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我が身を盾にかえて  作者: 戸部光春
3/5

 心が現在に戻って来たエガルトの前で、下馬したオリゾンが背中の鞘から大剣を引き抜く。

 さすがは侯爵の愛弟子。大剣をかまえるその姿は、エガルトを助け出した侯爵を彷彿とさせる。ただオリゾンの方が前団長である侯爵よりも若く、身体もひとまわり大きい。振り下ろされる大剣の一撃は、侯爵よりも破壊力があるだろう。

 実際にエガルトは彼との鍛錬で、二枚の大盾をまとめて弾き飛ばされたこともある。


「これは稽古じゃない、決着をつけよう」


 磨きあげられた鋼の大剣と傷だらけの大盾が向かい合う。

 厳かな静寂がこれから始まる激戦を予感させたが、ドタドタと無粋な足音がふたり間に割り込む。 


「団長、お待ちください。団長が直接手をくだすまでもありません! しかも相手は忌み子。どんな災いが降りかかるかわかりません。我々にお任せ下さい!」


 友人同士の真剣勝負に水を差したのは、エガルトにとっても顔なじみの若き騎士五名。

 騎士たちのうちふたりは、オリゾンの返事を待たずに振り返り、嫌悪とも恐怖ともとれる視線と剣をエガルトに向ける。

 エガルトは鉄仮面の下で目を細める。

 彼はこれまでの人生で気づいていた。彼らが向けてくる憎悪は、無知による恐怖であることを。

 この地域には緑色の髪の毛を持つものは少ない。相手が何かをしたから恐れるのではなく、自分と違うことがただただ恐ろしいのだ。

 憐れに思う。一度受け入れてさえしまえば、そんな恐怖に縛られることなどないものを。

 事実、侯爵もオリゾンも、あの小さなお嬢さえエガルトを恐れたりしない。

 かすかに震える騎士たちの指先を見つめる彼の視線に、憐憫の情が込められる。

 だが、憐れではあっても手心を加えるわけにはいかない。いまの彼には守るべきものがある。

 五人の騎士は狭い通路で、できる限り広がり、放射状にエガルトを囲もうとする。彼にとっては懐かしい光景。

 侯爵に拾われ騎士団預かりとなったころと同じだ。

 彼らのエガルトに対する評価は当時と変わっていない。常に『忌み子』という色眼鏡をかけ続けてきた。


「相手は武器も持ったことのないような忌み子ひとり。騎士団長の手を煩わせたとあれば我ら団員の恥。我らの剣で貴様を成敗する!」


 すでにエガルトに剣を向けていた者のひとりが、居丈高に叫ぶ。

 エガルトへの蔑視だけではない。彼らはすでにオリゾンとともに騎士としての経験を積んできている。妨害者ひとり排除するにも騎士団長のに任せなければいけないなど、彼らの誇りが許さないのであろう。

 さらにはオリゾンへの忠誠もある。騎士見習いのころから、彼はこうして仲間に囲まれていた。

 エガルトももし騎士団に所属できていれば、同じようにオリゾンのために死力を尽くしていたことだろう。

 彼にはそうさせるだけのカリスマがある。思慮深い優しさも。

 騎士団でまともに彼と接したのが、侯爵を除けば彼ひとりだったかこともそれを示していた。


「ここで手間取れば手間取るほど罪人を遠くへ逃がすことになる。わかっているのか?」

「わかっています!」


 オリゾンの問いに五人は間髪入れずに答えた。

 全員がオリゾンと同年代。子供の頃から彼の取り巻きとして、オリゾンが騎士団長になる後押しをした者たちだ。彼を慕う気持ちも強ければ、団長を支えていけると自信も持っている。 

 オリゾンの口角が、わずかにゆるんだ。


「いいだろう」


 彼は大剣を背中の鞘にもどすと、愛馬に寄りそった。

 そのあいだもエガルトは動かない。動く必要もない。

 騎士団がこの関所を通過するには、彼を廃除するのが一番効率的。

 通路の両脇に積み上げた道具の数々を排除しようとすれば、当然それはエガルトに対して無防備な姿をさらすことになる。誰かが彼と戦わなければならない。両隣で作業する者がいるなかでだ。どう考えてもエガルトの排除に集中する方が効率が良い。放っておけば相手がかかってくる。二枚の大盾を構える彼が自ら動く必要などない。

 オリゾンの許可を得た五人の騎士たちは、先遣隊と同じように、エガルトを包囲し長剣と小盾をかまえる。

 騎士団の標準装備だ。オリゾンの背後に待機する他の騎士もみな同じ装備だ。

 エガルトのように二枚の大盾を装備する者はもちろん、オリゾンのような大剣を用いる者もいない。

 エガルトが腰を落とし騎士団の攻撃に備える。

 彼の戦術は変わらない資材を積み上げつくった両脇の壁の間で待ち構える。

 五名の騎士を前にエガルトは大きく息を吐きだす。

 先遣隊は古株のトリーブが率いていたためか、比較的年齢が高めの者たちだったが、今度は心身ともに充実した若い世代。しかもオリゾンの親衛隊のような立場の者達だ。先程のように簡単にはあしらえないだろう。


