期待なんかされたくない
今、俺は一番会いたくない人物と対面している。父さんだ。
「お前、葵だな?」
ダイニングテーブルに導かれ、椅子に腰を掛ける。相変わらず上から目線だな。父さんは。
「そうだよ、何で分かったの」
「優奈から聞いたんだ」
あいつ、口止めしてたのに...。いや、今はそれどころじゃない。
「そのふざけた格好はなんだ」
「制服だけど」
「そういう事を言っているんじゃない!」
父さんは、机を少し強く叩いた。
やっぱり、なにも変わってない。
「なんでこんな格好してちゃダメなんだ?」
「勉強に腰が入らないだろ!」
「それとこれと何の関係があるんだよ」
確かに、髪を少し巻いて、リップもしていたので、オシャレはしていたと思う。だけどこれは、女性として当たり前のことだろう。
いつも、父さんはそうだった。勉強しろ、勉強しろって。勉強をして、安泰の人生を送ってほしい、と願うのは親としての義務だろう。
昔から、勉強という呪いの言葉に取り憑かれていた。英才教育といってもいい。
中学三年生の頃。そんな日々に嫌気がさして、家を飛び出した。受験の年ということもあって、俺は何もかもから逃げ出したかった。
深夜の公園のベンチにうずくまっていた所を見つけてくれたのは、優奈だった。ぽろぽろと、涙を流しながら。その時、初めて優奈の泣いている所を見たっけ。
初めて、家族として。優奈の弟として、心が温まった。
「もういい」
気づくと俺は部屋へと逃げ出していて、布団にうずくまった。
俺の意見なんて、最初から通らないんだ。そんなこと、分かってたのに。あんなことで反抗したの、アホらしいな。
そういえば、優奈も言ってたっけ。「期待されないくらいがちょうどいいんだよ」って。
俺も、期待される程優秀でもないし。あいつらの期待になんぞ、応えたくない。
「葵、起きてる?」
部屋をコンコン、とノックされ、聞こえた声は優奈だった。出かけて行ってから一時間ほど。意外と早いな。なんて思いつつ、部屋へと入れた。
「うわ、汚い」
「いいだろ別に。てか帰ってくんの早いじゃん。合コンダメだったの?
「下心満載のやつしかいなくて帰ってきちゃった」
呆れた顔で、嫌みを言う優奈に、苦笑いした。
「で、なんか用?」
「パパと話したの?」
「うん、相変わらず嫌な奴だった」
俺が女の子になったこと言っただろ、と言いそうになり、唇を噛む。
「色々、考えることあると思うけどさ。私は葵の味方だからさ」
「...おう」
心が温まる。これが、姉弟ってやつか。
「あとね。私、そろそろ一人暮らししようと思ってるの」
「あー、前も言ってたね」
優奈は大学1年生の間は、一人暮らしする気はないと言っていた。理由は、大学まで電車でなんとか行けるからと、自炊とかお金の管理めんどくさい、だと。
「でも、1年生の間はしないんじゃなかったの?」
「そうは言ってたけどね、ママとパパにはもう負担掛けれないな~って思って。冬ぐらいにするつもり」
優奈が親の負担を考えていたなんて信じられなかった。
「何その顔」
「意外だなって。あいつらの心配してるの」
「私も一応大人だからねっ」
「まだ20歳にもなってないくせに」
「1歳2歳の差とか関係ないよ」
「...あ、あのさ」
部屋を出ていこうとする優奈を呼び止める。
「ん? どうしたの?」
「...やっぱいい」
「何それ、変なの」
そう言い、優奈は部屋を出た。
聞けなかった。優奈の昔のこと。聞かない方がいい気がした。
あと、唯一の味方である優奈が、離れていくのが怖かった。って、なんかシスコンみたいだな、俺。
母さんに、俺のことが伝わるのも時間の問題だろう。めんどくさいなと思いつつ、ゲームをし始める。
ゲームだけが、俺の生きがいだ。嫌な現実から突き放してくれる。早く俺も一人暮らししたいな。こんな親の元でずっといられるわけない。
ぷるる、とスマホが鳴った。液晶に映し出された名前は、幸田だった。
「おう、どした」
「明後日が何の日か忘れたのか。バカ野郎」
「明後日? あー、ゲームのシーズン変わる日だっけ」
「ちげーよ! あと、シーズン変わるの明々後日な」
「あれ、そうだっけ」
俺はもう日にち感覚もなくなっているようだ。
「んで、明後日なにかあったっけ?」
「花火大会だって、夏休み前話したじゃん」
「完全に忘れてた」
「まあ、忘れても仕方ないかもな。女の子になったりして」
「珍しい。お前がそんなこと言うなんて」
「あーあ、俺から金盗ったこと言いふらしちゃおうかなー」
「言い方変えろ。なんか犯罪してるみたいでやだ」
「まあ、返すのはいつでもいいよ」
こいつ、意外と友達思いだな。なんて思いつつ本題に入る。
「メンバー集めたの? 誰?」
「俺と、葵と、麻里と、明日香」
「...え?も、もう1回言ってくれ」
「だから、俺らと、麻里と、明日香だって」
予想外すぎるメンバーだった。
安藤麻里は、数少ない女友達だ。まじの陽キャすぎて、いつも周りには誰かいる。もう一人の、小澤明日香も同じように、ギャルっぽい人だ。ネイルは当たり前にきれいにやっている。
「お前、モテたいがために誘ったろ」
「それ以外何の理由あんの?」
なんでこいつは平然といられるんだ。と思ったが、幸田は陽キャだからこういうのは慣れっこなのかな。てか、こんな奴にホイホイくるなんて、二人の理由がわからない。
「麻里たちはなんでお前の誘いに乗っかったんだよ」
気になりすぎて、思わず聞いてしまった。
「なんか、もう一人イケメン呼ぶからさ。って言ったらOKしてくれた」
「おい、俺別にイケメンじゃないし。そして今どっちかって言ったら可愛いだろ」
「自分で言うんだ。可愛いって」
思わぬ失言をしてしまい、顔が真っ赤になりながら枕に顔を埋めた。
「とりあえず把握しといてな。んじゃ!」
「あ、おい! ...切れた」
俺が女の子になったこと、絶対言ってないよな。不安が溢れ出てきて止まない。なんて顔して行けばいいのやら...。