弐:悪魔の提案
アラストルは、ずいと俺に詰め寄った。
「ご主人様、私と個人契約を結びませんか?」
「こ、個人契約?」
今提案されたものは違うのか。
違いがわからず面食らう俺に、アラストルはぴっと人差し指を立てた。
「ええ、個人間のサブスクリプション契約です。貴方は私が人間界にいる間の衣食住を保証するのです。オプション課金として、私に贅沢させればさせるほど、貴方は私に命じられる内容が増えていきます」
「ええと、つまり俺がアラストルさん? を養えば、その代わりに復讐をしてもらえるってことですか?」
「ええ、その通りです。ただし、サブスクリプション契約とはいえ、相手を死に至らしめるほどの復讐をしたい場合は、かなりの贅沢をさせていただきますので、ご了承ください」
にこりと笑うアラストル。
まぁ俺も、遠藤に死んで欲しいと願うほど恨んでいる訳じゃない。
せいぜい社会的な制裁を受けてくれたら十分だ。
「……ちなみに、アラストルさんの一ヶ月の生活費ってどれくらいですか?」
「人間界と我々悪魔が棲む冥界は色々と理が異なりますので、単純な比較はできませんが、ご主人様と同水準の生活ができればひとまずは基本契約は良しとします。そこから必要に応じて贅沢をさせていただきながら、それに応じた内容の復讐をさせていただきます」
俺と同水準。つまりは単純に生活費が倍かかると考えていい訳か。
なかなか辛いが、期限を決めればいけるかな。
それともやめておいた方がいいかな。
この場合、何もしてもらわないでお引き取りいただけるのかな。そんなことを考えながらアラストルを見ると、彼はふふっと何かを企むように笑った。
「念のため申し上げますが、もしもこの場で契約せずに私を還そうとなさるようであれば、違約金としての対価、寿命五年分は頂戴しますので」
「ええ……何もお願いしなくても五年も寿命を取られるのか……」
流石に理不尽すぎやしないか。
まぁ、相手は悪魔だし人間に対して理不尽なのは当然か。
そうなると、何もせずお引き取りいただく訳にはいかない。
寿命一年で遠藤に何度か転んでもらうか、サブスク契約で身銭を切るか。
「……念のため聞きたいんですけど、もしも契約する場合、部屋は? ここワンルームで、すぐに引越しとかは無理なんですけど……」
「ああ、衣食住とは申しましたが、住についてはこの部屋の収納の部分でも間借りできれば十分です」
「収納……?」
国民的アニメの青いネコ型ロボットを想像するが、この部屋は洋間なので押し入れはない。
収納はクローゼットが一畳分くらいしかないが、それで良いのだろうか。今は洋服とか普段使わない荷物がぎっしり詰まっている状態だから出さないと。
と、考えていると、彼は改めて俺を見た。
「もしもサブスクリプション契約を結んでいただけるのでしたら、早速買い物に出て衣類を最低三着はフルセットで用意していただきます。ああ、食事は基本的にご主人様と同じ物で構いません」
フルセットで三着か。ブランドにこだわりがないならとりあえずファストファッションの店で揃えるでもいいかな。
贅沢は様子を見つつ、追々という形でお願いできれば助かるんだが。
先日まで激務の営業部にいたため、給料は同年代と比べると結構貰っている方だった。しかも忙しすぎて外食費は掛かっていたが、それ以外はあまり使う暇もなく、貯金もそれなりにある。
「……期間は?」
「そうですねぇ、まずは一年としましょうか。更新は適宜確認ということで」
「試用期間は?」
俺が尋ねると、アラストルは目を瞬いた。
「ふふ、悪魔と契約するのに試用期間とか仰る人間は初めてですよ」
「ここまで営業っぽく提案されたらそのくらい考えますよ」
「いいですねぇ。そういう反応は嫌いじゃありませんよ。では、試用期間は一ヶ月としましょうか」
くすくすと笑い、彼はパチンと指を鳴らした。
「こちらが契約書です。不明点があれば遠慮なくどうぞ」
一枚の紙を渡される。
契約内容が箇条書きになっていて、最後に署名をする欄がある。
契約内容にじっくりと目を通す。
アニメや漫画では、この条件が複数の意味に取れるような表現になっていたり、肝心な条件が明記されていなかったりして足元を掬われるパターンが非常に多い。
まぁ、相手が悪魔ではなかったとしても、契約の条件は具体的に、相手が言い逃れができないようにガチガチに固めておくのが得策だ。
しかし意外にも、どちらにもとれるような表現で書かれた条件はなさそうだった。
契約書の内容は、次の通りだ。
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サブスクリプション契約書
契約当事者:
契約者(以下「甲」):山﨑暁人(人間界居住)
提供者(以下「乙」):アラストル(冥界悪魔協会復讐支援サービス部所属)
第一条(契約目的)
乙は、甲に対し復讐支援・能力強化・運命改変等の恩恵を提供し、甲は乙に対し、生活基盤および適度な贅沢の提供をもって対価とする。
第ニ条(契約形態)
本契約は月額型サブスクリプション契約とし、以下の基本料およびオプション課金に基づく。
また、乙が人間界にて魔法を行使する際は、甲の許可を得るものとする。
一、基本料(月額:概算十万円相当)
甲は以下の条件を満たす生活環境を乙に提供するものとする。
