第四話
そう。俺は予定より早くトロッコ出発駅前に着き、暇つぶしに辺りをブラブラと歩き回っていたんだ。その駅前周辺は様々な店が立ち並び、見ているだけでも楽しかった。
その中でもひときわ目を引くレトロ風な店に俺はフラフラと入ったことが全ての始まり…………、いや、後から思えば全ての間違いの始まりだな、あれは。あれほどの店、散々だったから。何しろ、ほかにはない異空間的な店で、この辺りにある石や、色んな地区が書かれた提灯やペナント(三角形の形をしたもの)、何の役に立つのかわからない木刀、色んな種類の豆のキャラクター、由緒がよくわからない豆の形をした神社、と風変わりな店構えだった。そのような物を俺は見ていたら、店の店主であろうおっちゃんが近づいて来て、
「いらっしゃい。ここは観光地でも歴史の古い店だよ」
「そうですか」
と、俺は適当に相槌をしたら、おっちゃんは目を輝かせてぐいぐいと迫って来たんだ。
「もしや、トロッコ列車に乗りに来た観光客だね」
弾ける笑顔のおっちゃんに、俺は思わず一歩後退りした。あまりにも想定外の様相に俺は出口に向かって行こうとするが、それ以上の早さでおっちゃんは近寄って来た。
「な〜ら! 定番のラムネに決まりだい。完成した当時を意識して形作られたトロッコ列車にゃ、このラムネがおにえ~さ」
鼻先にはラムネのビン。けど、俺は受け取るつもりはない。段々と演技染みてきたからだ。しかも、嬉々としてやるからタチが悪い。恥ずかしげなく口調を変え、大ぶりに身振り手振りとやるおっちゃんに俺はヤバい人だと思い、何も言わず、立ち去ろうとした。
「今なら一本250円のところを二本なら、450円!」
――!!!!!
俺は、あまりのことに心臓が止まるほど驚いた。何しろ、いきなり、おっちゃんが瞬間移動でもしたかのように目の前に現れたからだ。その衝撃で俺は思わず後ずさりし、
――しまった!
と、何かにぶつかって壊したと思って確認したら、何事もなく豆の形をした神社が立っていた。
何も壊れていなかったことに俺はホッとはするが、もうこれ以上、このおっちゃんとは付き合いたくない。そんなことから、俺は欲しくもないラムネを一本買おうとした。
「じゃ、じゃあ、一本だけを」
そんな態度におっちゃんは許すことはなかった。
「兄ちゃん、450円! ほかの人と一緒に飲めるなんてぇ~、ぜぇたく。実に、ぜぇたくだ。50円もお得なんてぇ〜、実に運がいい!」
「…………二本」
猛獣に追い詰められる小動物の気分だった。あまりの圧力に降参するしかなかった。
「まいど!」
会計を済ますと、おっちゃんはおもむろに冷蔵庫から一本を取り出すと、俺に向かって問いかける。
「ラムネの開け方、知っている?」
「え? 普通にキャップを外すとか、ひねるとかですか?」
「ち、ち、ち~。ちがうんだな」
おっちゃんは右手の人差し指を一本立て、指揮者の棒のように振り、嬉々と答えた。
さっきとはちがう演技染みた様相に、この店に入ったこと自体を後悔した。
「昔の人はものすぅんごぉ~い発明をしたといってもいい。このラムネは飲むだけの代物では、ぬぁ~い!」
「…………」
今度はミュージカル張りの演技に、早く終われと黙っていることにした。何しろ、喋りが強調するたびに大振りに身振り手振りが動き、どこかのスイッチを押したのかショークリエイターが使うような演出付きなのだ。拍手、ドラムロール、歓声の声、紙吹雪、スポットライトと明らかにいらない演出が多く、過激過ぎるのだ。
「ぬぁんと、このラムネは演出つきなのだ! こんの形は、ネット上の資料が残っている2000年ごろ主流していた物を再現したのであ〜る。……まず、最初に上にあるこのフィルムを取ると、このようなものが出る」
おっちゃんはピンクと白の変わった形の物を取り出した。
開け方の説明が始まると、普通に戻って喋りだしている様子に俺はホッとした。この調子で終わってくれと願ってしまうほど、おっちゃんの演技染みた様相が独特過ぎなのだ。
「そして、これを取り出す」
おっちゃんはさっきの変わった物から、白いリングとピンクのT字状の物の二つにわけ、リングはゴミ箱に入れ、T字状の物のみ残した。
「この玉押しを使うんだ」とおっちゃんから渡されたT字状の物をよく見ると、丸い平べったい形に小さい筒状の物がくっついていたものだった。クルリと一通り回し、おっちゃんに返した。
「これをビンの上から押し込むと」
おっちゃんは筒状の方を立て、丸い平べったい形を上にし、その上から手のひらで押し込んだ。
シュッ、カラン。
栓していたのであろう透明なビー玉が途中の窪みに落ち、そこから中心に泡が勢いよくシュワシュワと上に向かい、今にも漏れるほど、泡が溜まっていた。でも、なぜか溢れることはなかった。俺は何でだろうと思ってよく見てみると、おっちゃんが手のひらでずっと押さえ込んでいたのだ。このおかげなのかと思って見ているうちに泡が落ち着き、おっちゃんは事前に用意したふきんをつかみ、さっきまで手のひらで押さえていたところを中心に拭き、俺に渡した。
「はい。独特なビンの形でいいでしょう」
渡されたビンは確かに独特な形をしていた。この時代のビンは再利用しやすいように丸み帯びた形が多い。けど、このラムネのビンは丸み帯びているとはいえ、上の飲み口近くにかけて丸く凹んだ形が二つあった。これを見た瞬間、鼻を摘んでいるように見えたのは内緒の話だ。
その下は円を潰したように直線的な形、その下は底まで円柱の形と複雑な感じで、花を一本飾るのには丁度いいが、俺にはそのような趣味はない。ただ、フォトグラファーの演出の小道具としてはいい買い物をしたが、この店だけは二度と行かないと強く誓ったのは言うまでもない。