中身は男なの
夏休み、それは学生にとって至高の期間だ。バイトやゲーム、ましてやデートなど、さまざまなイベントが起きる。そんな中、俺は...。
カーテンの隙間から朝日が差し込んでくる。いつもより体が重い気がする、なんて思いながらベッドから起き上がると、ズボンがすとんっと落ちた。
この夏休みでガリになったなと思っていたのもつかの間。鏡をみて気が付いた。
黒く、艶のある髪は肩より下まで伸びていて、体が一回り小さくなっていた。目はたれ目気味になっていて、まさにその姿は...。
ぶかぶかのズボンの裾を床に引きずりながら、階段をおり、そそくさと洗面所に向かい、もう一度鏡と睨みあう。
何度も目を擦るが、やはり夢じゃないようだ。まるで女の子になったようだ。というか、女の子になっている。小さくなった体に、少しだけ膨らんだ胸。
今が夏休みでよかった。こんなところクラスメイトに見られたらたまったもんじゃない。転校生設定でいけばなんとかなるかもしれないけど。
「君、何してるのかなあ?」
両肩に手を置かれ、耳元で囁かれる。体がビクッと跳ね上がり、振り返る。後ろにいたのは、城代優奈。俺の姉だ。ミディアムボブに包まれた顔に、海の底のような瞳は、何を考えているかわからない。
「えっと...」
「とりあえずこっちこようか」
強引に手を引かれ、リビングに連れていかれる。...なぜ正座させられているんだろうか。確かに、知り合いでもない、身分もわからない人が、自分の家にいたらそりゃあこうするだろうと、一人で納得した。
「で、君。何の目的できたの?」
ソファに腰をかけ、少し威圧的な優奈に少し怯み、言葉が喉で詰まる。優奈の瞳を見ると、深海に溺れさせられてしまう。周りが暗くなり、なにも言葉が見つからなくなる。なんでそんな目で見るんだ、と抗議したいが、その言葉さえも海の底へと沈んでいく。
「俺だ...葵だよ...城代葵...」
「うーん、嘘つくなら少しくらい考えたら?」
希望の糸はきれてしまった。これじゃ流石に証拠不足だ。
「俺があおいってこと、証明できるからなんか質問して」
「私の歳は?」
「19歳、大学一年生。最近肌荒れが気になる」
「ほんとに葵なんだ」
拍子抜けだった。普通こういうのって、趣味は~?とか、あだ名は~?みたいなことを複数聞くもんじゃないのか?まあ、信じてくれたんだからいいか。
「その見た目はなんなの?まさか女装してたなんて、私にも教えてくれてよかったのに~」
「俺、女の子になった」
「あ~、そういう設定かあ。もうちょっと捻ったらおもしろくなるんじゃない?」
「まじなんだって」
「いきなりなの?なんか変なもの食べたり」
「朝起きたらなってた。昨日はなんも食ってない。菓子だけ」
「それはそれでやばいけど...」
この夏休み中、菓子を食べながらゲームしていた。流石にやばい食生活をしていたが、怪しいものは特に食べた記憶はない。
「じゃあさ、お願いあるんだけどいいかな?」
「...なに」
「私のお古の服着てよ」
「うーん、何を言ってるのかな?」
「いいじゃん、そんな可愛い顔してるのにオシャレしないのはもったいないよ?」
なんか、口車に乗せられた気がするが、こんなぶかぶかな服を着てるよりかはマシか。
「ほんとにこれ履くの...?」
「うん、当たり前じゃん」
ボクサーパンツしか履いていなかった俺には想像もつかない、レースが使われた、布面積が少ない下着だ。
こいつ、からかうためにやってるなと思いながら手に取る。他にも黒のショートパンツと、少し長い白のシンプルなTシャツを貰った。
貰った服に着替えると、優奈が少し甲高い声を上げる。
「お~いいじゃん、女子高生って感じ!」
「すげー股がスースーする。これが普通なの?」
「そうだよ、女子は肌魅せていかないと、色気でないでしょお?」
「俺色気とか求めてないんだけど」
「またまた~、この服気に入った!って顔してるよ。このミニスカートも渡しとくから、気が向いたら履いてね」
結構多くの服を貰った。女子っていうのはこんなにも服を持ってるもんなんな。...流石にへそ出しファッションは気が引けるけど。
「てか、葵、ノーブラ?」
「当たり前だろ、男子高校生がブラもってるわけないだろ」
「葵なら持ってそう」
「この数十年、ゆう姉は俺の何を見てきたんだよ」
優奈は俺の上半身を舐めまわすように見る。
「私の高校生の時と同じくらいの胸だね、これあげるよ」
