第八話
「あの、不躾なことを一つ聞いてもいいですか?」
「……何でしょう?」
考えに浸っていた俺を遮るように隣の男が質問した。
「もしかして、お子さん、いらっしゃるのですか? さっき、羨ましいと……」
まさかの質問に驚き、隣の男をマジマジと見つめた。少なくとも、居る素振りはしていないと思っていたからだ。
そんな俺を見て、隣の男はギョっとしている様子を見てとれる。
「も、も、もちろん。言いたくないってんのは、あ、ありっすよ。さすがにゃ、他人のプライベートまで踏ん込ん、……なんっつってさ、そりゃね、ありゃせんす。でもっちゃあ、……まあ、第三者じゃと言えるちゅうこっちゃ、あるっちゃと言いすか……」
俺は隣でどもりながら訛って話す男の様子を改めて見た。
人の良さそうな雰囲気を漂わせ、優しそうな笑顔が三人の子どもに好かれていると思わせた。俺とちがい、毎日変わりなく普通に生活し、ささやかな幸せを続けているこの男に嫉妬すら感じる。憂さ晴らしに隣の男を殴ったり蹴ったりしても、今の状態が変わらないのはわかりきっている。だからといっても、その場で立ち去るのも気まずく、一人でしばらくモヤッと気分悪いまま過ごすのは、あまり良いものではない。となると…………。
俺は正直に話すことにした。渦中のアオキ・ヒュウガ本人と別人と淡い期待を込め、口を開く。
「子ども、二人いますよ。どっちもヤンチャ坊主で近所を走り回っています。けど最近、子どもだけでなく家族にも会っていません。たまに妻から連絡が来ますが」
「…………」
どうやら、隣の男は黙って聞いているようだ。もしかしたら、聞いた手前もあるかもしれない。
「単純に言うと俺のせいなんです。俺のせいで家族に迷惑をかけてしまったんです。これ以上迷惑をかけないために、家族から離れたんです」
「もしかして、ショークリエイターのアオキ・ヒュウガさんですか? 引退されたと聞き、心配していたんですよ」
「いえいえ、そんな人ではありません!」
まさか俺の名前が出てくるなんて思いもしなかった。今までバッシングを受けた反動で否定してしまった。
「いや〜、申し訳ない。さっき、チャンバラと言ったのを思い出しちゃったもんで。チャンバラって、あのアオキ・ヒュウガさんから出た言葉だったんで、つい……」
「あ〜、そうでしたか。子どもたちがチャンバラごっこしていたのを思い出してしまったんで……」
もちろん、ウソだ。とはいえ、全部ウソを言っているわけではなく、言っていること自体、事実だ。
子どもたちが棒切れを振り回して遊ぶことがあり、時々、置いてある物を飛ばしたり、花壇の花をつぶしたりして妻が子どもたちを叱っていることはよくあった。俺も親として叱っているが、俺の子どもの頃とそっくりなことをしていると思い出すこともある。
「そうですよね。アオキさん、こんな場所、来れるわけありませんよね。バッシングとか炎上の凄まじさといい、色々被害もあって大変そうで、今も生きているのか心配で……」
本当に心配そうに話す様子に、俺は今までにはない目新しさを感じた。
「もしかして、アオキ・ヒュウガさんのファンだったりします? なんだか、熱量を感じます」
「実はそうだったりします。……あ! もしかして、迷惑でした?」
「いえ。むしろ、今もファンの方がいらっしゃるのかと、驚いているところです」
本当に俺は心の底から驚いている。今や騒動も落ち着き、みんな俺のことを忘れてちがう興味にいったと思っていたからだ。
「あ〜、なるほど。そうですよね。騒動後、みんな変わってしまいましたから。当然、ファン辞める人も……、あなたもその口かと思ったんですが?」
「ではないのですが、元から嗜む程度でして、……チャンバラは好きです。武士の躍動感は良いですね」
自分が作った作品に良いと言うことに気恥ずかしさを感じた。他人のフリをしているとはいえ、改めて自分の作品に良いと言うなんて、口籠もってしまう。
「そうでしたか。もしよかったら、ファンサイトあるんですよ。あなたのような人でしたら歓迎ですよ」
「そんなの、あるんですか!!!」
俺はさらに驚いた。そんなサイト、閉鎖したと思っていたからだ。
「驚きますよね。でも、存在します」
隣の男は端末を操作してそのサイトを出した。そのサイトを見た瞬間、思わず画面を凝視した。そこには、以前、見たようなファンサイトがあったのだ。
「よろしければ、サイト先、お渡ししますが?」
「お願いします」
すぐさま、俺の視界に通知が来た。さっきの男からのサイト先のURLをAVR機能で受け取ったからだ。
「始めて入る場合、ちょっとしたテストを受けるように設定しているんです。ファンサイトも騒動後、色々と被害ありまして、その防護処置なんです」
「そうなんですね」
「パパ〜、ちょっと来て」
「行かなきゃ。さては、ヒュウガ、またケガしたな」
さっき見かけた背の高い女の子に呼ばれ、隣の男は慌てて立ち上がった。
「サイト、教えて頂き、ありがとうございます」
「冷やかし程度でも、遊びに来てくださいね」