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我が身を盾にかえて  作者: 戸部光春
2/5

 エガルトが、命の恩人でもある侯爵と出会ったのは、いまから十三年も前のことだ。

 国家転覆を企てたとされる宗教団体の隠れ家を、武勇の誉れ高い侯爵が率いる騎士団が急襲したときのこと。


「可能であれば生かして捕らえよ! 隠れ家がここだけとはかぎらんからな!」


 愚かにも歯向かってきた教団員を斬り捨てながら、黒髪に白いものが混ざり始めた侯爵が、声をはりあげる。


「団長、地下に子供がひとり監禁されていたのですが……」


 駆け寄って来た若き日のトリーブが、言い辛そうに報告する。


「何か問題でもあるのか」


 言葉を濁す部下に、侯爵は大剣を背中の鞘に戻しつつ問いただす。

 トリーブはとりあえずついてきてほしいと、彼を子供が監禁されている部屋へと連れて行く。


「なんなのだ、これは!」


 監禁部屋の床には魔方陣が描かれ、ひとりの少年がその中心に四肢を鎖に繋がれた状態で寝かされていた。


「捕らえた教団の者が忌み子と呼んでいました。山賊が呪われた村からさらったものを買いとったそうです。国民の悪意を集め閉じこめる器として使用していたとか……」


 トリーブは汚らわしいものを見るような視線を少年に向ける。髪の色が珍しい緑色だ。迷惑な役割を押しつけられたのは、きっとこの髪の色のせいだろう。


「この少年に悪意を集めて浄化するということか。なんともバカらしい迷信だな」

「ですがあの髪の色は異常です。穢れているに違いません。ここで処分するか、国外に追放するかしたほうがよいのでは?」


 侯爵はギロリとトリーブをにらむ。


「バカなことを言うな。この子供は騎士団で保護する」

「ですが、このような得体のしれぬ子供を保護するのは騎士団の評判にも関わるかと」

「騎士団は弱者を守るためにあると、何度も言っているではないか」


 そこまで言われても、トリーブは嫌悪に満ちた視線を少年に投げ続ける。

 侯爵の掲げる理念ではなく、騎士団の強さに憧れ入団した彼の心には、侯爵の言葉は届かない。


「騎士団は、あくまで弱き国民を守るべきものだと思います。忌み子と呼ばれるような気味の悪い子供を騎士団に迎えいれては、恐ろしい不幸が国民に降りかかるかもしれません」


 侯爵はつまらなさそうに鼻を鳴らす。


「そのようなことが起きないように騎士団で預かるのだ。国もこの子の将来も守る。それが我が騎士団の矜持である」

 そういって大剣を引き抜き、少年を拘束している鎖に振り下ろす。

 小さな部屋に自由の鈍い産声があがる。

 緑髪の子供は身じろぎひとつせず、うつろな目で侯爵を眺めるだけ。


「心配するな。我が騎士団は人々を守るべく立ち上げた騎士団だ。お前のことは私が責任を持って鍛える。自身の身を自身で守れるようにな。いやお前にとって大事なものも守れるほどにだ。だから心配するな」


 侯爵に抱きかかえられた子供は、冷たいはずの鎧に、心地よい温もりを感じながら目を閉じた。

 こうして助けられた少年エガルトは、一年の療養後、騎士団の鍛練場に立つことになる。 


「忌み子のくせに誇り高き騎士団に入って来るなど、おこがましいにもほどがある!」

「団長がなんと言おうと、辞退するのがあたりまえだろうが!」

「気持ち悪い頭をしやがって。お前のせいで騎士団まで呪われたらどうするつもりだ!」


 未来の騎士団を支える若き騎士見習いたちが、エガルトを取り囲み、口々に彼を罵倒する。いずれも平民以上の身分を持ち、厳しい試験を潜り抜けた子供たち。国を守る強い意思と気高き誇りを持っていた。

 侯爵に拾われて以来、忌み子と噂されてきたきたエガルトと、同じ立場に立たされるのは納得がいかない。

 とはいえ、なんと言われようと、彼に返すはもうここ以外に居場所はなかった。

 幼少時代を過ごした村は、彼を教団に売りとばした山賊に焼き払われている。村人もエガルト以外は生き残っていないだろう。いまは拾ってくれた侯爵に従い生き残る以外の道はない。

