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生徒が消えた理科室の怪談

作者: ウォーカー

 授業も終わり、多くの生徒が下校した夕方の学校。

二人の生徒が連れ立って廊下を歩いている。

そして、手近な教室に二人で入っていった。

二人の生徒が入っていったのは、校舎の隅にある理科室。

放課後に生徒が用のないはずの場所。

その光景を偶然にも見咎めた先生が、足音を響かせて歩いていく。

「こらっ!放課後にこんなところで生徒が何をしている!」

しかし理科室の中には、一人の生徒しかいない。

「おいっ!もう一人はどこに行った?」

「もう一人?何のことですか。」

怒りに燃える先生は、生徒の言い訳に耳を貸さず、

理科室を見回し、隣の理科準備室を調べ、

理科室の掃除用具入れのロッカーの中まで調べたが、

とうとうもう一人の生徒の姿を発見することはできなかった。

これが、生徒が消えた理科室の怪談、その一部始終である。



 都市部に位置するある中学校。

その中学校では、昨今、生徒たちの間で、怪談が語られている。

生徒が消えた理科室の怪談。

少し前に起こった実際の出来事に基づいた話である。

「それでね、消えた生徒は、今も見つかってないんだって!」

おしゃべりしていた女子生徒達が、キャーっと楽しそうに悲鳴を上げた。

思春期の子供達にとって、学校の怪談は格好の遊び道具。

皆が、生徒が消えた理科室の怪談のことを、まことしやかに話をし、

あるものは謎を解こうと実際に理科室を訪れたりもしていた。

しかし、生徒が消えた理科室の怪談の謎は、未だに謎のままだった。


 学校の教室でおしゃべりをしている女子生徒達。

その中の一人、快活そうな女子生徒が席を立った。

そしてその女子生徒は、近くに座る男子生徒の前に立った。

「ねえ、陽一君。今の話、聞いてた?」

そう声をかけられたのは、岩井いわい陽一よういちという男子生徒。

話しかけたのは、瀬川せがわ真美まみという女子生徒。

二人は幼稚園の頃からの幼馴染で、気安く話せる仲だった。

快活な真美はその性格のままに運動神経抜群。

それに対して落ち着いた性格の陽一は、頭の回転が良かった。

陽一は開いていた本を閉じ、真美に答えた。

「ああ、もちろん。

 あんな大声で話していたら、聞こうとしなくても聞こえるさ。」

落ち着いた陽一に、真美は興奮気味に言った。

「生徒が一人消えたんだよ?しかもこの学校の中で。

 怖いと思うでしょう?興味ない?」

「そうだね。

 怖いとは思わないけど、興味はあるよ。」

「またそんな捻くれたことを言って。」

「僕はこういう性分なんでね。それは君も十分知ってるだろう。」

「それはまあ、付き合いも長いことだし。

 興味があるんだったらさ、一緒に調べに行かない?」

「生徒が消えた理科室の怪談をかい?いいね。」

すると、今まで真美とおしゃべりしていた女子生徒達から声が上がった。

「ええ~、そんな怖いことするつもり?」

「わたし、パス。」

「わたしも。

 怪談には興味あるけど、調べに行くのは怖いから、結果だけ教えて。」

「そう?じゃあ、陽一君、あたしと二人で行こうか?」

「ああ、構わないよ。」

こうして、真美と陽一の二人は、

生徒が消えた理科室の怪談、その真相を調べるために、

理科室へと向かった。


 時刻は昼飯時を過ぎた昼休みの後半。

廊下を生徒たちが穏やかに通り過ぎる昼下がり。

真美と陽一の二人は、ある種の使命感をその顔に浮かべていた。

とは言っても、真剣なのは真美の方だけ。

陽一の方はというと、食後の散歩に出かけるような気安さだった。

「ここが怪談の現場の理科室だよ。」

真美が教室の中を手で指し示す。

「ふーん、どれどれ・・・」

陽一がのんびりと理科室の中を覗き込んだ。

昼休みの理科室は明るく清潔で、怪談の現場には見えない。

生徒は誰もいない、空っぽの状態。

この学校の理科室は、他の公立学校と変わらない、よくあるレイアウト。

椅子や机は他の教室とは違い、数人で連なって座る長い形状。