無地のブラと、少し花柄の入ったブラを握らされた。とてもじゃないが、いけないことをしている感じがして心が落ち着かない。
「ほら、つけてみて」
「つけ方とかわからないって」
Tシャツを脱ぎ、胸を出す。なるべく視線を落とさずに。いくら自分のだからといって、見れるわけがない。
優奈に後ろからサポートしてもらいながらつける。
「ホック難しすぎじゃないか...」
「こんなもん、我慢して」
着けた途端、邪魔だった胸の揺れがなくなった。
「サイズぴったりだね」
「こういうのって、メジャーでちゃんと測ったりすものじゃ?」
「別にいいじゃん。ぴったりなんだから」
「俺のこと、着せ替え人形かなんかだと思ってる?」
「うーん、どうだろうね」
にぱーっとした顔で、誤魔化された。でも確信できる。こいつは、俺で遊んでると。
正直、女の子になれてうれしい部分もあった。よくわからないけど。
自分の部屋に戻る、ベッドに寝っ転がり、スマホを手に取る。流石に、誰かには連絡しとかないと。
「おお、葵。どうしたんだよ、お前から電話かけてくるなんて珍しいじゃん」
入念に考え、高校の入学式で話しかけてくれて、今では親友と呼べる程の関係になった、浜田幸田に電話を掛けた。
「...うん」
「ん?風邪でも引いてんのか?声おかしいけど。バカは風邪ひかないのになあ」
「引いてないし、お前よりバカじゃない。今から話すこと、信じてくれ」
「言ってみろ」
「俺、女の子になってた」
「お~」
え、え?あまりにも反応が薄すぎて驚いてしまう。
「あ、怪しまないのか?」
「うん、なんとなく伝わった」
俺の身内はどんだけ飲み込み早いんだ。こんなのすぐ詐欺に引っかかるぞ。
「でも、証拠ほしいわ。写真送って」
「写真はやだ。お前、絶対拡散するし」
「じゃあ会おうか」
「五分後な」
「おう、また」
自然な流れで会う約束をした。軽々とこういうことをできる親友がいて、改めてよかったと思った。
夏休み前までほぼ毎日顔を合わせ、話していたやつと、こんな姿で会うのは、あまりにも緊張しすぎてしまう。
「よっ、葵」
「うわびっくりした!幸田!?」
近くの公園に足を踏み入れた瞬間、肩にぽんと手を置かれ、驚きながら振り返ると、そこには幸田がいた。
「お、合ってた」
「...まさか、確信もないのに声かけたのか?」
「うん」
「うんじゃねえよ。違かったらセクハラだぞ」
「ま、俺のイケメン顔みたら、どの女性も一発だわ!」
悔しいが、確かに顔は誰もが認めるイケメンだと思う。だが、こんな性格だから、女子は寄ってこないってことを、自覚してほしい。
「俺は落ちないけどな」
「いつかハートぶちぬいてやるよ」
こいつに落とされるときがきたら、その日は矢が降るだろうな。
「どうすんの?これから」
「どうするって、このまま生きていくしかないだろ」
「うーん...」
幸田が不敵な笑みをしながら言う。
「これからが楽しみだな」
「おい、まさか狙うつもりじゃないだろうな」
「違う違う、お前を狙う男子たちに注目!ってこと」
「中身が男ってこと知ってるだろ、みんな」
「葵、陰キャだからあんま認知されてないと思うよ」
「...ストレートに言われると傷つく」
とはいえ、俺はクラスで目立っているわけでもないし、イケメンでもなかった。強いて言えば、幸田とつるんでる変な奴としか思われてないだろう。
家に帰り、風呂場に直行する。ほんの数十分しか外を歩いていないのに汗びっしょりになるなんて、日本の夏は狂ってる。
服を脱ぎ、風呂場の椅子に座る。
目線は自分の胸へと下がっていた。もちろん、自分の体なんだから、別にいいだろうと、言い聞かせる。理性よ、踏ん張れ...
「この感触、まさに...」
俺は、男の欲望に負けてしまった。むにっとしていて、中々に弾力があった。...って、何をしているんだ俺は...。こんなのはたから見たら、ただの変態じゃねえか...。まあ、自分の体だからいいのか、なんて考える余裕もなく、俺は自分の胸を堪能した。
優奈に教えてもらったドライヤーとスキンケアをし、部屋に戻る。
もうじきお昼時で、出かけている親も帰ってくるだろう。今、この姿で対面するのはハードルが高すぎるから、体調が優れない、という名分で、部屋にこもった。飯は...まあ菓子でいいだろう。
明日には学校に言って話そう。うちの担任は、結構若い先生だから、なんとか納得はしてくれそうではある。そんな淡い希望を持ちながら、目を閉じた。