◇エピローグ1
◇
あれから数週間が経った。
俺、三城時玄は、新しいアパートの部屋で段ボールの山に囲まれている。
前の部屋は、結局引き払った。そりゃあ……住めるわけないだろ。
新しい部屋は少し狭くなったが、窓から明るい光が差し込んで、悪くない。
会社には、旭のアドバイス通り、大阪の有名店の菓子折りを三箱持っていった。「体調不良でご迷惑をおかけしました」と頭を下げると、上司は意外にも「まあ、年末は疲れるもんだ。無理するなよ」とだけ言ってくれた。
そのうち同僚たちも、どこかよそよそしかった態度は消え、普通に接してくれる。
どうやら、俺が「戻った」ことで、何かが正常になったらしい。
日常は戻ってきた。
満員電車に揺られ、パソコンの画面を睨み、時々理不尽なことで頭を下げる。
以前なら「死にてえ」と呟いていたような瞬間も、今はなぜか、笑って受け流せている自分がいた。
一度死んで、幽霊になって、自分の身体を他人に使われて。
あんな経験をしたら、たいていのことは些細に思える。
それに――俺には、生きる理由ができた。
大層なものじゃない。
週末に飲む一杯の酒とか、少し遠出して知らない街を歩くとか、そんな、ありふれたこと。
そして、いつかまた、あの二人――灰里と旭に会うこと。
それが、今の俺を支えている。
灰里は、今どこで何をしているだろうか。
あいつが見つけた「生きる理由」が、あいつ自身を少しでも救っているといいんだが。
ポケットのスマホが震えた。
画面には、知らない番号。
少し傾けて、自分の顔が映らないようにしてから耳に当てる。
『もしもし、とっきー? 俺や、旭や』
やけに明るい関西弁に、思わず笑みがこぼれた。
もう、あの頃の俺じゃない。
俺は、俺の足で、この世界に立っている。