下に潜って人が隠れていたら、すぐにはわからないかもしれない。

机の間には水道があって、器具を洗ったりできるようになっている。

教室の後ろには薬品や器具を入れる棚、それと掃除用具入れのロッカー。

教卓は専用の大きな物が設置され、教卓の下は完全な死角。

その脇には隣の理科準備室へと続く扉がある。

念の為、理科準備室も覗いてみる。

中は普通の教室よりも小さな部屋で、

壁に沿って置かれた棚には、標本やよくわからない器具が置かれ、

全体として薄暗く気味が悪く感じさせる。

部屋の真ん中には小さな机が一つ、椅子が幾つか散らばっている。

ここの机は小さいが、薄暗い夕方ならば、隠れられるかもしれない。

以上が、生徒が消えた理科室の怪談、その舞台となった理科室の様子だった。


 真美は理科室の束ねられたカーテンを探ったり、机の下を覗いたりしている。

陽一は顎に手を当て、理科室の中を眺めている。

そして。

「なるほどね。事態のおおよその見当が付いたよ。」

「本当?」

真美が目を輝かせて近寄ってくる。

真美は鼻と鼻がくっつかんばかりに陽一を見つめた。

陽一は半歩下がって、頷いてみせた。

「ああ、多分ね。

 もう一度確認するけど、生徒が消えた理科室の怪談。

 それは二人の生徒が理科室に入り、

 先生が追いかけて中に入ると、生徒は一人しかいなくて、

 理科準備室まで探しても、もう一人は見つからなかった。

 これで合ってるよね?」

「うんうん!」

真美が近付き、陽一はまた半歩下がらされた。

「手順をもう一度確認してみよう。

 まず、二人の生徒が、この理科室に入った。

 それを見た先生が、続いて理科室の中に入った。

 理科室の中には、一人の生徒しか見つからなかった。

 次に先生は、理科準備室を調べた。

 そこにも誰もいなかったので、先生は理科室に戻り、

 もう一度理科室を調べた。今度はロッカーの中もね。

 そうして結果的に、一人の生徒が消えた。

 こういう話だよね?」

「う、うん。それで間違いないと思う。」

「そうか。

 じゃあここで何が起こったか、真美君に説明しようじゃないか。」

陽一は顎に手を当てたまま数歩歩き、くるっと真美の方へ振り返った。


 生徒が消えた理科室の怪談、その真相が陽一によって暴かれる。

陽一はまず、真美に尋ねた。

「最初に確認したいんだけど、

 この理科室に入っていった二人の生徒ってのは、

 男子生徒と女子生徒の一人ずつかい?」

すると真美はハッと口に手を当てた。

「あっ、そうだよ。

 怪談ではあんまり言われてないんだけど、

 理科室に入っていったのは、男子生徒と女子生徒の合わせて二人だよ。

 でもそれが生徒が消える理由になるの?」

「理由には関わってるだろうね。」

「わかった。続きを聞かせて。」

「うん。

 どこの誰かは知らないけど、

 その男子生徒と女子生徒は、この理科室に入った。」

「何のために?」

「それは多分、逢引きするためだろうね。

 この理科室は授業で使われることが少ない。

 校舎の隅にあって、人が来ることも滅多にない。

 逢引きに使うには丁度良かったんだろうね。

 男子生徒と女子生徒は、逢引きをするためにこの理科室に入った。

 しかし運悪く、その場面を先生に見られてしまった。

 時間は放課後。生徒は理科室に用はないはず。

 先生は叱るために理科室に向かった。

 怒りに任せて、ドスドスと足音を鳴らせながらね。」

「そうか、近付いてくる足音に気が付いて、理科室の二人は・・・。」

「そう。隠れるなりどうにかしなくてはいけなくなった。

 でもここには、人が二人も隠れられる場所は無い。」

「机の下や教卓の下は?」

「そんな場所、かくれんぼでもすぐに見つかってしまうだろうね。

 先生は理科室に入る二人の姿を見ているわけだから、

 見つかるまで探し続けるに違いないのだから。

 ただ、一人だけなら隠れられる場所がある。

 咄嗟に男子生徒は、女子生徒をそこに隠したんだ。

 自分が先生に怒られる役目を引き受けるためにね。」

「一人だけが隠れられる場所って?理科準備室とか?」

