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告白のない日陰 (英霊が来る 短編)

作者: 大和あゆむ

『英霊が来る』の短編です。本編を読んでいなくても比較的大丈夫だと思われます。


「ホルン、俺と付き合え」


 ホルンを裏路地に呼び出したヨミという青年は、開口一番に告白をした。首都で有名な貴族らしいが、生憎彼女は知らないし、興味もない。

 物陰に潜んで様子を見ていたライと弟のカルガは驚愕を露にする。

 ホルンは、茶色の髪を肩にかからない程度に揃えた可憐な容姿をしていた。普段、当たり障りが無くとても喋りやすい印象なのだが。


「え、無理」


 彼女は毅然とした態度で素っ気なく答えた。『ショートケーキの苺ちょうだい』の返答に近い。

 太陽に煌々と照らされる影のない場所で、険悪な空気が漂う。

 そんな奇抜な場面に、カルガは口を押えて失笑し、ライは苦笑した。

 もっと何か返した方あるだろ、と口の動きで知らせるライにホルンは場違いにも笑いが込み上げてくる。

 ないよ、微塵も好きじゃないし。


「何でだ? 俺はこんなにもイケてるのに」


 まだ、傲慢野郎の話は続いていた。


「何でと言われても」

「お前は可愛い」

「ありがと」

「付き合え」

「無理」


 ホルンが嫌いなタイプだった。

 目を眇めて眉を寄せる。

 限界が来たのか、ホルンは手を招いて二人に助けを呼んだ。

 自分で解決しろよ、とライはまたもや口パクで伝える。そんな不愛想な態度に口を膨らます。

 助けてよ、好きじゃない人に告白されたって。

 結局、告白の堂々巡りに決着が着いたのは、日が水平線に差し込んだ時だった。少し怒りの募った表情でホルンは、二人と合流する。


「助けてくれたっていいじゃん」

「ホルンが解決しないと意味ないだろ」

「だって……」


 肩をすくめるライは、青年の勇気に答えてやれという主張をした。

 そんな彼を一瞥したホルンは、述懐するの止める。

 そういう事じゃないんだよ。解決するしないとかじゃなくて。あたしが告白されたんだよ……。もっと何かあるでしょ。何で平然としてるの……。


「まあまあ二人とも落ち着いて」


 弟のカルガが仲裁に入るが、二人はそっぽを向いて一切口を聞かなかった。



 

 ライとのわかだまりが消えぬまま一日が過ぎた。修行相手と話し相手と遊び相手と、その他諸々の相手がいないので、体力作りのため――暇つぶしのために街中を走っていた。

 そんな時、聞き覚えのある声が耳に入る。


「ホルンって奴、愛想悪くてダメだわ。俺を振るとかあり得ねえだろ」


 昨日、告白してきたゴミとか何とか言った奴。要するにゴミが私に悪態を付けていた。でも、まあ愛想が悪いのは本当だったし、しょうがないか。


「兄貴に頼んで、ホルンが入試試験を落ちるように仕組んでもらおう」


 嘲笑が飛び交うその場に嫌悪を感じ、駆ける足を速めた。

 何言ってんのよ、ほんと。

 そう心の中で吐き捨て、瞳が滲んだ瞬間、一人の青年の怒声が辺りを響かせた。


「お前、何言ってんだよ‼」

「あぁ? 誰だよ、あっちいけ!」

「そんなの許されるわけないだろ‼ ホルンはな、毎日努力してんだよ。寝る暇を惜しんで苦手な勉強をして、昼には修行して、そんなの許されるわけない。いやオレが許さない!」


 激昂した青年の正体は、同じ家に住むライだった。

 あんなに怒る彼を初めて見た。


「はぁ、お前はホルンの何なんだよ」

「友達だよ。でも、誰よりも、自分よりも大事な人だ」

「それ、告白か?」

「告白なんて薄っぺらい言葉で括るな!」


 そうして、ライは踵を返す。ホルンが正しかったと一言零して。

 一蹴したライに奴らは、聴こえぬ声でつらつらと文句を垂れていた。そんな雑音が今はどうでもいい。

 他人など視界には入らず、この時はライの歩く姿をただ眺めていた。

 俯く彼は私に気付きそうにない。

 声を掛けたい。でも、掛けられるはずなかった。言葉の整理が不十分な上、どんな顔をして会っていいか分からない。

 自分は結局、嫉妬して欲しかったのだ。平然な態度ではなく、焦燥にかられる彼を見たかった。あたしを好きであるか確認しようとして、そんな身勝手であたしは怒ってしまった。馬鹿、ほんと。

 最近、彼を見ると、胸が熱くなる。彼を好きなのは間違いないのだと、思う。だけど、彼氏になるとか告白するとかは少し違うのだ。

 家族としての好きというか、でもそれも何か違う。

 でも、告白してしまってはこの関係ではいられない。この関係が今はとても居心地がいいから。

 まさに日陰のように。



 

 頬を伝う汗を拭い、走りを進めるホルンは、街を一周し家に戻ってきた。

 すると、玄関前でライと一人の少女が佇んでいた。

 明らかに異常な光景だ。

 急いで陰に隠れ、様子を見守る事に。


「ライさん、前からカッコいいと思ってました。付き合ってください!」


 そう頭を下げた少女は、片手を突き出した。

 あの手をライが取れば、付き合う事となる。

 苛烈な音を奏でる心臓に手を当てて、ライの言葉を待った。

 いやだ、言ってほしくない。行ってほしくない。

 光り輝く彼の笑顔を見て、想いが込み上げてくる。

 ライ……。


「ごめんなさい、付き合う事はできません」


 優しく包み込むような回答。


「理由を聞いてもいいですか?」

「そうだな、気になる人が……いるからかな」

「そうですか、すみませんでした」


 そう逃げるように彼女は消えていった。

 彼は、自分が痛みを負ったような、悲痛な顔をしている。やはり、優しい人なのだ。

 一歩踏み出し、ホルンは姿を現した。

 唖然としたライだったが、そのまま口を噤んだ。

 神妙な二人に、会話は簡単に始まらない。

 それでも口火を切ったのは、ライだった。


「ごめん、ホルンの事何も分かっていなかった」


 謝るのはあたしの方だ、そう折檻するホルンだったが、喜々する感情の方が上回っていた。

 あたしの事を考えてくれた、ただそれだけで嬉しい、とそんな様子で。


「ホルンはあの人の事好きだったんだよな」

「違うよ!」

「そうなのか?」


 やっぱ全然分かってないじゃん。

 でも、それがライであるともう知っていて。怒る必要も、厭う必要もないのだと漸く気付いた。


「あたしもごめん」

「いいよ、全然」

「あたし、ああいう人嫌いだから」

「じゃあホルンはどんな人が好きなんだよ」

「あたしはね……」


 いやこの言葉はいけない。

 言って良いものでもない。

 だから、そうまだ取って置く。


 日差しが強い今日、家のおかげでここは陰となっている。

 もう太陽はうんざりだ。

 照らすのも、照らされるのも。


「あたしはね、日陰が好き……」

「なんだよ、それ」


 瞳を絡ませ、笑い合った。

 高く広がる蒼穹の下、幸せを孕んだ風が街中を駆け巡る。

 それからずっと二人は、行動を共にした。

 ――告白のない日陰で。

『英霊が来る』本編はこちら: https://ncode.syosetu.com/n5537kq/

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