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第六話

 ザーン、ザザーン。ザーン、ザザーン。


 この音は聞き間違えることがない、海のせせらぎだ。小さい頃から何かにつけ海に来ていた俺にとって、馴染みのある音でもある。そんな音を俺は、寝ながらぼんやりと聞いていた。俺の顔の上には、つばつきの紺の帽子を乗せている。さっき、呼ばれた気がしたが近くに来る気配もない。きっと気のせいだと思い、そのまま寝続けることにした。が、どうも首が痛くて寝続けられそうにない。そんな首の痛みに促されるように、渋々と身体半分を起こす。


 すると、そこは砂浜が広がり、太陽の光を跳ね返すように鮮やかな黄土色を輝かし、その奥できらめいている海と相まって美しかった。


 そういえば、陽気がよく、気持ち良い潮風が流れているこの場所を気に入ってシートを引き、昼寝したんだっけ。確か、日陰のある場所を見つけ、大きい黒リュックを枕代わりにして寝たという記憶がある。


 そんな記憶を思い出しているとき、また誰かに呼ばれた気がした。二度も呼ばれたことで俺は気になってしまい、注意深く周りを見渡した。すると、もう一度、さっきより近くで聞こえた。


「ヒュウガ、来て。こっちに貝殻が落ちているよ」

「え、本当?」


 なるほど。俺の目には女の子二人と男の子一人が見えている。呼ぶ声はその集団の背の高い女の子からで、呼ばれたであろう男の子がその女の子へ駆け寄っていく様子が見えたのだ。



 こんなところにいるためか、喉が渇いてしょうがない。そう思ったとき、ふと、スカッと爽快感ある炭酸水が思い浮かんだが、そのたぐいはない。


 いつもなら絶対にあるはずと、さっきまで枕代わりにしたリュックの中を探し、目的の物を取り出した。取り出したのはマイボトル。そして、その中身を飲んだ。当然だが、中身はお茶。節約のため、毎朝、俺が作ったものだから、味は二の次。あるときは、ものすごい苦いお茶、またあるときは、水に近いお茶と日々に味が変わる。


 そして、マイボトルからもう一口。……やっぱり水だ。


 本当ならコーヒーを入れたいところだけど、特別なときと決めている。というのは、こんな生活でコーヒーの味わいに変化したからだ。


 そう。それはついこの間、コーヒーを飲んだ。このコーヒーはどこでもある普通のコーヒー。そんなコーヒーに俺は常識を覆るほどのカルチャーショックを受けてしまった。


 最初、こだわりを感じないコーヒーに俺は雑味あるものと敬遠し、断ろうとしたんだけど、大量にあるから消費に飲んで、と無理矢理押しつけられた。そんなコーヒー、きっとマズいと身構えて飲むと、想像とちがった味がした。


 キリっとした苦味。そんな味が細部まで感じ、ショークリエイターのときの習慣として飲んだコーヒーがぼやけた味としか言えないほど、段違いな差だった。何しろ、俺はコーヒー党で、強い苦味があるものが好きなんだ。こんなコーヒーのためなら味覚を研ぎ澄ませ、ポテンシャルの全てを味わい尽くしたい。……まあ、俺の趣味趣向ともいえる。


 お茶を飲んだとはいえ、痛みの取れない首ではもう一度寝る気になれない。ぼんやりと海を見ようか、そう思ったとき、後ろから声をかけられた。


「あの、……申し訳ありません。起こしてしまったのでしょうか?」

「え?」

「そこの三人、ウチの子どもたちなんです。寝ている人がいるから、ちがう所で遊ぼうね、とは言ったものの、遊びに夢中で……」


 俺は突如、恐る恐る話しかける男に面食らった。


 男が指している方向を見ると、さっき見かけた俺と同じ名のヒュウガがいる子ども三人集団だ。さっき見かけた場所から移動しては砂浜に打ち上げられたものを拾い、歓声をあげていた。どうやら、活発な子どもたちのようだ。


 そして、その三人の親と見られる男は、そんな活発的な子どもたちに迷惑をかけてしまったのでは、と心配しているみたいなのだ。


「……ああ、いえ。俺の方こそ邪魔ではありませんでした?」

「いえいえ。この海岸は広いし、夏のバカンス以外は静かなんですよ」

「そうなんですか」


 俺は辺りを見渡した。隣の男が言った通り、三人の子どもたち以外、誰もいなかった。そして、その子どもたちは、さっきとはまた別のことに興味を持っている。


「あ、桜。咲いてる」

「本当ね」

「え、桜? じゃあ、居る、ぶし?」


 ヒュウガが言った言葉に女の子二人は困惑していた。


 多分、『ぶし』だろう。『ぶし』は一般に使われていない。とはいえ、『ぶし』は『武士』と俺がよく知っている言葉がある。その言葉だろうかと興味を持ちながら、子どもたちを見守った。


「ぶしって桜なんだろ」


 背の高い女の子がヒュウガの意味がわかったのか、表情が変わった。


「もしかして、昨日、パパが見せた武士道魂のこと?」

「うん。……武士、カッコいい。…………こう、こう」

「うわ! ヒュウガ、木を振り回さないで! 水、飛ぶ」

「やめて!」


 ヒュウガは少し海水を浸かった場所から木を叩きつけるように振り回したお陰で女の子二人は水飛沫を浴びてしまい、慌てて離れていく。


「…………チャンバラ、よくしたな」


 そんなヒュウガから、俺の子どもの頃を重ねていた。棒切れで所構わずふりまわし、周りに迷惑かけていたっけ。

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