第三話
次の日、アリスは桜並木を歩いている。とはいっても、季節は冬。枝のみの殺風景な場所である。
そんな並木道にアリスは大きなカゴを持って歩いていた。カゴの中身は、もちろんハジメ。そして、アリスはジャケットを着ている。このジャケットはオーテッドの徽章入りで、任務のときに着用する義務があるのだ。
カゴの中のハジメはというと、未だに休止モード。
――さすがに直前に起こすのはまずい。
「ハジメ、起きて。仕事だよ」
アリスは持っているカゴを左右に揺らしたが、起きることはなかった。そんなロボットらしからぬハジメに思わずアリスはイラッとし、思いっきり左右にカゴを揺らし、叫んだ。
「ハジメ!!! 起きろ!」
「…………うお! 何だ、何だ」
ものすごい揺れにハジメは起きた。その顔には表情マッピングもあり、驚いた表情をしている。
「やっと起きた」
「やっとって……。もう少し、優しくできない?」
「さっきやったけど、起きなかったし」
「………………」
アリスの言葉にハジメは撫然と納得できない表情させ、「もっとちがう方法、なかったの」と言いかけたが、飲み込んだ。それ以上、ハジメが気になったことがあったからだ。
「んで、ここどこ? 僕のGPS、あんまりアリスの家から動いてないけど」
「そりゃあ、そうだよ。今回の依頼は歩いて15分の大病院。もう見えているよ」
アリスが指差した先には大きい建物があった。その建物の隣から低い位置に大きな川が流れ、所々に木や花が植えられている。今は澄み切った青空も出ているためであろうか、いろんな人が整備された歩道を歩いていた。
その後、アリス達は予定通りに病院に入って担当医師から説明を受け、病院のサポートロボットを一つ借りた。プライバシーの観点から、インターネット上に名前が載っていないからだ。そんな理由の元、アリス達はサポートロボットの案内で大きい病院内を歩いていく。
外の青空が見える廊下を歩く中、白い患者服を着た松葉杖をつく人、手すりにつかまって歩く人、片腕が動かず不自然に歩く人とすれちがいながら、サポートロボットは目的の病室へ向かって歩いていく。そして、とある病室前に止まるとサポートロボットは手慣れた手つきで『呼び出し』ボタンを押し、感情がこもっていない一本調子で話し出した。
「サポートロボットです。データ関門士の方、連れてきました。入って良いですか?」
すると、「どうぞ」と病室内から声が聞こえた。
その答えを待っていたかのようにサポートロボットは『開閉』ボタンでドアを開けると、アリスに入るようにジェスチャーをした。
そして、サポートロボットに促されたアリスは病室に一歩前へ進める。その瞬間、アリスはあまりにもの異彩差に震えて足を止めてしまった。
アリスの目の前には明るく、優しい太陽の光が広がっていた。その光は隅々まで澄み渡り、ホッと温かみを感じさせるものだった。けど、その光を拒絶している存在がいる。その存在はベッドで寝て、常に生命維持装置で殻の炎のようなエネルギーを注入され続けていた。
その存在――それは、決して目覚めることがない心停止の患者(死体)である。
心停止――それは、データ生命体が発展する前の時代、『死ぬ』と称された。心臓が止まると血が巡らなくなるため、細胞が壊死し、身体全般が機能しなくなるからだ。つまり、『死ぬ=自己の消滅』と、かつての人々は認識していた。そして、データ生命体技術が確立していくに従い、人々の認識は変化していった。それは、『生きたいと願い続ける限り、永遠に生きれる』と、認識した。つまり、『データ生命体技術の確立=死の克服』を意味しているのだ。