肆:元先輩
俺はショッピングモールへ着き、案内板を示した。
店名だけでなく、店舗の写真付きなのでわかりやすい。
「この中で好きな系統とかある?」
「特に決まったものはありませんが、あまり派手なデザインのものは似合わないと思いますので、シンプルなものがいいですね。テイスト的にはこんな感じでしょうか」
そう呟きながら、彼はあるブランドのパネルを指差した。シックな服が並ぶ、このショッピングモール内で一番価格帯の高い店だ。
いわゆるハイブランドほどではなく、俺もそこで服を買ったことはある。
とはいえ、上から下までのフルセットを買ったら十万近くする。それを数セット買うのか。貯金に回した夏のボーナスの残りが軽く吹っ飛ぶな。
「金額によっては、最初の復讐、やってもらうからな」
「勿論です。悪魔は嘘つきですが、契約だけは守りますから」
そんなことを言いながら店に入り、店員にも相談しながらアラストルに合う服を、上下フルコーディネートで四セット購入した。
ほくほく顔の店員が二人がかりで洋服を畳み、紙袋に詰めていく。
平日だったため、他に客がいなくて助かった。
会計は三十三万五千円。
自分用にだってこんな高い服をこんなにまとめて買ったことはない。
俺がクレジットカードで決済すると、店員が「この二人はどういう関係なんだろう」と探るような視線を向けてきたので、俺は堪りかねてつい「領収書をお願いします」と言ってしまった。
この長身イケメンはモデルで、俺はマネージャー、この服は経費で買ってます、という、どうでもいい釈明のつもりだ。
「ふむ、初期費用とはいえ、これだけ出資いただきましたので、中度復讐は行えますね」
店を出たところで、俺が両手に持つ大量の紙袋を見たアラストルが呟く。
「中度っていうと、社会的な地位の既存でだっけ?」
「ええ。会社員であれば同僚や上司からの信頼、学生であれば同級生や教師からの信頼が失墜します」
脳裏に、俺の社内コンペ用の資料でプレゼンを行った遠藤の勝ち誇った顔が蘇る。
遠藤の後に発表することになっていた俺が愕然として、それでも発表するしか道がなく、混乱でしどろもどろになりながらプレゼンする俺に、アイツはこう言ったんだ。
「おい山崎、パクるならせめてもっと上手くやれよ」
その一言で、俺が遠藤の資料を盗用したと、周囲が確信した。
噂はあっという間に広がり、すぐに直属の上司から呼び出された。
ファイルの作成日時が俺の方が古いはずだと主張するも、遠藤は既にタイムスタンプを細工していて、俺より古いタイムスタンプのファイルを提出していた。
作成日時なんていじろうと思えば何とでもなる。例えば全く別の古いファイルの中身だけ、今回のプレゼン資料に置き換えてしまえば、ファイルの作成日時は古いものが出来上がる。
そう主張しても、上司は既に俺を疑っていて、どうにもならなかった。
俺が退職届を出した日、アイツは俺を見てにやりと笑った。
アイツは俺の成果と立場を奪って、何一つ罪悪感を抱いていない。
俺はそれを思い出し、アラストルを振り返った。
「アラストル、頼む」
「承知いたしました。では、詳細をお聞きしましょう」
そう言って微笑む悪魔に、俺はことの詳細を包み隠さず話した。
「……なるほど。復讐するには充分な動機ですね」
頷いたアラストルは、俺を会社へ連れて行けと言った。
既に退職済みなので、できれば近くに行くことも避けたいくらいだが、標的の誤認だけは避けなければならないとアラストルに言われ、俺は渋々会社に向かうことにした。
会社の入ったオフィスビルの前に到着した頃、丁度昼休みに入った時間帯のため、会社員たちがひっきりなしにランチのためにエントランスから出てきていた。
「その遠藤という男はいますか?」
向かいの道路からビルの出入り口を眺めながら、アラストルが尋ねる。
「んー、いないな。遠藤の奴、忙しい日とかは朝のうちにコンビニで弁当買っておいてデスクで済ますことも結構あったからな」
特に、あのコンペで俺の資料を使った遠藤が勝ち、その企画が進んでいるはずなので、今は多忙だろう。
「……そうですか。では、少し中を見て参ります」
「え、中って?」
聞き返す間もなく、彼はすっとその場に溶けるように消えてしまった。
魔法だろうか、消えた瞬間を誰かに見られてはいないかと、慌てて周りを見渡す。
「山崎くん?」
声をかけられ、思わず飛び上がる。
振り返ると、そこには見知った人物がいた。
長い茶髪をハーフアップにしていて、膝丈のタイトスカートにヒールの高い靴を履いている女性だ。
「小坂先輩……」
小坂雅。俺より四つ上の先輩で、滅茶苦茶仕事ができて、俺もよくお世話になっていた人だ。
「会社に何か忘れ物でもした?」
小坂先輩は俺の顔を見て微笑む。
「あ、いえ……たまたま通りがかっただけで……」
「そう……ごめんね。遠藤くんをの嘘を暴けなくて」
「え?」
思いもよらない言葉に、俺は目を瞬いた。
「山崎くんが誰かの資料を盗むなんてあり得ないのに、課長も部長も信じないなんて……遠藤くんがそこまで根回ししてるとは思わなかったの」
「小坂先輩、知ってたんですか……?」
「知ってたっていうか、あの状況と、普段の仕事ぶりを見ていたら、どっちが嘘をついているかなんてわかるわよ」
そう言って笑う彼女に、俺は泣きたくなった。
信じてくれる人が、一人でもいたことが嬉しくて仕方ない。
「ありがとうございます」
「ううん。結局何もできなかったから……」
小坂先輩はもう一度「ごめんね」と呟いて、その場を去っていった。
「……元上司ですか?」
ふと背後から声がして、驚いて振り向くとそこにアラストルが立っていた。
いつの間に戻ってきたのか。
「上司じゃなくて先輩」
俺の答えに、アラストルは意味深長な様子で頷き、それからビルの方に視線を投じた。
「ああ、遠藤晃太という男がわかりました。暁人の所属していた会社……セスクプラティオ社の営業部に所属している、人間にしては背の高い男ですね?」
「え、あ、そうだけど……よくわかったな」
「会社名と部署名と名前がわかれば、特定は容易いことです」
澄まし顔で頷きつつ、アラストルは念の為と言って俺にスマホのような端末を見せてきた。
そこには、隠し撮りしたと思われる遠藤の顔が映っている。
「この男で間違いはありませんね?」
「あ、ああ」
「では、早速復讐を決行いたしましょう。暁人、魔法の使用許可を」
そういえば、契約書に、悪魔が人間界で魔法を使うには契約者の許可が必要だって書いてあったな。
さっきビルの中に入るにあたって姿を消したのは魔法ではなかったのだろうか。
そんなことが頭を過ぎったが、今はそれどころではない。
俺は小さく息を呑んでから、しっかりと頷いた。
「許す。やってくれ」
「承知いたしました」
アラストルは妖しげな笑みでそう言うと、右手を胸の前に掲げた。
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