ぼくはトレーニングをする。やがて来る、召喚の刻のために。
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
自分を鍛えるのは、いつか来るべき召喚のためだというのはおかしいだろうか。
こぼこぼ、つぶつぶとした音の海。ぼくは漂いながら規則正しいピッチ音を聞いている。
ピッチ音は二つ。上から降ってきてはぼくを包み込む、大きく、でもうるさくはない、ゆっくりしたもの。それと、小さいけれどその二倍近く早いもの。
二重奏を聴きながら、ぼくは一人プールでトレーニングを続ける。
ピッチ音に動きを合わせていたせいか、透明だったぼくにもいつの間にか色がついてきたようだ。
ぼくは時々蹴伸びをする。そのたび柔らかい壁がぼくを受け止める。
このプールは不安定で、上下さえさだかではない。おまけにひどく揺れるので、ときどきぼくも手足の動きを止めなきゃならなくなる。さもないとつるんと裏返ってしまうのだ。
そうなると身体の向きを変え、正しい位置や姿勢を取りなおさないといけない。
それでもぼくは泳ぐのをやめない。
確かに最初はゆっくりした動きしかできなかった。それもほんのちょっとですぐ疲れてしまっていた。
けれども、今ではかなり長いこと動き続けることができるようになっている。膝の曲げ伸ばしだの細かい動きにも気を配れば、自分の思い通りに身体をコントロールできているという実感も出てくるものだ。
きっと、なんでも少しずつ上達するものなのだろう。
薄目を開ければ、伸びてきた髪が水に広がっているのが見えた。
それでなんとなくわかったのだけれど、どうやら、このプールはかなり手狭になってきているようだ。
むろん、どんどん拡張はされているらしい。けれども、ぼくの成長するスピードの方が早いのだろう。
もともと軽く身を丸めた姿勢を取ることが多かったのだけど、窮屈になってきたせいで足を曲げて抱え込むような格好になることが増えたのは、ちょっと残念な気もする。せっかく思うように動けるようになったのに。
しょうがないから、ぼくは少しでも居心地のいいように姿勢を整える。
あ、ここは枕にするのにちょうどいい。表面は弾力があるのに中はしっかりしていて、おまけに頭にジャストフィット。
まどろんでいた時だ。プールが突然大きくうねった。
ぼくは悟った。これが召喚のはじまりなのだと。
武器も防具もないけれど、ぼくにはこのプールで積み重ねたトレーニングがある。
これまでの努力が報われる時が来たのだ!
ぼくはうねりに身を任せ――光の中へと飛び出した。
おぎゃぁあ……。
「はい、元気な赤ちゃんですよー」