可愛いは大変
忘れていた花火大会が、明日まで迫ってきている。
こういうのって、普通に私服で行くべきなのか? いや、祭りだとよく、女性は浴衣着たりしてるよな。うーん、どうしよう。
「浴衣でしょ。何言ってんの」
「即答だな...」
頼み綱の優奈に聞いてみたら、食い気味に答えてきた。また乗り気のようだ。
「お姉ちゃんに任せなさい!」
優奈が部屋のクローゼットから二着、浴衣を差し出してきた。
「どっちがいい?」
「どっちでも」
少し適当に返事をする。
「じゃあこっちのやつね」
優奈が指さしたのは、ピンクの花柄の浴衣。いやいや、こんなの着れるわけない。
「や、やっぱこっち!」
俺は、咄嗟に水玉の模様が入っている水色の浴衣をさした。
「だ~め。男に二言はないよ」
「俺、今男じゃない!」
「じゃ~あ、元男に二言はないね」
「はぁ...もうそれでいいよ...」
めちゃくちゃな発言に、もうどうにでもなれの精神で、優奈に従った。
そうだ。幸田のやつ、俺のこと話したのかな。もし話していなかった場合、面倒なことになりそうだ。
花火大会当日。俺はしかたなくピンクの浴衣に袖を通した。かんざしとかはよくわからなかったから付けない。
「結局ピンクにしたんだ」
「なんだよ。悪いか」
「別に~?」
「優奈は花火大会行かないの?」
ふと、からかってくる優奈に問いかける。
「めんどくさいからいい」
「だから男付き合い下手なんじゃないの」
軽くいじると、優奈は目つきを変え、俺の髪を軽く引っ張る。
「いたいいたい! 髪抜けるって!」
少し髪が崩れてないか気になりながらも、優奈の手を振り払った。こいつ、ムキになりすぎだろ。
「お姉ちゃんをいじったらこうなるから」
「はいはい。行ってくるわ」
「気を付けてね。変な人についてっちゃダメだよ?」
「ガキか、俺は」
「まだガキだよ。高1とか」
まだガキ、か。
1人で生きていくことができないなら、まだガキだと思う。でも、それは自堕落な生活を送っている優奈も同じだと思うけど。
久しぶりに花火大会に来た。勉強で行く暇なかったから。
道には屋台がずらっと並んでいる。チョコバナナだったり、じゃがバターとか。祭りの時しか見たことのないフリフリポテトもある。香ばしく、誘惑するような匂いが鼻の中に駆け抜けていく。いかんいかん、俺は飯を食いに来ているんじゃない。
てか、屋台の食べ物って、異様に高い。こんなのに金だすのもアホらしいな。
....うん。思ってた通り、視線を感じる。男女問わず、道行く人々にチラ見されてる気がする。俺、いまそんなに可愛いんだな。って、何自意識過剰になってんだバカ。
人混みを抜けた先に、ゆったりとした服に、ショルダーバックを掛けている幸田を見つけた。
「きたぞ。幸田」
「お、しっかり浴衣着てきたんだな」
「まあな。女子っぽいっしょ」
「意外と、な」
「あ?」
「ちょ! まじ痛い! ギブ!!」
からかってくる幸田の頬をつねる。なんかごちゃごちゃ言ってるがやめない。ほんと、こういうところがモテねえんだって。
「なあ、麻里たちに言ったのか?」
俺はずっと抱えていた不安を解消させるために、頬を抑えている幸田に問いかけた。
「言ったと思う?」
「...言ってない」
「正解。よくわかったね」
なにがよくわかったね、だ。なんで言ってないんだこいつ。トラブル起こっても知らないぞ...。
「麻里たち、中央広場にいるっぽいよ。行くか」
そう言って、幸田は手を差し出してきた。
「...なんだよその手」
「え? 女子って誰とでも手繋ぐもんじゃないの?」
「なわけあるか。お前いつかしばかれるぞ」
人によってはライン超えだぞ。と、横目に見ながら幸田の隣を歩く。
「あ、幸田くんと...」
広場の入り口前で声を掛けられた。そこには、明るい茶髪の麻里と、イケイケギャルみたいな明日香がいた。二人とも浴衣だ。
「...あんた、ナンパは良くないと思うよ」
「ほんとほんと、サイテー」
麻里と明日香は軽蔑するような目で、幸田を睨む。
ほんの数秒後、目の前が真っ暗になり、顔に柔らかな感触がした。
「君、怖かったね~、大丈夫?」
顔を上げると、明日香の顔があった。
やっと今の状況を把握した。今、俺は明日香に抱きしめられている。目の前には...豊満なものがある。
どく、どくと心臓が鳴りやまない
「幸田、この子の名前は?」
「あー、城代葵」
幸田は躊躇することもなく答えた。
「「...え?」」
二人は呆気に取られた。まるで時が止まったかのように、ピクリとも動かない。
「あ、あの、お二人とも...?」
「「かわいいーーー!」」
麻里と明日香は、広場一帯に響かせるくらいのボリュームで叫んだ。
か、可愛い? 今はそこじゃないだろ、絶対違うリアクションだろ。そんな思いをかき消されるように、二人からの畳み掛けが始まる。
「葵くん、じゃなくて、葵ちゃん! 浴衣似合いすぎ!」
「ねえねえ、ほんとに葵なの! マジカワじゃん!」
「お前らうるさい...! あと麻里! ちゃん付けやめろ!」
数分に渡る質問攻めに、俺は応戦した。
幸田は、微笑ましく俺らを見守っていた。絶対あとで一発食らわせるからな。
「やっと落ち着いた...?」
「うん。流石にびっくりしたけどね。ほんと、てっきり幸田くんが強引に連れてきたのかと思った」
「幸田なら、やりかねないからね」
「おいおい、俺になんのイメージがあるんだ?」
「「「性格クソ悪ナンパ野郎」」」
三人で口を揃え、幸田に称号を付けてやった。
しょんぼりする幸田を見て、みんなで笑う。これまでの行いでそうなったんだから、反省してほしい。
「落ち込んでないで、早く屋台回るぞ」
4人で花火が見えやすいところまで歩いていく。
「いい匂いー。明日香ちゃんは何食べる?」
「やっぱ、りんご飴でしょ。麻里は?」
「私はあれかな、チョコバナナ。葵ちゃんも好きだったよね」
「あれだけは譲れないからな。でも屋台の飯って全部高いからちょっと躊躇するわ」
「傷ついた心癒してくれぇ...」
いきなり幸田が後ろからうめき声をあげる。
「はいはい、前の借りもあるし、今日は奢ってやるよ」
「うおー! やっぱ葵は良い奴だー!」
幸田はさっきまでが嘘だったかのようにはしゃぎ始める。周りの目もあるから抑えてくれ、まじで。
並んで歩いていると、手に何か感触があることに気づく。これは、右隣を歩いている、明日香の手だ。え、ほんとに女子って普通に手を繋ぐのか? やばい、手が汗ばんでいないか気になる。
そんな顔に気づいたのか、明日香はぎゅっと強く手を握ってくる。
この心臓の高まりは、なんなんだ?
女子っていうのは、わからないものだ。
とりあえず今はいいや、早く花火が見えやすいところに行かないと。うだうだしてたら始まってしまう。