 反応を示さない彼に苛立ちを覚えたひとりが、エガルトの肩を突き飛ばす。


「この国の言葉くらいは話せるんだろう! なんとか言ったらどうだ!」


 言葉は話せるし理解もできるが、彼がなにを言おうと相手を刺激するだけ。黙っていることが一番被害が少ない。

 そんなエガルトの足もとに木剣が投げられる。


「拾え。稽古をつけてやる。俺たち全員でな」


 声音に彼をあなどる色合いが滲んでいた。


「たとえ木製でも、武器を持つことは禁じられている。アンタらの大事な騎士団が決めたことだ」


 彼らには目を向けず、地面を見つめ呟く。

 騎士団の団長であり国の要人でもある侯爵であろうとも、すべてを自由にできる訳ではない。

 奇抜な髪色を持つ彼を、首都に留めることに反対する声は強かった。

 下手に成長させれば国に刃を向ける。すぐに処分するか国外へ追放すべきだとの声が貴族だけでなく、騎士団の中からもあがった。

 その声を抑えるために侯爵が出した条件が、エガルトの行動の全てに侯爵が責任を持つことと、決して武器を持たせないという規則。


「ならばこれを使え」


 木製の小盾が緑髪の映える彼の頭に投げつけられる。

 反射的に受け取ってしまい、エガルトはため息をつく。

 待っていたとばかりに、ひとりが木剣を彼に振り下ろした。


「ぐうっ!」


 その木剣は辛うじて小盾で防いだが、別の騎士見習いの横なぎに振られた木剣が、脇腹に食い込む。

 さらに膝をついた彼の背中に木剣が叩きつけられる。

 頭を打たれることだけは盾で防いだが、複数の木剣が容赦なくエガルトの身体に痣をつけていく。


「団長から指導を受けていながら、その程度か! 少しは立って耐えてくれないと俺たちの鍛錬にならないだろうが!」


 悲鳴が出そうになるのを、歯を食いしばり必死に耐える。村に住んでいたときも、年長の子供たちから髪の色を理由にイジメられることはあった。幸いと言ってよいのかはわからないが、エガルトは成人男性以上に丈夫である。この程度なら苦もなく耐えられた。


「僕にも使わせてくれないかな? 最近、本気で打ち込める相手がいないんだ」


 静かでありながらハッキリとした声が、その場にいた全員の耳を打つ。

 エガルトに襲っていた衝撃がピタリととまり、彼はうずくまったまま顔をあげる。

 彼を囲んでいた集団が割れ、エガルトに引けをとらない体格の少年が、長く伸ばした金髪を揺らめかせ、悠々と歩みを進めてくる。手には厚みのある大剣が握られていた。


「でもコイツはちっとも抵抗しないから、オリゾンには物足りないんじゃないかな?」

「誰か小盾ではなく大盾を……」


 言葉をとめたオリゾンは、平均的な成人男性の背丈ほどもある木製の大剣を担ぎながら考え込む。


「そうだな。二枚持ってきてくれ。おい緑髪。まだ立てるだろ? 侯爵から基礎体力は化物同然と聞いているぞ」


 言われるがまま立ち上がったエガルトに、これまで彼を打ちのめしていた少年たちが、数人がかりで運んできた二枚の大盾を渡す。

 木製ではあるが半身で少し身をかがめれば、彼でも隠れ切ることができるほどの大きさの大盾が二枚。

 エガルトでも支えるのが精一杯だ。


「腰をおとせ」


 声が彼に届いた瞬間、大盾に重い衝撃が走る。エガルトの手が大盾から離れ、彼は再び地面に倒れ伏す。

 これまで彼を嘲笑っていた見習い騎士たちも言葉を失い、ゴクリと唾を飲みこんだ。


「早く盾を拾え。腕の力だけでなく、身体全体で盾を支えろ」


 彼は言葉に従おうと腕を支えに立ちあがろうとした。しかし腕にしびれがあり、力が入らずにそのままから顔から地面に崩れ落ちる。驚くべきオリゾンの剛腕だった。


「なっ、なあオリゾン。陽も傾いてきたし、もういいんじゃないか」


 自分たちとの一撃の重さの違いに、恐怖を感じた見習い騎士のひとりが口を挟む。だが彼は首を横に振る。


「この程度で立ち上がれなくなるようでは、侯爵の顔に泥を塗るも同じ。でもたしかにもう遅いな。皆は先に帰ってくれ。僕はもうしばらく鍛錬を続けるから」


 オリゾンの言葉に青ざめた騎士見習いたちは、辛うじて礼節をたもった挨拶を彼にむけ、次々に訓練場からでていく。

 彼らを見送り、オリゾンはなんとか立ちあがろうとしていたエガルトに向き直る。


「武器が持てなくても戦うことはできる。僕と鍛錬を続けよう。守り続ける戦いを続ければ君の立場もいつかはよくなるはずだ」


 エガルトは立ちあがるのも忘れオリゾンの顔を見る。彼の複雑な心境をあらわすように表情が歪んでいたが、瞳は優しすぎるほど優しかった。その日からふたりの鍛錬はほぼ毎日続けられる。

