女神、冒険者になってみた。
「これで冒険者登録完了です!」
カウンターの向こうで、受付嬢がにこりと笑った。
異世界ものといえばお馴染みの、冒険者ギルド。
受付嬢がいて、荒くれ者っぽい連中がたむろしていて、主人公はそこへ足を運ぶ。そんな光景はテンプレである。
「ちょっと、私がFランクってどういうことなの!?」
ちょっと違うのは、女神がごねているところだけかな。
「適正検査の結果ですので……」
大魔王討伐の任を負ったレンたちは、まずはレベル上げだろうと考え、冒険者ギルドを訪れた。
そこで適性検査――といっても水晶玉に手を乗せるだけだが――を受け、判定はレンがBランク、スフィがFランクという結果に終わった。
冒険者ギルドでは、実力に応じてランクが定められている。
下から順にF・E・D・C・B・A・Sの七段階。依頼をこなして功績を積めば昇格できる。
Sランクともなれば、一国に匹敵する戦力とされるらしい。
「おかしいじゃない! 私は女神よ! 時空の女神スフィ! わかる!?」
「は、はぁ」
どうにかしろ、と受付嬢は助けを求めるようにレンを見る。
このままでは、ただの「自称女神の危ない人」だ。
「スフィ。これから実力を見せつけていけばいいさ」
名前で呼ぶ。
自認女神の共犯にされたくないからだ。
「――キュリュンッッ! い、今私のこと名前で……。
コホン。それもそうね、取り乱してすまないわ」
咳払いをして、女神らしいすました顔に戻るスフィ。
ちなみにスフィは女神の力を封じられ、レベル157だったのが今や1。
それに比べてレンは、すでにレベル46に到達している。
本人は「異世界人だからかな」と思い込んでいるが、実際には女神を惚れさせ、従順にさせたことでレベルが跳ね上がっているだけだ。
受付嬢とのやり取りもそこそこに、レンたちは依頼掲示板へと向かった。
冒険者は、この掲示板から自分たちに合った依頼を選んで受けるらしい。
本来なら、レンひとりでAランクの依頼を受けることもできる。
だが、Fランクのスフィがパーティにいるせいで、パーティとしてはFランクの依頼しか受けられない。
――これは困った。
できれば早いうちに高ランクの依頼をこなしておきたい。
そうでなければ、一週間で一人目の魔王討伐など夢のまた夢だ。
「うん、スフィ。宿で待ってろ」
レンは少しきつめの口調で告げた。
スキルの実験台にスフィを使ったのは悪かったと思っている。
だが、大魔王討伐の話になったそもそもの元凶は、この女神だ。
「なぁんで! やだやだ、ずっとレンといっしょがいい、いやぁだ!」
「うーん、そうは言ってもな」
そのとき、ひときわ大きな依頼書が目に入った。
ランク:無し
依頼内容:騎士団とともに、崩落した村の調査
受注条件:分析系スキル所持
報酬:一白金貨
宿代は一泊五十銀貨。金貨一枚は銀貨百枚分。
白金貨一枚は、金貨百枚分――つまり、かなりの大金だ。
時空の女神の力が失われた以上、お金は重要な問題になる。
そして受注条件は分析系スキル。
――これだ。
レンは依頼書をつかみ取った。
――
その村は、王都ルミシアから馬車で一日ほど離れた辺境にあった。
王国でも有数の穀倉地帯で、周囲には本来、見渡す限りの小麦畑とぶどう畑が広がっている――はずだった。
今は、焼け焦げた跡だけが残っている。
その名をアルメリア村という。
つい先日、領主もろとも一夜にして崩壊したらしい。
「冒険者二人は我々について来い。余計なことはするな、命令に従え」
村に着いた頃には、すでに夜になっていた。
月明かりが、いら立ちを隠そうともしない女神の横顔を照らす。
「チっ、なんなのよ偉そうに。私は女神よ……」
騎士団に聞こえない程度の声で、スフィが悪態をつく。
「そんなこと言わないで。ついてくだけで白金貨なら、安いもんだろ」
レンも同じく、騎士たちに聞こえないように耳元で囁く。
すると、スフィは小さく吐息をもらし、体をくねらせてから「仕方ないわね」と答えた。
馬車は半焼した村の門前で止まり、騎士たちが次々と降りていく。
レンたちもそれに続き、門のそばにある焼け焦げた家の前で足を止めた。
周囲には、焼けただれた死体と思しきものが転がっている。
「おい、冒険者。焼けた木材を分析しろ」
騎士団長らしき男が、レンに向かって命じた。
レンは黒く焦げた壁に視線を向け、スキルを発動させる。
素材:ゴドの木
用途:住宅建材(壁材)
燃焼痕:高熱による自然発火ではない
――微量の雷属性の魔力反応
おお、こんなことまでわかるのか、アナライズ。
「自然発火ではないです。雷属性の魔力反応もあります」
「なるほど、でかした。……おいお前ら、生存者の確認と、他に手がかりになりそうなものを探せ」
騎士団長は部下に指示し、今度はスフィの方を見た。
「貴様もついて来たからには、役に立ってもらう」
「不服なのだけれど……まあいいわ。なにをすればいい?」
「数日経ってなお、魔力の反応が残っている。この地には、その強力な魔力につられて魔物が潜んでいる可能性が高い。
