マリンちゃん
掌編の書ける作家さんに密かな憧れを持っていました。
去年開催された『犯罪が出てこないミステリー企画』で知り合ったイボヤギ先生もその一人です。当時イボヤギ先生が投稿されていた六百文字のミステリー小説を読んで、驚くと同時に、いつかは自分もこんなのが書けるようになりたいと思いました。
今回、イボヤギ先生のお誕生日を記念して何か小説が書けないかと考えたときに、真っ先にこの六百文字小説が浮かびました。で、挑戦してみたのですが、やはり難しい、どうしても字数がオーバーしてしまいます。というわけで、少しハードルを下げて七百文字で書いてみました。出来はまだまだで、書きかけのままボツにしたやつもたくさんありますが、とりあえずなんとか形になったものだけ掲載させていただきます。短くてすぐに読めますので、お付き合いいただけたら幸いです。
でわでわ
「ね、すごっく可愛いでしょ?」
彼女は、そのアンティークドールをぎゅっと抱擁してみせた。
「マリンちゃんっていうのよ。あたしの娘なの」
きっとままごと遊びのときには「お母さんの言うことをききなさい」などと叱っているのであろうその人形を、彼女はそっとテーブルの上に置いた。
「この子ね……ちゃんと生きてるのよ」
大きな目を瞬かせてまるで重大な秘密でも打ち明けるように言うと、彼女はブラシでマリンちゃんの髪をとかしはじめた。
「涙を流したのよ、あたし見たんだから」
去年の春、マリンちゃんは突然涙を流しはじめたという。
最初のうち皆気味悪がって、いっそ捨ててしまおうという話まで出たが、ひいおばあちゃんの代からこの家で大切にされているものだし、アンティークドールとしてはかなり値打ちのあるものらしいので、しばらく様子を見ることになった。
「ママはね、きっとお腹がすいてるんだろうって言うのよ。ばかね、あたしのマリンちゃんはママみたいに食いしん坊じゃないのに」
なんとかマリンちゃんに泣き止んでもらおうと皆で懸命に頭をひねり、食べ物をお供えしたり、髪の毛を切りそろえたり、紅を差してやったりと、色々なことを試したのだがいっこうに涙は止まらなかった。
「でね、山梨の貞ばあちゃんが家に遊びに来たとき、お洋服を着せかえてみたらって言ったの」
若いころ裁縫の先生だったというその貞ばあちゃんが、端切れを縫い合わせて作った服をマリンちゃんに着せようとしたところ。
「古くなったお洋服を脱がせようと思ってね、マリンちゃんを持ち上げたの。そしたら――」
マリンちゃんのお尻には深々と画鋲が刺さっていたらしい。それを抜いたら涙はぴたりとおさまった。