 六年が経過しオリゾンが正式に騎士団に入団したあとも、それは変わらなかった。

 侯爵も時間を見つけては、彼らを平等に指導する。


「大剣で守ることもできる! 盾で攻めることもできる! 互いから学べ!」

「はい!」

「……」


 明るく快活な返事をかえす少年と、黙ったまましっかりうなずく少年。

 一本の大剣と二枚の大盾。ぶつかり合う木製の武具と防具。

 事情を知らぬ者が見れば、大剣を持つ少年の打ち込み稽古に見える。しかし大剣を持つ少年は、一撃目が盾で防がれた瞬間、一足飛びに後方に退く。先程まで少年が立っていた場所には、二枚目の大盾が振り回されていた。大剣の少年があのまま立ち尽くしていたら、横殴りにされていただろう。

 二枚の大盾を持つ少年時代のエガルトは、再び大盾を並べてかまえ直し、じりっじりっとすり足で同い年のオリゾンとの間合いを詰める。オリゾンは、今度は正面から打ちかかるようなことはせずに、回りこむように移動しながら横殴りに大剣を振るう。

 エガルトは足をとめ素早く向きをかえたが、最初から身体ではなく大盾を払いのけるために振るわれた大剣は重く、大盾が弾かれそうになる。彼は潔く諦め大剣を受けた大盾を手放す。急に抵抗がなくなり、オリゾンは大剣を振り過ぎてしまい体勢を崩す。

 正面に隙のできた彼に、エガルトはもう一枚の大盾に身を隠すようにかまえ突進する。


「くっ!」


 オリゾンは全力で大剣の柄を引き戻す。彼の身体と大盾の間に大剣が差し込まれ、なんとか直撃は免れたが大きく後方へと跳ね飛ばされた。それでも地面を二回転がったところですぐに立ち上がる。


「うおおおお!」


 咆哮をあげ大剣を振りあげる。

 対するエガルトは強烈な衝撃を覚悟し、一枚となった大盾をかまえ身を固めた。

 だが大きく踏み込もうとしていたオリゾンの動きがとまる。


「ケンカはダメ! ふたり仲良くする!」


 頬を膨らませた少女が、少年たちのあいだに割り込み、懸命に両腕を広げていた。

 オリゾンは苦笑し大剣をおろす。


「これは稽古ですよ、お嬢様。ケンカではありません」


 幼女は目を丸くし可愛らしく首を傾げた。


「稽古?」

 

 不思議そうにエガルトを振りかえる。彼はオリゾン同様に苦笑しうなずいて見せた。


「まったく、このおてんばめ。また屋敷を抜け出してきおったか」


 気まずそうにモジモジしはじめた少女を、豪快に笑う侯爵が背後から抱きあげる。


「だっておじいさまが一緒じゃないと、部屋から出れなくなるもん」


 唇を尖らせ、怒ったようにかつ寂しそうに文句を言う少女を、侯爵はすっかり広くなったエガルトの肩にのせた。慣れているのか彼は抵抗することなく少女を肩車する。


「すまぬな、もうしばらく辛抱せよ。お前が大きくなれば別邸を用意してやることもできよう」

「大人って何歳?」


 少女は拗ねたようにたずねた。


「十五歳くらいかのう」

「まだ六年もあるじゃない!」


 少女がパシパシとエガルトの頭を叩くが、彼は何も言わず、ただ苦笑するばかりだ。

 オリゾンが助け船をだすように、少女に声をかける。


「落ち着いてください、お嬢様。我々はいつでもお嬢様を歓迎いたします」

「オリゾン以外はエガルトをイジメるから嫌い! そもそも稽古なのにエガルトが武器をもてないのはおかしいじゃない! 忌み子に武器を持たせちゃダメってなんなのよ! こんなに綺麗な髪の色をしてるのに!」


 自分の頭の上で怒る少女の言葉に。エガルトは困ったように顔をしかめ、侯爵とオリゾンは顔を見合わせ肩をすくめる。

 エガルトの騎士団での扱われかたを、少女に教えた記憶は三人にはない。おそらく騎士団の誰かが親切心のつもりで少女に伝えたのだろう。エガルトには近づかないほうがよいと。


「心配するな。お前の未来も弟子たちの未来もわしが切り拓いてみせよう」

「いえいえ、自分たちの将来くらい自身で切り拓いて見せますとも。なあエガルト」

「ああ」


 力強く問いかけてくる友に、エガルトは心からの笑みで応えてみせる。


「前もそんなこと言ってたけど、なにもかわってないじゃん」

 ますます唇を尖らせ不満をもらす彼女に、またも侯爵が豪快に笑いだす。


「腹が減っていると気が短くなるもの。時刻も頃合いだ。三人とも腹ごしらえをするぞ。ついて来い」

「はーい。いくよエガルト、オリゾン」


 穏やかな日々はすでに遠い。

 いま彼の前には唇を固く結んだ友の姿があった。

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