているはずだが?」


 探していた声に、ステラは期待を胸にまぶたを持ち上げる。

 異母兄との間にエガルトが割り込んでいた。彼は鍛え上げられた胸板で異母兄の拳を受けとめている。

 彼が侯爵の家族に手をあげるようなことはない。だが、エガルトの鍛え上げられた巨躯は、彼の人となりを知らぬ者たちにとって、忌み子呼ばれる要因たる緑髪とともに恐怖の対象でしかなかった。


「なっ、生意気をいうな! 居候のくせに!」


 強気の言葉と裏腹に、異母兄の声には明らかに怯えが混じる。


「別にあんたがここに来ようと俺はかまわん。だが忌み子の呪いで命を落としても知らんぞ。どんなに屋敷から出ることが少なかろうと、緑の忌み子の噂くらいは聞いたことがあるだろう?」


 すでに王都全体に広まっている噂を口にする。

 異母兄は青ざめ、慌てて彼との距離をとった。

 踵をかえすと、ふたりに聞こえるように捨て台詞を吐く。


「くそっ、なんでおじい様はこんな疫病神どもを屋敷に置いておくのだ!」


 遠ざかっていく背中にあかんべえをしてみせるステラ。彼女の頭にエガルトの大きな手が乗せられる。


「ずっと部屋にいるのは飽きたか」


 彼女は頭の上の彼の手が離れてしまわぬように、両手で押さえうなずく。

 エガルトは困ったように眉をひそめた。


「騎士団の詰所に行こう。留守番役の爺様たちがいるはずだ。彼らはお嬢のことが好きだからな。昔話を沢山してくれよう。たぶん昼飯も食わせてくれる」

「でもあの人たちエガルトをイジメる」


 ステラが心配そうに顔をあげるが、エガルトは心配ないと首を横に振った。しかしながらその表情は硬い。上手く笑ってやれないことを申し訳なく思う。


「俺は鍛錬所で稽古をしている。帰るときにまた声をかけてくれればいい。口煩い連中は」


 彼女は彼の手を放し、代わりに彼の足にしがみつく。


「ありがとう、エガルト」


 エガルトはズボンに顔をうずめる少女に慈しむような視線を投げると、小さな肩に手を置く。


「鎧を着てくるからな。少し待っていてくれ」


 無言のまま離れようとしないステラに苦笑し、彼は彼女を足につけたまま、与えられた小屋へと入って行った。

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