居住空間:異空間の出入り口として一畳以上の個室(収納で代用可能)
食事提供:一日三食
衣類支給:月一回以上、乙の希望に応じたファッションアイテム
娯楽費:月一回以上の映画・演劇・高級喫茶など、乙の文化的刺激を満たす体験
※甲の収入に応じて、贅沢度合いは柔軟に調整可能とする(ただし最低基準は維持)
ニ、オプション課金(都度払い)
甲が乙に復讐代行を依頼する場合、以下の贅沢を対価として提供するものとする。
• 軽度の復讐(嫌がらせ程度):高級レストランでのフルコースディナー(三万円相当)
• 中度の復讐(社会的地位の毀損):宝石または循環器(十万円相当以上)
• 重度の復讐(人生の破滅): 海外旅行(ビジネスクラス以上、総額五十万円相当以上)
・最重度の復讐(対象の抹殺・身体的自由の剥奪):乙の指定する場所に別荘購入(一億円以上)
※その他命令の遂行は随時相談するものとする。
※前提条件として、甲は乙に復讐を依頼するに足る憎悪の念を抱いているものとする。
第三条(契約期間)
契約締結日より一年単位で自動更新。甲が明示的に解約を申し出ない限り、契約は継続される。
また、初回更新から一ヶ月は試用期間とし、いつでも解約できるものとする。
試用期間中の解約において違約金は発生しないものとするが、既に支払われた金品などについては、返還しないものとする。
第4条(解約条件)
一、甲の責に帰すべき事由による解約
乙は、次の各号のいずれかに該当する事由が生じた場合、何らの催告を要することなく、本契約の全部又は一部を解約することができるものとする。
・提供環境の最低基準未達
甲が、本契約に基づき乙に提供すべき衣食住その他の生活環境について、連続して十五日以上、別紙に定める最低基準を下回る状態に置いた場合。
なお、当該最低基準への該当性の判断は、乙の合理的裁量に委ねられるものとする。
・契約内容等の漏洩
甲が、本契約の存在、内容、又はこれに付随する悪魔的行為、魔法行使、若しくは乙の素性に関する情報を、乙の事前かつ明示的な承諾なく、第三者に対し開示、漏洩、又は推認可能な形で伝達した場合。
この場合、乙は本契約を即時解約することができ、併せて、契約維持のために付与していた記憶補正、認識保護その他の措置を解除することがある。
二、乙の責に帰すべき事由による解約
甲は、次の各号のいずれかに該当する事由が生じた場合、乙に対する意思表示をもって、本契約の全部又は一部を解約することができるものとする。
・契約目的の逸脱
乙が、本契約に定める復讐支援の目的を逸脱し、甲の明確な利益に資さない魔法行使又は私的目的による干渉行為を行い、これにより甲の社会的評価、生活基盤、又は精神的安定を著しく損なった場合。
・重大な虚偽説明又は不告知
乙が、本契約締結時において、本契約の履行に重大な影響を及ぼす事項について、故意に虚偽の説明を行い、又は重要な事実を告知しなかったことが判明した場合。
・契約外の生命又は精神への干渉
乙が、本契約に明示的に定められていないにもかかわらず、甲の生命、寿命、肉体、又は精神領域に対し、甲の事前の明確な同意なく干渉を行った場合。
本号に該当する場合、当該事実は乙の上位管理存在に対し自動的に報告されるものとする。
三、解約の効果
本条に基づき本契約が解約された場合においても、解約以前に適法に履行された復讐支援行為については、原則として無効又は返還の対象とはならないものとする。
ただし、前項に基づく解約の場合には、この限りではない。
第五条(その他)
本契約は冥界契約法第十三条および、冥界悪魔協会が定める『人間との契約におけるガイドライン』に準拠する。
乙の都合により契約を途中終了する場合は、契約の残期間に応じた補償を甲に支払うものとする。
署名欄
契約者(甲):_____________(血印)
提供者(乙):アラストル(蹄印)
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書類に目を通した俺は、最後の項目のところで首を傾げた。
「この冥界契約法第十三条って?」
「悪魔の棲む冥界にも法律があるのです。冥界契約法第十三条では、正式に契約を締結していないことに対して干渉することを禁じています」
「つまり、この契約を結んだ後で、契約してないことをアラストルさんが勝手にやったら契約違反ってことですか?」
「そういうことです。ちなみに、これはあくまで個人間の契約ですので、私が所属している冥界悪魔協会復讐支援サービス部は無関係となります」
「冥界悪魔協会……」
何だか、つくづく悪魔との契約っぽくないな。
てっきり、契約書は羊皮紙で、羽ペンにインクをつけてサインするのかと思ったが、手元にあるのは上質そうではあるがただの紙だ。
「さて、ご納得いただけましたらサインと血印をお願いします」
そう言って差し出されたのも、ただのボールペンだ。
「……アラストルさん、いくつか確認したいことがあるんですが」
念のために確認したいと思って悪魔を見上げると、彼は何故か少し愉快そうに唇を吊り上げたのだった。
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