あいにく我ら騎士の任は対人。魔物討伐は専門外だ。ゆえに、冒険者である貴様に頼みたい。
現れる魔物の種類と性質を見極め、助言せよ」
なぜそんな騎士たちが、魔物が出そうな危険地帯にわざわざ来ているのか。
聞けば、冒険者ギルドには他者の領地を正式に調査する権限がないらしい。
領地の調査を許されているのは、王国直属の騎士だけだという。
ただ今回は、分析系スキルが必要な調査のため、様々なスキルを持つ冒険者に声がかかった――というわけだ。
「わかったわ。任せなさい」
この騎士団長に、「さっき冒険者になったばかりです」と正直に言う必要はないだろう。
「騎士団長! 報告があります!」
一人の騎士が走って戻ってきた。
「あちらの方に、一人の少女が!」
「なに!? 生存者だと!?」
――
そこにいたのは、小さな獣人だった。
褐色の肌に、白銀の髪。頭には猫のような耳、腰には尻尾。
けれど、それ以上に目を引くのは――
皮膚が焼けただれ、衣服と癒着してしまっている痛々しい姿だった。
涙はとうに枯れたのか、充血した瞳が、焼け落ちた家をまっすぐ見つめている。
「君、どうしてこんなところに」
騎士団長が声をかけると、獣人の少女はゆっくりとこちらを振り向く。
一瞬だけレンの方をちらりと見たが、すぐに視線を騎士団長へと戻した。
ミーニャ・ドラン
レベル:3
スキル:【雷魔術】【???】
レンは、初めて見る【???】という表示に強い興味を覚えた。
「……ぁ…………」
喉が焼けているのか、声を出したくても出せない。そんな様子だ。
それを見かねたスフィが、ゆっくりと獣人の少女のもとへ歩き出す。
「おい冒険者。勝手な真似はするな」
騎士団長の制止を無視し、スフィは膝を折って少女と目線を合わせた。
そっと手をかざし、低くなにかを呟く。
次の瞬間、暖かな光が少女の全身を包んだ。
「見るからに敵意はないわ。魔物が化けてたといても、冒険者の命ぐらい惜しくないでしょ」
【治癒魔術】をかけられた獣人は、ぱちりと目を見開いた。
「あ――ありがと……おねえちゃん……」
「安心して。助けは来たわ。……それと感謝しなさい、私は時空の女神・スフィ様よ」
「め、女神様……」
淀んでいた金色の瞳に、一筋の光が差し込む。
――なんだ、あいつも良いところあるじゃん。
誰よりも早く怪我人の治療に駆けつけて、自分の危険はまるで気にしていない。
女神とは名ばかり、というわけでもなさそうだ。
「あとは騎士様が保護でもなんでもやればいいわ」
そう言い残し、スフィはこちらへ歩いてくる。
その表情は、口元がかすかに緩んでいて、熱を帯びた視線が正面から刺さってくる。
やがてレンの前で立ち止まり、そっと目を伏せた。
どうやら、褒めてほしいらしい。
「あー、よくやっ――」
その瞬間、身の毛がよだつような悪寒が走った。
圧倒的な違和感。
これは、魔力の――
「――全員伏せろ!!」
騎士団長の怒号が飛ぶ。
考えるより先に、巨大な衝撃が全身を打ち抜いた。
刹那、体が地面に叩きつけられ、鋭い痛みが走る。
「いっ――!」
痛みで声が漏れる。
こんな経験は初めてだ。
今、何メートル吹き飛んだ? 骨は? 血は出てないか?
おそるおそる体を動かしてみる。
意外にも大きな損傷はないようで、痛みと違和感だけが全身に残っていた。
周囲を見渡せば、腕があり得ない方向を向いている者や、血を噴き出している者もいる。
レンが無事なのは、レベルのおかげか――
「危なかったわね、レン。私の【空間結界】がなければ無傷ではなかったわよ」
倒れているレンを見下ろしながら、スフィが言う。
「でも、これしきの攻撃で結界が壊されるなんて……本当にそうとう力がなくなってる」
「大丈夫か!?」
騎士団長は、気絶している獣人を抱えたまま立ち上がった。
どうやら、攻撃が来る前に身を挺して守ったらしい。
「残念、ちと弱すぎたかなぁ? 妾の【血術】に対して立っていられる者がいるとはなぁ!」
レンは顔を上げる。
そこには、コウモリのような翼を大きく広げた少女が、夜空に浮かんでいた。
「お散歩していたら、酷いことになっている村を見つけてな!」
血のように赤い瞳。
白い髪は、月光を受けてワインレッドのようにきらめく。
尖った歯を覗かせる唇は、まさに吸血鬼といった風貌だ。
「貴方ね、今の攻撃をしたのは」
「そうだ! コホン、妾は吸血き――」
「――そして、レンのお褒めの言葉を邪魔したのは貴様かぁ! 殺すぞガキ!!」
「な! ガキではない! 妾は三千年をも生きる吸血鬼だ!」
翼をぱたぱたさせながら、ぷりぷりと腕を振り回す。
「そうだなぁ。あと、人間どもの言葉で表すなら――」
少女は口角を歪め、見下ろすように言い放った。
「――魔王の一人だ」
ルーシェヴィア・アルカナ・クリム
レベル:102
スキル:【血術】【吸血】【水魔術】
なんと、第一の魔王は自ら姿を現してくれたのである。
――いや、早すぎじゃね? 魔王邂逅。
ルーシェヴィア・アルカナ・クリム
状態:正常
好感度:0/100




