終:始末書
アラストルが戻ってきたのは、深夜になった頃だった。
曰く、マモンはなかなか始末書が書けず、書けてもダメ出しされて差し戻されるのを繰り返していて、当分は人間界に戻れそうにないらしい。
「アラストルは無事始末書が書けたんだな」
「ええ。始末書を書くのは約百年ぶりですが、自動書記魔法を使えばすぐに終わりますから」
「自動書記魔法……?」
「私の膨大な知識と記憶から、適した言葉を探して書き出す魔法です」
「なんか生成AIみたいだな」
俺も、生成AIを使って書類の文面を考えてもらったりメールの定型文を作ってもらったりと仕事でも活用していた。
近年では小学生が読書感想文をAIに書かせて問題になったりしてる、とネットニュースでも見たことがあるが、まさか冥界で悪魔も同じようなことをしているとは思いもよらなかった。
「ああ、人間界でも、最近では似たようなものができてますね。人間でもできることができないなんて、あれは本当に低能で、同じ悪魔として恥ずかしい限りです」
言葉の端々で、アラストルがマモンを嫌っていて下に見ているのが伝わってくる。
「……ところで、俺の復讐は結局どうなったんだ?」
俺はアラストルに既に対価として結構な金額の洋服を買っている。
それなのに無効にされたら流石に虚しすぎる。せめて返金してほしい。
「ああ、そのことですが、アルプさんの判断で、遠藤が暁人の企画を盗用したことが社内の一部の人間に露見するように手配されました」
「一部の人間……?」
「主に上司です。これにより、遠藤は何らかの処分が下るでしょう。しかし、暁人の退職届は受理されてしまっておりますので、それが取り消せるかどうかは別の問題になります」
ああ、それはアルプも言っていたな。
まぁ、もうあの会社への未練よりも、小坂先輩に紹介してもらった会社への興味の方が勝っているから、戻れなくても構わないんだけど。
「遠藤がどう処分されるのかも、会社の判断になります。マモンの介入さえなければ、社会的信用を完全に失うところまで追い詰められたのですが、今回はアルプさんから折衷案を出され、同意せざるをえませんでした」
申し訳ございません、とアラストルが頭を下げる。
「当初予定していたレベルの復讐ではないので、差分の代替案として、マモンが人間界に戻って来る前までに、遠藤が数回転ぶ、という魔法をかけておきました。どうかこれでご容赦いただきたいのですが」
「え、あ、ああ……大怪我しないレベルなら……」
我ながら優しすぎる気がするが、やはり俺の指示で誰かが大きな怪我をしたり命を落としたりするようなことは避けたい。
まぁ、擦り傷やタンスの角に足の小指をぶつけるくらいの苦痛は味わってほしいと思ってしまうくらいには、遠藤に対する恨みはあるが。
「ご安心ください。会社内のキャビネットに足の小指をぶつけ、ロッカーでは指を挟み、帰宅後にもテーブルの脚に足の小指をぶつける程度です」
「うわぁ、地味に嫌なやつ……」
可哀想に、と思わなくもないが、今日の遠藤の俺を見下して勝ち誇った顔を思うと、ちょっとだけ胸がすっとする。
「……まぁ、契約書にあったように、私が暁人の復讐のために魔法を使うには、大前提として暁人本人に復讐をするに足る憎悪の念が必要です。暁人が復讐対象者に対して、今現在それ程憎悪を抱いていないのであれば、こんなところでしょうね」
アラストルは澄まし顔でそう付け足す。
何だか、俺の心の内を見透かされた気分だ。
遠藤のことはそれなりに憎いし恨みもある。
しかし死を願うほどかと言われたらそうではない。
足の小指をぶつける程度と聞いて、正直ちょっと安堵してしまったのは事実だ。
と、アラストルは居住まいを正した。
「暁人、最初の復讐が上手くいかず、出鼻をくじかれた思いですが、今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
神妙な面持ちでそう告げるアラストルに、俺は少しだけ苦笑した。
「ああ、こちらこそ、これからもよろしくな」
今後、また誰かに復讐するようなことが起きるかはわからないが、この時の俺は間違いなく、このインテリ系慇懃悪魔との共同生活も悪くはないと思い始めていた。
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