捌:勝負の行方
アラストルから、凄絶な魔力が迸った。
「まさか、人間界でまたこの魔法を使うことになろうとは思いませんでした」
そう呟いた声が聞こえた直後、彼を拘束していた黒い蔦のようなモノが、一瞬で四散した。
「デトナティオ」
そう聞こえた。意味はわからない。
わからないのに、血の気が引いた。本能が、危険を察知して頭の中でガンガンと警鐘を鳴らしている。
ヤバい。わからないが、とにかくヤバいことだけはわかる。
ただの人間の俺でさえそう察したのだから、悪魔同士ならもっと感じ取っているのでは、と思ってマモンを見ると、一見してわかるほど、愕然として固まっていた。
「おいおいおいっ! 馬鹿か! やめろ! この街全部吹っ飛ばすつもりかよ!」
「貴方に馬鹿呼ばわりされるとは心外ですね。大丈夫です。効果は全て凝縮して貴方だけに当てます。跡形もなく吹っ飛ぶのは貴方一人だけですよ」
そう告げるアラストルの右手に、何だかえげつない火の玉のようなモノが顕現する。
「マモン! 大丈夫なのかっ? あんなもの喰らったら、流石にヤバいんじゃ……」
遠藤が狼狽した様子で一歩後退する。
「ご安心ください。冥界契約法により、人間界において悪魔が人間を傷つけるのは重罪とされておりますので、貴方は対象外ですよ」
アラストルは遠藤を見てニヤリと笑う。
そして、えげつない火の玉のようなモノを、マモンに向かって投げようと振りかぶった。
「エクスプロデム……!」
おそらく発動の呪文だろうと思われる言葉を口にした、その時だった。
「おっと、そこまで」
妙に緊張感のない、幼い子供の声が響いた。
刹那、アラストルが虚を突かれたような顔をして動きを止める。
同時に、マモンが青褪めた様子で身を縮こませた。
声がした方を見ると、そこには十歳ほどの少年が立っていた。
「……アルプさん」
アラストルはそう呟くと、右手を軽く振って火の玉を消し、少年の前に降り立つ。
敬礼するかのように、胸に手を当てて一礼する。
「お疲れ様です」
アラストルが少年にそんな態度を取ったことに驚きが隠せないが、よくよく見ると少年の瞳はアラストルやマモンと同様の深紅をしていた。
つまり、この少年もまた、アラストルやマモンと同じ、人間と契約している悪魔なのだ。
「アラストル、君はまた人間界でデトナティオを使うつもりだったのか?」
見た目にそぐわない尊大な口調で、少年は腕組みしながらアラストルを見上げた。
「……申し訳ございません。しかし、今回は対象を悪魔一体に絞り行使するところでしたので、人間界に被害は及びません」
アラストルが、いつもより勢いのない声色で答える。
と、アルプさん呼ばれた少年の悪魔は、額を抑えて嘆息した。
「ツングースカの惨劇を忘れたか……?」
「まさか……! あの日のことを忘れたことなどございません」
ツングースカ、なんか聞いたことがある。
過去の謎現象を追究する番組で特集されていた。確か百年くらい前にロシアのどこかで謎の大爆発があった場所だ。
もしかして、その爆発の原因って、アラストルなのだろうか。
そういえば、人間界に召喚されたのは百年ぶりくらいで、前は欧州で召喚されたって言っていたっけ。
ロシアも欧州だもんな。
「いくら契約者からの許可を得たと言っても、極大魔法なんて使うものではない。それは百年前にも散々説教したはずだが?」
「……申し開きの余地もございません」
項垂れるアラストル。そんな彼をよそに、マモンがそろりそろりと後退したいることに気がついた。
思わず視線を向けると、彼は人差し指を口の前に立てて「しーっ」とジェスチャーしてきた。
しかし、アルプはくるりとマモンを振り返った。
「マモン」
「は、はい……」
「お前も、いくら契約者の望みであっても、必要に他者を陥れて望みを叶えるようなやり方はするなと、毎度言っているはずだが?」
「で、でもっ! 今回コータの希望を叶えるためには……!」
「遠藤晃太の願いは、山崎暁人の企画書を盗用することだったのか?」
俺の名前が出てどきりとする。
一方で、マモンは「うっ」と言葉を詰まらせた。
まるで見透かしたかのような目で、アルプは続ける。
「遠藤晃太の望みはあくまでも『昇進』だったはずだ。山崎暁人を陥れて退職にまで追いやる必要があったとは思えんが?」
「で、でも、強欲マーケティング部の方針では……!」
「マモン」
言いかけたところで名を呼ばれ、マモンが背筋を伸ばす。
「強欲拡張マーケティング部の方針を定めたのは誰だ? 言ってみろ」
「……アルプさん、です……」
「そうだ。僕が定めた方針だ。その内容を一言一句違えることなく言ってみろ」
「……欲望は奪うものではない。未来を残したまま広げるものであり、その成長は他者の完全な喪失を前提としない……」
「そうだ。その方針をどう解釈したら、他者を陥れてでも欲望を叶えること、になるのか、わかりやすく説明してみろ」
鋭く尋ねられ、マモンはしどろもどろになりながらももごもごと口を開いた。
「ええと、今回の場合は、コータ……契約者の未来を残したまま広げて……他者の完全な喪失は、つまり、死ぬことだから……」
「他者が死ななければ何をしてもいいとでも思ったのか?」
冷たい声色に問われ、マモンは小さく頷いた。
「……馬鹿だとは思っていたが、よもやここまでとはな」
心底呆れた様子で溜め息を吐いたアルプは、くるりと振り返って俺を見た。
もしよろしければ、ページ下部のクリック評価や、ブックマーク追加、いいねで応援いただけると励みになります!感想も大歓迎です!




