伍:不発
中度復讐、それは社会的地位の毀損を指すという。
俺は遠藤の命が欲しい訳じゃないし、怪我をしてほしいとか不穏なことまでは望んでいない。
だが、俺を陥れて社内評価を上げた遠藤がその地位を失ったら、正直胸がスカッとするだろう。
一体何が起きるのか、期待と不安が半々で様子を見守る。
「……種は蒔きました。結果がどうなるかはお楽しみですね」
アラストルはそう言って不敵に微笑む。
「結果はいつ頃わかるんだ?」
「早ければ明日にでも、遅くとも三日以内には」
「結構早いんだな」
「迅速さもサービスのうちですからね」
つくづく悪魔と会話してる気がしない。
やり手の営業マンとでも喋っている気分になる。
「さて、果報は寝て待て。食事にでも行きましょうか」
支払いは俺なのに、アラストルはサッと身を翻して歩き出した。
「いいけど、店は俺が決めるからな」
「勿論です」
「好きなものや嫌いなものは?」
「特にありませんが、辛いものが好きです。あと、カロリーは高ければ高いほどよいですね」
「カロリー……?」
悪魔の口から聞く単語とは思えず、反射的に首を傾げてしまった。
「ええ。日本食も悪くはありませんが、いかんせんヘルシーすぎますね」
悪魔はジャンキーな食べ物が好きなのか。覚えておこう。
「カロリーが高いものってことは、ファーストフードとかでもいいのか?」
「勿論です」
前回人間に召喚されたのは百年ほど前で、ヨーロッパの僧侶だと言っていた。
ファーストフードなんて知るはずもないと思うんだけど、その辺はつっこまない方が良いんだろうか。
とりあえず、了承を得たので、俺は駅前のファーストフード店に入った。
言われるがままに期間限定の激辛スパイシーバーガーを十個とドリンクを注文し、俺はテリヤキバーガーとポテト、ドリンクのセットを選ぶ。
「……そんなに食べられるのか?」
「ええ、問題ありません。そもそも悪魔は、人間とは異なる臓器構成となっていて、必ずしも栄養とエネルギーを食物から接種する必要がないのですよ」
へぇ、人間とは臓器が違うのか。まぁ、魔法が使えるくらいだもんな。
そんなことを考えているうちに、レシートに書かれた番号が呼ばれたので、カウンターまで取りに行く。
イートイン利用で席に着いて食べ始めると、アラストルは優雅な所作でハンバーガーを頬張り始めた。
何て言うか、似合わないな。
さっき買った服を着ているとはいえ、その気品のようなものが滲み出ていて、どこぞの貴族がお忍びで庶民の店に遊びに来ているようにしか見えない。
「……それ、ネットの口コミでは相当辛いって評判だったんだけど、大丈夫?」
アラストルが食べているそれは、辛いものが大好物の芸能人が、美味しいと言いながらも汗だくになって食べていたもの。
人並みに辛いものは食べられる俺でも、「美味しい」と思って食べられるかは微妙な代物だ。もはやチャレンジメニューである。
しかし、彼は黙々とそれを口に運んでいる。全く辛そうな素振りを見せない。
「ええ、なかなか悪くありませんね。安っぽい味であることは否めませんが、高級料理は大概辛さを抑えてしまって物足りないので、辛さを優先させる場合は目を瞑りましょう」
言いたいことはわかるが、何だか偉そうだな。
悪魔は皆こうなのかな。
「……ふぅ。ご馳走様でした」
十個の激辛バーガーをぺろりと平らげ、最後にコーラを啜り、紙ナプキンで丁寧に口元を拭う。
背景がファーストフード店じゃなくて、高級フレンチレストランに見えるから不思議だ。
「……おや?」
彼はふと、怪訝そうに眉を寄せた。
「どうかした?」
俺が首を傾げると、彼は不快そうに目を細める。
「……何者かが、私が掛けた魔法に干渉したようです」
「魔法に干渉?」
「ええ。当然、人間にはできません。他の悪魔の仕業でしょう」
「えっと……つまり?」
話が見えなくて尋ねると、アラストルは一度瞑目して、唸るように答えた。
「他の悪魔が、遠藤への復讐を阻害しています」
「え……?」
他の悪魔が、俺の復讐の邪魔をしているってことか。
この世界には意外と悪魔と契約している人間は多いらしいが、だからといって俺の復讐を邪魔するような悪魔がいるとは、流石に予想外だ。
「……でも、誰がそんなことを?」
「遠藤が、悪魔と契約をしている可能性が最も高いですね。他の人間と契約した悪魔が、遠藤に対する魔法を阻害する理由がありません。勿論、遠藤の恋人や家族が、遠藤を守るために悪魔の力を行使している可能性も否定できませんが」
早口にそう言うなり、彼は席を立った。
「少し調査してきます。暁人は先に家に戻っていてください」
彼はそれだけ言い置いて、足早に店を出て行ってしまった。
俺は仕方なく、トレーを片付けて家路につくのだった。
もしよろしければ、ページ下部のクリック評価や、ブックマーク追加、いいねで応援いただけると励みになります!感想も大歓迎です!




