新しい関係
「よ。体調良くなったか?」
数日の地獄を越え、俺は解放感に恵まれながら教室に着いた。
教室に入るなり、幸田が駆け寄ってきた。
「おう。ばっちり」
正直、優奈がいなければ死んでいてもおかしくなかった。次からは自分でも備えるようにしよう。
「そうだ。葵がいないうちに文化祭の出し物決まったぞ」
「...メイド喫茶か?」
「女子になってテレパシーもできるようになったのか」」
まあ、分かってはいたが。
いや、俺がメイドになるということはまだ決まっていない。他の奴らの方が適任だろう。絶対。確実に。
中村先生が教室のドアを豪快に開けて入ってきた。
「はい。朝のホームルームを始めまーす。席座ってー」
それぞれの席で話していたクラスメイトは自分の席に戻った。
「まず、文化祭のことです。メイド喫茶をやるということで、メイドを担当する人を決めたいと思います。ちなみに、先生の中で一人、候補は決まってます」
「えー誰だろ! 私やろうかな!」
「僕やりたいです!」
次々に言葉が飛び交う。
候補って、どうせ俺だろ。あの顔、いたずらっ子の顔をしてやがる。
メイド担当は、俺と、女子二人、男子一人に決まった。まさか、男子が立候補するとは思わなかった。
家に帰ると、ソファに転がっている優奈がいた。
「あ、おかえり~ってうわ、なにその服」
「なにって...メイド服だが」
「...葵、お姉ちゃんにそういうことするのよくないよ」
「違う! 別にゆう姉に着させるわけじゃねえよ!」
どこに姉にメイド服着させる弟がいるんだか。
「じゃあ文化祭かなんかで使うの?」
「ああ。メイド喫茶やるらしくてな」
「へ~。よく立候補したね? あの葵が」
「立候補じゃなくて確定枠にされたんだよ」
放課後、メイドの担当が決まったメンバーは、先生からメイド服とカチューシャを貰った。どうやら、事前に買っていたようだ。うきうきすぎるだろ、あの先生。
本番の前に着こなして慣れなって言われたが、家で着る方が何百倍も緊張する。
「いいじゃん。可愛いんじゃない?」
「これを披露したいとは思えないんだが」
「まあまあ。明日香ちゃんも喜ぶんじゃない?」
明日香が俺のメイド姿を見たら、幻滅するんじゃないか。いや、逆に見惚れられるか? いっそのこと、明日香に着せたいんだが。
「今日は明日香ちゃん来るの?」
「多分来ないと思う。友達とカラオケ行くとか言ってたらしい」
「らしいって、今日話してないの?」
「まあ、タイミング合わなくて」
「女の子になってまで陰キャ発動してるんじゃないわよ」
「...弟を陰キャって言うな」
「妹ね」
あの日、俺が生理でダウンしているときに言われた「私じゃ、だめなの?」が引っかかりすぎて、話したくても話せない。
服を雑に脱ぎ、風呂に入る。
やっぱり、邪魔すぎる。この胸。
小さい方ではあるが、下着を着けていないと揺れて邪魔だし、着けたら着けたで汗やら窮屈で大変だ。
この風呂の時間だけが、心を浄化してくれている。
ポカポカの髪をブラシでとかし、部屋に戻る。
今日はあいつらは帰ってこない。旅行? に行っているらしい。夫婦旅行ってやつだ。
親がいない、ということは。
徹夜パーティの始まりの鐘がなる合図だ。
思わずベッドで跳ねていると、何かの振動音で我に返る。
「誰だ?」
スマホの通知欄に、メッセージが来ている。
「...桐谷海斗?」
確か、クラスの人だっけか。あまり関わったことがない。席も反対だから、余計に。
そんな俺に、いきなりなんだ?
「一緒にメイド担当になった桐谷です! よろしくお願いします!」
メッセージには、そう書かれてあった。
思い出してみると、確かに先生からメイド服を貰っていた気がする。
「よろしくね」
素っ気ないと感じられてしまうか不安になりながらも返信した。
早めにメイド仲間と連絡が取り合えて良かった。また陰キャパワーを抑えなければならないところだった。
女子三人、男子一人だし、心細いんだろう。だから、元男である俺に連絡してきたのだと思う。
「城代さん、先生に無理やりやらされてるね」
「ほんとあの先生、俺のこと贔屓しすぎだわ」
「でも、あんまり嫌がってなかったね」
「察してたからね。桐谷くんはなんで立候補したの?」
「僕? うーん、なんとなく?」
「なにそれ。面白い」
ウサギが変顔しているスタンプで、メッセージは止まった。
なんとなくでメイドをやりたいと思うなんて、中々に猛者だな。桐谷くん。
て、そうだそうだ。早く徹夜に向けて準備をしないと。
「....ない」
冷蔵庫からはすでに、エナドリは消えていた。前に飲んだので最後だったのか。
仕方ない、手間だけどコンビニに買いに行くか。
「ゆう姉、ちょっとコンビニ行ってくる」
「ん、気を付けてね。怪しい人には...」
「だからもういいってそれ」




