気持ちの整理
財布を持って、コンビニに向かう。
「...さむ」
昼間は夏とたいして変わらないくらいの暑さなのに、日が落ちると打って変わって冷たくひんやりとした空気が肌を通る。
しっかり着込めばよかった。白Tにショートパンツというザ・夏コーデの部屋着で出てきてしまったため、我慢するしかない。
コンビニ内は暖かいライトに包まれていて、自然と安心する雰囲気だ。
エナドリのついでに何か買おうかと商品を見て回る。
ばんっ。
向かいから来ていた客にぶつかってしまった。
「す、すみませ...」
「葵じゃん。怯えすぎ」
ぶつかった相手は明日香だった。カラオケ帰りにコンビニに寄ったのか。
どうしよう。学校で何にも喋れなかったから、唇が開かない。
「ねえ、葵」
沈黙を破ったのは、明日香。恐る恐る明日香を見上げる。一体何を言われるのか。
「これ、奢って」
「へっ?」
腰が抜けそうなくらいに思っていたのとは違う返答だった。
手のひらに置かれたのは、チャック付きのビーフジャーキーだった。すごいな、女子高生ってこういうの食べるのか。いや、明日香が異端なだけか?
「明日香、未成年飲酒は流石に...」
「それイコール酒っていう偏見、モテないよ」
「モテるモテないは別に良くてな。食べるものが渋くないか。それに二つも」
「一つは麻里にあげるやつ。頼まれたから」
「それを俺に奢らせようとしてきたと」
「お願い。ね?」
「クズか。お前は」
「クズで悪かったわね。ほらほら」
背中を押され会計まで行かされる。
渋々払った。今度仕返ししよう
明日香は、あのことはまったく気にしていない様子だった。まるでなかったように。
俺も今度食べてみようかな。ビーフジャーキー。
体が冷え切りそうだから早足で帰ることにする。風邪なんか引いたら割と出席が危なくなりそう。
部屋に戻り、パーティを再開する。
エナドリを袋から取り出して、一口飲む。この独特な味が、売れている要因になっていると思う。主にカフェインだと思うけど。
まずは課題からだ。いくら点数が取れても、提出物はしっかり出していないと成績は上がらないし、低いとなんて言われるか分かったもんじゃない。
二年の後半。受験までのタイムリミットは徐々に迫ってきてるし、怠けてる暇は正直ない気がする。
答えを写してるから怠けているんだけど。
めんどくさいのが英作文だ。答えがないし、結構評価に響いてくるからあまり適当にやれない。
シャーペンが紙を擦る音だけが部屋に静かに鳴る。
幸い、今日は頭の回転がいいため、英単語がスラスラと出てくる。
「んー!」
一時間ほど集中し、無事終わった。時刻は8時前。まだあと11時間くらいできる。
パソコンの電源を入れている間暇だから、自然とスマホに手を伸ばす。
新着メッセージが来た。送信元が誰かは正直分かっている。
「幸田、まだ?」
「いまやるから。首洗って待っとけ」
「長くして待っとく」
やっぱ、すぐ呼び出せる友達、最高だ。
「ん、もう眠い...」
「早くないか? 幸田にしては」
「なんか最近疲れるんだよ」
幸田も受験やらのプレッシャーを感じ始めているのだろう。
「張り詰めてる感じか?」
「んーん、緊張というか」
「緊張?」
「うん。女子からの目線」
「...軽蔑されてるだけだぞ」
「まじか、むずいな。恋愛」
「自意識過剰もほどほどにな」
「ん。おやすみ」
「んー」
幸田との通話を切り、背伸びをする。三時間座りっぱだと尻が痛くなる。
なんかゲームは飽きた。飽きたというか、それ以上に他のことが気になりすぎるから。
まずは母との関係の修復だ。父とはまだ無理そう。もちろん、嫌だ。だけど、前、優奈に言われた通り、このままではだめな気がする。
優奈からしても、俺と母さん達との関係は居心地も悪いと思うし、良い気はしないと思う。
逃げない。自分のためにも。
今日は心を落ち着かせる徹夜だ。
仲直りはできなくても。せめて気まずい関係だけは解消したい。話してみた感じ母さんは良くなってそうではある。少しだけ。
成績だって、悪いわけじゃない。上位二十五%に入るくらいには良いため、文句は言われても、説教ないはず。
あとは俺次第だ。前、男に戻らないのか、と問われたとき、曖昧な答えをしたから、はっきりと答える。
今夜は静かだ。嵐の前の、静けさみたいに。
言い争いにはしたくないが、避けられないと思う。