「忌み子ひとり、すぐに排除してみせます」


 騎士のひとりが、床に転がる先遣隊の小盾を廊下の脇へと蹴り飛ばし、高らかに宣言した。

 本来であれば、エガルトにとってこの展開は望むところ。この限られた空間では、実力の突出したオリゾンひとりと戦うよりも、エガルトを見下している5人と戦う方がよっぽど楽だ。このまま彼らと互角の勝負を演じてみせ、時間を稼げればよかったのだから。

 しかし予定は崩れた。願わくば、彼らにはさっさと関所を通り抜けてほしい。国外へと逃亡するために、川沿いの街へと向かった元侯爵家の者たちの追跡をしてほしかった。

 この国が領土を広げ、すでに用途がなくなった関所に占領する価値も調査する価値もない。侯爵の命令でエガルトが、たまに清掃などの管理に来ていた以外は、近隣に住む国民さえ寄りつかない。騎士団が侯爵の息子たちを追えば、守るべき少女に逃げ出す機会が訪れる。

 彼女はこのまま大人しくしていてくれればいい。頭のよい子だ。いまさら彼女がでてきたところで、国家反逆罪の一族に加担した忌み子の助命など、できはしないことはわかっているはず。


「俺が片づける!」


 エガルトから見て左から二番目にいた騎士が、無策に長剣を突きだす。自身が色々考えているのに、相手はまったく考えもせずにひとりで挑んでくる。苛立ちを覚えた彼は、左の大盾で乱暴に長剣を弾き飛ばすと、右の大盾を体勢を崩した騎士に力任せに叩きつけた。


「うわっ!」


 正面の騎士が慌てて横に跳び、弾き飛ばされた仲間をよける。憐れな騎士はオリゾンの足もとまで転がった。

 オリゾンが他の四人の騎士と同じように、驚きの視線をエガルトに向ける。

 エガルトの力量は知っているであろうに、騎士のひとりが一撃で倒されたことが信じられないようで、彼の視線は騎士とエガルトの間を何度も行き来した。

 エガルトは彼の戸惑いに気づきながらも、なにも言わずに二枚の大盾をかまえ直す。滞在時間が長くなる選択をした騎士団に苛立ちは覚えるが、それを彼らに察せられては困るのだ。あくまで彼らにはエガルトの目的が時間稼ぎだと、思ってもらわなければならない。彼の排除が済めば速やかに通り抜けてもらいたいのだ。少女が逃げ出す時間を得るために。

 全身鎧と大盾二枚で身体も心も隠そうとするエガルトを前に、オリゾンは顎をさすりながら考え込む。

 やがて重々しく口を開いた。


「時間をかけるな。くだらないメンツに縛られて任務を失敗するつもりか。全員でかかれ」


 騎士団長の激に応え、四本の剣がエガルトに襲いかかる。

 だが、迫る刃が一本から四本に増えたところで彼に恐怖はない。

 側面は道具を積み重ねた壁、前面は二枚の大盾で防御。しかも全身鎧で体を守っている。守備に徹すれば時間を稼ぐのは容易だ。

 しかし心理的な余裕はない。どうしても彼の頭には守るべき少女の姿がよぎる。自分が死んだあとの彼女の未来が。

 エガルトは焦燥感を抱えたまま、先遣隊のときと同じように長剣をまとめて折ろうと、二枚の大盾の隙間に誘い込もうとする。

 だが彼らは国の中でも最強と言われる騎士団の主力。オリゾンの激でエガルトへの侮りを払拭されたいま、一筋縄ではいかない。

 長剣をそのまま突き出したのはひとり。正面のひとりはすぐさま体勢を低くし、持ち上げられた大盾の下から足首を刈り取ろうと長剣を横なぎに払い、ふたりは左右に別れ、積み上げられた道具の壁すれすれから鎧の隙間めがけて長剣を突きだす。

 だが突き出した先に鎧はなく、甲高い音をたてて仲間の剣と交差する。


「クソがっ!」


 騎士が、資材の壁で作られた狭い通路の奥へとさがったエガルトに悪態をつく。

 全身鎧に身を包み鈍重そうな彼は、誰もが驚く俊敏さで後ろに引いたのだ。道具の壁により、ひとりしか通れなくなった道へと入り込まれては、横からの攻撃は不可能。これではひとりずつ挑むしかない。

 彼らがそう思ったのも束の間、エガルトは両手に大盾をかまえ正面に突進する。

 不意を突かれた正面に立つふたりが、小盾をかまえる間もなく、先程の騎士と同じように弾き飛ばされた。

 エガルトはすぐさま狭くした通路の手前にもどり、自身の左右にそれぞれの大盾を音をたててかまえてみせる。

 左右の騎士たちは、視界からエガルトの姿が消え狼狽した。

 これでは剣が通らない。正面に戻るしかなくなる。

 だがそんなことをすれば仲間の二の舞。

 彼らはどうすれば良いか判断がつかず、身動きがとれなくなった。

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