玖:上司
さらさらの黒髪と深紅の瞳、見た目は十歳くらいの少年だが、その顔は恐ろしいほどに整っていて、黙って立っているだけなのに妙な威圧感を放っている。
「山崎暁人」
「は、はい」
見た目は子供でも、アラストルたちの反応からして、彼らより上の立場なのだろうと察して、俺は居住いを正す。
「僕の目が行き届かず、皺寄せがいってしまったこと、申し訳なかった」
尊大な口調ながら、きちんとした謝罪の言葉を口にしたアルプ。
「え、えっと、貴方のせいじゃない、ですよね?」
今のやり取りを見ていても、彼はマモンを窘めていた。
「確かに僕が指示したことではないし、マモンのやり方は僕の思想に反する。だが、あれらは僕の部下だ。責任は僕にある」
十歳くらいにしか見えない子供の姿と声なのに、言っていることは至極まともで真面目だ。
ああ、俺の上司もこうだったらよかったのに。
「あれらは僕から指導しておく。ただ、悪魔とて過去を変える魔法は使えない。マモンが魔法を使ったとはいえ、直接的に功績を付与した訳ではないため、遠藤晃太が得た功績は消せない。更に、君が既に退職届を提出してしまった後である以上、君の退職が取り消せるかどうかは会社の判断になってしまう」
「は、はい」
それは仕方ない。そこまでアラストルに期待していた訳じゃないし、俺のことを信じてくれなかった元同僚や上司のことを考えると、もう一緒に働くなんて考えられなかった。
「……それから」
アルプは鋭い視線をアラストルへ向ける。
アラストルが、珍しく緊張した面持ちで唇を引き結んだ。
「アラストル、お前は今回、山崎暁人と個人間の契約を結んでいるな?」
「はい」
そういえばそうだったな。
よくわかっていなかったが、個人契約を結ばないか、という提案に乗った。つまり、冥界悪魔協会とやらは通していないということだろう。
「冥界悪魔協会は、悪魔と人間の個人契約自体は禁じていない。ガイドラインに則った契約であればな」
ガイドラインとかあるんだ。
そういえば契約書にもそんなことが書いてあったような気もする。
悪魔協会という組織をはじめ、契約書とかフリップとかが出て来たあたりから思っていたことだが、悪魔もなんだか現代的なんだな。
「人間界において悪魔同士が争うことも禁じられてはいない」
「はい」
「人間界で魔法を使う以上、人間に許可を得ることは道理である」
「はい」
「だが、悪魔同士の喧嘩に人間を巻き込むのは言語道断だ」
「う……はい」
痛いところを指摘されたように、アラストルが項垂れる。
「せめて、人間は安全地帯に隔離した上でやれ」
あ、悪魔同士が魔法を使って喧嘩すること自体は止めないんだ。
アルプという悪魔の判断基準がよくわからない。
遠藤も同じことを考えているらしく、俺と顔を見合わせた。
「……アラストル、マモン、お前達は一度冥界へ戻り、始末書を提出しろ」
「えっ……」
心底嫌そうな顔をするマモンと、すまし顔で頷くアラストル。
「……山崎暁人、遠藤晃太」
「は、はい」
何故か先程からずっと俺たちのことをフルネームで呼ぶアルプに、俺と遠藤が揃って返事をする。
「ひとまずこれらは冥界に連れ帰る。お前達も戻れ」
「わかりました」
反論する理由もないので頷くと、遠藤がふと目を瞬いた。
「あ、あの……アルプ、さん?」
「何だ?」
「一つ質問してもよいでしょうか?」
おずおずと切り出す遠藤に、アルプは無言で首肯する。
その向こうで、マモンが「余計なことを言うなよ」と青褪めた顔で首を横に振っている。
「アルプさんも、人間と契約しているんですか?」
「……どうしてそう思う?」
何か探るように、アルプが目を細める。
否定はしないのか。
「悪魔は、召喚されなければ人間界には来られないって聞いていたので……」
あ、それは俺もアラストルから聞いたな。
結果人間と契約を結び、お役御免になれば冥界とやらに還り、また召喚されるまではこちらに来られないらしい。
「……僕は悪魔の中でも上位の存在だ。故に、人間と契約をせずとも人間界を訪問することは可能だ」
そう言いながら、アルプはアラストルとマモンがいる方に右手を向け、すっと横へ薙ぎ払った。
直後、二人の姿がすっとその場から掻き消える。
「っ!」
「案ずるな。冥界へ強制送還したまで。始末書を提出すれば、また君たちの家に繋がっている出入り口から戻って来る」
君たち、つまり、遠藤も俺と同じでマモンと個人間のサブスク契約を結んだのかな。
それとも、また別の契約があったりするのかな。
そんなことを漠然と考える俺をよそに、アルプは大きく跳躍して、その場から跳び去ってしまった。
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