手の感触が、まだ
まだ明日香は俺の手を繋ぎ、離さないよ、と言わんばかりに強く握っている。
5センチほど離れている明日香の顔を横目に見上げる。
顔は、いつもどおりだ。赤面したりもしていない。
そんな視線に気づいた明日香は、俺の方を見て、にこっと笑い、視線を前に戻した。俺も思わず、目線を逸らしてしまった。
多分、俺は今ものすごく赤くなっていると思う。鏡で確認する必要もないくらい、顔が熱い。
明日香の右隣を歩いている麻里は、手を繋いでるのだろうか。ちょうど明日香と体が重なって、肩から先が見えない。体が小っちゃくなったこともあり、全然わからない。見ようとして体を逸らすと、絶対変な目で見られる。
「それ分かるかも。幸田くん、バカだし」
俺が変な思考をしている最中の会話で、麻里はふふっと、左手で口を隠しながら微笑んだ。
そう。俺は見てしまった。
麻里が、明日香と手を繋いでいるんだとしたら、繋いでいる手は、左手だ。わざわざ、手を離してまで手を口に添えるなんて、考えられない。
ということは、今、明日香は俺としか、手を繋いでいない。
明日香が何を考えているのか、まったくわからない。
だって、つい最近まで男で、ただの友達、という関係だったのに、いきなりこんなことをするなんて。
そう思っていると、少し手のひらに風が通った。明日香が手を少し離した。
やっとか、と思っていると、指の隙間に明日香の指が入り込んできた。
まさかと思い、繋いでいる手を見た。
恋人繋ぎだ。明日香の綺麗な赤色のネイルが、俺の手の甲で輝く。...おい、これまじか? 頭が混乱しすぎて、頭から蒸気が出そうになる。絶対出ている。
そんな中、花火が見えやすい公園に来て、四人でベンチに腰を掛けた。
ここに来るまでの会話は、一切耳に入ってこなく、あぁ、とか、うん、みたいな適当な返事しかできなかった。
当たり前すぎる。この16年間生きてきて、人と手を繋いだことなんてない。初めてだ。
もうすぐ花火が打ちあがる。周りがスマホを構え、待機し始める。俺も撮ろうかな、なんて思い、スマホを取り出そうとした瞬間、明日香が手を重ねてきた。
うん。こんなの、撮らないでって言っているようなものだ。
俺は撮影を諦め、空を見上げる。白く、淡い光を放つ月が、俺らを照らしている。
ばん、と爆発音とともに、ひゅ~と高い音をたてて、空が赤く輝いた。
いつ見ても、花火は綺麗だ。特に、あのシュワシュワする花火が特に好きだ。見た目も綺麗で、音も良い。
花火はラストスパートに入り、連発が続く。
繋いでいる手が、ぎゅっと握られた。
明日香の目は、どこか寂しい目をしていた。
花火というのは、とても儚い。でも、儚いからこそ、花火はより一層綺麗なものに見えるのだろう。
最後にどでかい花火に包まれ、夜空に爆発音と共に消えていく。
「いやー、花火っていいな」
「幸田くん、声うるさかったよ。あんな大きい音鳴ってるのに聞こえるレベルだもん」
「しょうがないだろ! ちょっと興奮しすぎたけどさ」
「葵ちゃんはずっと集中して見てたよ? 見習って、幸田くん」
「そ、そんなに集中してたかな...」
別に集中していたわけではない。それも全部、この明日香の手のせいだ。
「葵、花火好きなの?」
「ま、まあ」
分かってるくせに。自分から仕掛けておいて、なに言ってるんだ。明日香にはなにもかも見透かされているように思える。
別に明日香を怒ろうとしているわけではない。意味が分からないからだ。手を繋ぐという行為、しかも恋人繋ぎは、名前の通り恋人同士でやるものだと思う。
花火が終わり、帰路に着いた頃。やっと明日香の手が離れた。
あの柔らかく、ほんの少しだけ日に焼けていた手の感触が、残っている。
「じゃ、またなー」
そう言い、幸田は街灯のない道へと消えてった。
「ねえねえ、今から3人でお泊り会しない?」
麻里がいきなりそんな事を言い出した。何を言っているんだ、ほんとに。
「お、いいねーそれ。決定!」
「ま、まてまて!」
思わず話を遮ってしまった。いきなり男1、女2でお泊り会!? って、今は女の子なんだった、俺。
いやいや、それでも分からない。いくら今、体が女の子だからと言って、心までが女になっているわけではない。
「なに、文句あんの?」
「あ、いや」
明日香のぎろっとした目に怯んでしまった。明日香の右後ろにいる麻里に目で助けを求めたが、べーっと舌を少し出していた。あー、終わった。誰も味方がいない。
「葵ちゃんの家でいいよね?」
「なんでなんで!?」
なんで俺の家なんだよ、男の家だぞ。まあ元だけどさ。あと、優奈の許可も下りるかどうかだ。父さんと母さんは...まあ、結果は分かりきっている。
「俺は元男なんだぞ? 簡単に男の家に上がろうとするな」
王手、と言わんばかりに言い切った。これで流石に引き下がるだろう。
「ふふ。葵、もしかして気づいてない?」
明日香がニヤリとしながら質問をしてきた。
「何に気づいてないんだよ」
「脚、見てみな?」
俺は、視線を自分の脚に向けた。真っ直ぐ立っている足。特に変なところはない。と、思っていた。
足が、少し内側を向いていた。俺の脚は、自然と内股になっていた。
「こ、これがなんだよ」
「意識してなかったんだ。じゃあ大丈夫でしょ」
「なにが大丈夫なんだよ!?」
「もう、完全に女の子じゃん」
俺は、王を取れなかった。逆に明日香に王手、と鼻を高くして言われたような気がした。
「でも、それだけで家に上がってもいいって思うのはなんでだよ」
「うーん、なんだろうね」
明日香は、わざとらしくキョトンとした目で見つめ返す。だめだ、やはり女子には敵わない。
俺は2人から少し離れた場所で、スマホから電話を掛ける。
「葵、なに?」
風呂場で電話に出ているのか、少し声が響いている。
「今から女子2人、家に泊まりに来る」
「...葵、後で話がある」
明らかに声のトーンが下がった。これは説教しますよ、のトーンだ。
「違う! 変なことしようとしてるわけじゃない!」
「はいはい、分かってるよ」
こいつ、俺を弄ぶのに慣れ過ぎている。どうせニヤニヤしながら返答してるんだろう。腹が立つ。
「もうママとパパは部屋にいるから。入ってくるときは静かにね」
「分かった。サンキュー、ゆう姉」
「どういたしまして」
電話を終了した。とりあえずは成功だ。
「麻里、明日香。良いってよ。親たちに気づかれないように頼む」
「「はーい」」
麻里と明日香が元気よく返事をし、俺の家へと歩き出した。