勇者の帰郷
魔王を倒した勇者は姿を消した。
どれだけ探しても見つかることはなかった。
長い旅を共にした仲間達も居場所を知らないと言っていたが、ただ一人、相棒であった賢者だけはぽつりと言った。
「故郷に戻ったんだろう。少なくとも私はそう思う」
故郷とはどこか?
そう尋ねると賢者は肩を竦める。
「あんた達はどこの誰かも知らない人を勇者様と崇めていたんだな」
それ以上の答えは手に入れることは出来なかった。
***
「へえ」
魔王が討伐された僅か一週間後。
あらくれものばかりが集まる町に一人の青年が訪れた。
「何の用だい。勇者様」
「旅に出た若者が故郷に戻るってのはそんなにおかしいかい」
あらくれもの達は笑う。
下品な言葉を吐く。
口を開けば暴言。
気に食わない事があれば暴力。
人なんて当然のように死んでいく。
弱い者は当然のように奪われていく。
外からの訪問者は宝箱。
外で出会う人々も宝箱。
勇者もまた、そんなあらくれものの一人。
「偉くなっちまったもんだからもう戻ってこないって思っていたぜ」
「周りがそうしただけだ。俺は昔から一片も変わってねえよ」
「金なんて望めばいくらでも手に入るだろう?」
「ああ」
「女なんて黙っていても股を開くだろう?」
「ああ」
「それなのに帰って来たのか」
「ここが俺の故郷だしな」
懐かしい故郷で勇者は屈託なく笑う。
あらくれものたちはまた下種な言葉を口にした。
勇者は気にした様子もない。
それどころかこれ以上ないほどに馴染んでいる。
ひとしきり、馬鹿話をした後に勇者は何でもない事のように口を開いた。
「さて。お前達に言わなきゃいけないことがある」
「なんだよ」
「魔王が死んだら次は人間だ。この意味は分かるか?」
懐かしい面々の顔色は変わらない。
勇者に取って嬉しい誤算だった。
「わかってるさ。正義は悪と戦うものだからな」
「そういうことだ。この悪人共。改心するつもりはあるか?」
問いの意味がない。
ここで生まれ、ここで死んでいくあらくれもの達が変わるなんてことはありえないのだから。
「あると思うか?」
勇者は大笑いをした。
この町の長だと言わんばかりに。
「やっぱりいいわ、故郷は」
馴染みの娼婦が現れ、裸体を晒す。
愛だとか恋だとか知る前に快楽を知り、それが愛情に変わることはけっしてなかった。
かつて殴り殺した男の弟が現れて勇者に酒を渡した。
気に食わないという理由だけで十分に死に値した。
強いというだけで媚びるという選択肢以外がなくなり、そしてそれを単純な気持ちで受け入れられるほどにこの町は明確に『糞』だった。
――だが。
「やっぱり、俺は悪人だわ」
勇者は上機嫌に笑う。
「俺は俺だ。今までも。これからも。いつまでも――」
響く声はまるで予言のようにこの町に――世界に広がっていくようだった。
***
後年。
かつて勇者の相棒であった賢者により、とある町が滅ぼされた。
『全員が悪人だ。救い難いほどの』
賢者の容赦のない一言はその雄姿と共に後世に広く伝わっている。