「いや、今回は掃除用具入れのロッカーの中さ。

 あそこなら、一人だけならすぐに隠れられる。

 さらには、囮役に男子生徒は理科室に残ってるんだ。

 先生の目をごまかすことはできるだろう。」

「あれっ、でもちょっと待って。

 確か怪談では、先生はロッカーの中まで調べたけど、

 生徒は見つからなかったって。」

陽一はうんうんと真美の疑問に答えた。

「そう。それがこの怪談のキモさ。

 この怪談の話の通りなら先生は、

 最初、理科室を調べて男子生徒を見つけて、

 次に隣の理科準備室を調べて、

 それからもう一度理科室を調べて、最後にロッカーの中を調べたんだ。

 この順番だと、先生が理科準備室に入っている間、理科室は無防備になる。

 その間に男子生徒は、ロッカーの中の女子生徒を逃がしたんだろうね。

 そして先生が理科準備室から戻ってきた時は、

 もうロッカーの中は空になっていた。」

「先生はどうしてそのことを男子生徒に問い詰めなかったの?」

「男子生徒が知らぬ存ぜぬの嘘をつき通したのさ。

 そこからも、この二人がここに来た目的が逢引きであることがわかる。

 まさか先生に、ここで逢引きしてました、とは言えないからね。

 二人一緒に見つかれば、逢引きを疑われかねない。

 だから男子生徒の方が先生に見つかる役目を引き受けたのさ。

 まったく、頼りになる彼氏じゃないか。」

こうして、生徒が消えた理科室の怪談の真相は暴かれた。

逢引きに来た男子生徒が女子生徒を庇って嘘をついた、その結果だった。

陽一から真相を知らされた真美は、しゅんとしてしまった。

「なあんだ、生徒が消えた理科室の怪談は、

 幽霊とか神隠しが原因じゃなかったんだね。」

「幽霊はともかく、神隠しなら生徒が一人消えて大騒ぎだろうからね。」

真美は手を後ろに組んで、トボトボと歩きながら言った。

「あのね、この怪談、実は男子生徒の方は、

 学年もクラスも名前もわかってるんだ。

 この怪談を知ってる人なら、だいたいみんな知ってると思う。

 でも、女子生徒の名前は知られてないんだ。

 だから、二人のことはそっとしておいてあげようよ?」

興味本位から人のプライバシーを暴き、あまつさえ恋路を邪魔したくない。

秘密を暴いてしまった真美のせめてもの罪滅ぼしだった。

陽一も穏やかに頷いた。

「そうだね、それがいい。

 仲の良い二人を邪魔するような無粋な真似はしたくない。

 できればこの怪談も、もう広めない方がいいだろうね。

 しかし真美君は、意外に恋愛の機微に敏感なところもあるんだね。」

すると、真美はちょっとすねたように口を尖らせた。

「陽一君ってさ、時々、すごく気が利くけど、気が利かないよね。」

「・・・どういうことだい?」

「陽一くんが気を利かせるべき相手が、もっと近くにいるってこと!」

そう声を上げた真美の顔は、夕日に照らされたせいか、

少し赤みを帯びているように見えた。


 こうして、生徒が消えた理科室の怪談の謎は解き明かされた。

真美の手回しもあって、怪談の噂はやがて下火になっていった。

陽一の推理はほぼ全てが当たっていた。

しかし、真美は不満そうに頬を膨らませる。

「怪談の噂を小さくしたあたしに、ご褒美くらいくれても良いと思うけどな。」

真美の採点では、陽一の事件解決は百点満点とはいかないようだった。



終わり。


 目撃証言を元にした怪談を作ってみました。

目撃証言が正しければ、真相もその中にあるはず。

そういう怪談にしたつもりです。


学校といえば、かくれんぼの隠れ場所の宝庫。

かくれんぼの鬼は、移動する順序を考えるだけでも大変。

逃げ道があれば、隠れている人に移動されてしまいます。

怪談の元になった先生は、かくれんぼの鬼としては、

それほど優秀ではなかったようです。


見事、怪談の謎を解明した陽一君でしたが、

女心は解明できていないようです。


お読み頂きありがとうございました。


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